祭前日のニト先輩との会話
フードをとった結果、最初は皆曖昧な態度をとった。
しばらく経つと元の態度に戻ったが、そんなにも私の顔は変なのかと思った。
そのことをエリスに相談すると、「そんなことないよ」と言ってくれたので安心したが。
だが、ネネが突然フードをかぶせて「やっぱりこっちの方がいい」とそっぽを向かれた。
その方が今までと同じで慣れているのかもしれない。
顔が見える今と前は、別人のように感じるかもしれないから。
「街、賑わってますね」
「もう、明日だからな。龍祇祭は」
薬屋の店内でニト先輩とのんびりと話す。
もうフードがとれてバレるという心配はないから、カウンターに立つことは増えた。
ただ、薬屋で風邪が流行る時期ではないので、たくさんお客さんが来ることはない。
「はあぁぁ」
「……どうしたんですか」
「クレディアちゃん、聞いてくれるか?」
「暇なのでいいですよ」
龍祇祭があることから、明日の分まで調合は終わっている。
いつもは忙しいが、こうして明日まではゆったりできる貴重な時間だ。
今日の分は夕方に近づいている時間なので、残り僅かではあるが。
「彼女が欲しいんだ」
「いきなり核心ですね」
「そのぐらい切実なんだ。
……だって、明日だぞ。このままだと一人で龍祇祭だ。薬屋の留守番をずっとさせられるかもしれない」
祭で留守番は悲しいことだ。
遠い場所でやっているのならいいが、目の前に祭が行われているのは辛い。
「男友達は大半が彼女持ちで、いない奴は人手が足りないから仕事だ。そんな中を俺は仕事はないが彼女はいない。……今すぐ出合いが欲しい」
ニト先輩は出合いは昨日あったが、彼氏持ちだった。
それで振られているが、先輩の中ではすっかりなかったことになっているらしい。
「……もう出合っている、ということはないのですか?」
エリスのことを思い出して言うが、「……女友達はいない」とのこと。
最近背が伸びているエリスだが、まだ対象外のようである。
先輩はぐでーっと机にうつ伏せる。
店員としてどうなのかと思うが、心情を考えると仕方がないことだと目をつぶる。
「私は新たな出合いは必要ないと思いますよ」
「出合い、出合い」と虚ろな目で繰り返す先輩に言う。
「だって、気付いていないだけですから」
「そうか……?」
「はい。私はニト先輩が好きだという人、知っていますから」
余計なお節介だから言わなかったことを、つい言ってしまった。
エリスの好意に気付いていない先輩にムッとなってしまったからだ。
「……嘘だ」
「本当ですよ。まあ、どうしても明日一人が嫌なら、エリスと祭に行ってきてはどうですか?」
「あの子は別の子と行くだろう?」
「いえ、ニト先輩が一人は哀れだということで、薬屋で留守番するそうです。それなら二人で祭行ってきたらどうですか?」
先程までの虚ろな状態からは少し脱却したところで、一人客が来た。
「お客さん、来ましたよ」と体をゆさゆさ揺らし、姿勢を正してもらう。
だが、それは必要がないことだった。
来たのはお客さんではなく、酔っぱらいだったから。
フラフラの足取りで、何か言っているが呂律が回っていないことから聞き取れない。
お帰り願うが、私の言葉は届いていないようである。
これは困ったというときに、ニト先輩は動き酔っぱらいを支えてとりあえず床に座らせた。
椅子だと転げ落ちそうだろうからだ。
「クレディアちゃん、水持ってきてくれるか」
こういうときには頼りとなる先輩である。
さっと水を持っていくと、「ほら、おっさん。これで少し冷静になれ」と先輩は強引に飲ませた。
だが効果は出ず、床の上なのにそのまま寝てしまった。
「全く、迷惑な客だな」
「一ヶ月に一度の頻度でそういう人来ますよね」
「最近はそうだな。まだ俺達でなんとか対応出来るからマシだが」
私が今まで聞こえた声やこの前仲裁したものはマシな部類なのか。
酷いものはどんなものなのかを聞くと、ここで聞くとは思わなかった人物について話された。
「一番ヤバかったのは、難癖つけて強引に薬を奪っていこうとしたのだな。刃は出てなかったが剣で脅してくるから、兵士呼ぶまで何も出来なかった」
「客じゃなくて泥棒ですね」
「そうだな。何年も前のことだけど、よく覚えてる。Cランク冒険者だからって、街で威張ってばかりの連中だった」
「連中?」
「二人だったからな」
「……その人達のどちらかの名前、ダルガじゃないですか?」
「ん? あー、確かそんなような名前だ、な……」
知らずニト先輩に威圧しているが、ふつふつと込み上がる感情のせいで私は気付いていない。
自身が半魔だと知らなかったころの、私の幸せな生活をぶち壊した男達はどうやら薬屋でも好き勝手にやっていたようだ。
だがその男はもう死んだ。
私の夢で登場して何回も殺してくるが、それは私の心が弱いだけのこと。
今はもう関係ない、終わったことなのだ。
「すいません。気が荒ぶってしまいました」
威圧している魔力を落ち着かせる。
ニト先輩はホッとし、酔っぱらいは数回瞼を瞬いた。
「クレディアちゃんが前いた街にも来てたのか?」
「まあ、そんなところです」
おそるおそる尋ねた先輩に、怖がらせてしまったと申し訳なく思った。
私はまだ聞きたそうにする先輩に気付かないふりをして、酔いが覚めたようである客の世話に向かった。




