寂しいのに逃げてしまうという龍
スノエおばあちゃんにはたかれたのに容赦ないなと思いながら、私は尋ねる。
「太古の龍はどうして家に来るの? スノエおばあちゃんに会いに? それともリューに……?」
リューに会いに来たのなら、私は思うところがある。
太古の龍はリューを捨てたと聞いている。
どの面下げて、リューのいる家に来るのだというのか。
「そう怒ってやらないでおくれ。今では凄く反省しているんだ」
太古の龍はリューが生まれて最初はしっかりと育てた。
龍は自らの子を大切にするからだ。
だがしばらく経つと、あることに気付いたらしい。
「もしかして、魔力の質?」
リューは植物魔法を使える。
それが異質だと判断したのだろうか。
「魔力の質が違うことには、生まれる前から気付いていたらしい。気付いたのはリューが龍の中では力が弱かったことさ」
リューは成長するが、本来の龍が持つ力の半分の力もなかったらしい。
狩りを教えるが、力がないことと温厚な性格のためにあまり戦いは向いているものではなかった。
力で駄目なら魔法だというにも、もつ魔力の属性が違うため教えられない。
龍も人族と同様に無属性はあったが、殺傷力のある魔法はない。
果物を好むリューではあったが、それだけでは自然の中で生きていくのは無理だろう。
太古の龍はそう判断した。
だから育てることをやめた。
「龍は自尊心が高い。自分の子が弱いというのは情けなく思い、自分の領域から魔物のいる方へと追い出したのさ。後はどうせ生きていくのが無理なら、早めに死なせてやるのが優しさというものだとも言っていたね」
自分で自分の子を殺すのは忍びなかったらしいので、リューを追い出した。
だが、しばらく経ってからリューが戻ってきた。
ネオサスさんとミーアさんが森の中でリューが倒れているのを見つけて、酒友達というおばあちゃんといっしょに連れてきたからだ。
ちなみにネオサスさんはまだ冒険者を騎士と兼業していたところらしい。
「私が説教をすると、凄く落ち込んでいたよ。そして母親でいる資格はない、また似たようなことをしてしまうかもしれないと、私達に託したのさ。
私達は街に連れていくことは出来なかったから、そこからメリンダに預けることになって、結局はこうして街にいることになっているがね」
おばあちゃんはそこで大きな溜息をつき、「べリュスヌースがあんなに責任をもってしまう考え方じゃなく、リューが龍っぽい性格であったなら、今こうして困っていないんだがねぇ」と愚痴った。
「ここで問題が起きて、森での暮らしだったら魔力でリューを感じられた。だが、街だと遠すぎるらしくてねぇ。寂しくなってしまったらしいのさ。その弊害で、森で色々異変が起きた」
「異変って、魔物が増えたこと?」
「そうさ。溢れ出る魔力の調整に失敗してしまったらしい」
「もしかして、街に来てから初めて私とリューが森に行ったときに失敗した?」
「よく分かったね」
「だって、魔力の流れ変わったから。原因が分かったら教えてって言ったのに。スノエおばあちゃん、言うの忘れてたよね」
「忘れてはいないが、忙しかったんだ」
言うなら、顔を見て言ってほしい。
忙しいのも事実だとは思うが。
だが、「クレア、この前森に行ったとき、大量に木を切っただろう」という思わぬ反撃で不満はどこかに飛んでいった。
「……なんで知ってるの」
私は魔物の依頼で森に行ったときに魔力耐性の高い魔物に出会った。
その魔物相手にどのくらいの魔力を込め風魔法で切れるのか試したら、近くにあった木を大量に切ってしまう事件が起きたのだ。
おばあちゃんが知っていた理由は、公爵様に言われたかららしい。
「切った木をリューに元通りにしてもらったんだろう? そのせいでリューが植物魔法を使えることを知られた」
「でも、そのとき周りには人がいなかったよ」
「だがワットスキバー様は知っていた。何か魔法か魔道具を使ったんだろう。まあ、公爵様に知られるのはしょうがないが、他の人にリューのことが知られないように、これから気をつけておきなさい」
「分かった」
魔力反応だけでの確認が多かったので、これからは気をつけることを心に留めた。
気配で分かったらいいが、そんなレベルは母ぐらいじゃないと出来ない。
森の家で生活していたときは諦めていたが、今度会ったらミーアさんに教えてもらおう。
「話はずれたが、また森で異変が起きないためにもリューの顔を見に来るために家に来るということさ。
龍祇祭は太古の龍の守護を受け入れるということで、森の恵みを採って食べたり飾ったりして自らの魔力が街にたくさんあって、人に紛れられるからね」
「リューには会わなくていいの?」
「会わせる顔がないんだとさ。本当、面倒くさい性格をしている」
「じゃあ、リューが会いに行くことは?」
リューは自らの母親の魔力を好んでいる。
恨んではいないことは明らかだ。
いい考えだと思ったが、スノエおばあちゃんはそうではないようだった。
「リューが自分に会いに来たと分かったら、どこかに飛んで逃げていってしまうだろうさ。だからリューにはこの話は少なくとも龍祇祭が終わるまでは話さないようにしなさい」
龍の鱗というお守りを貰うほど仲が良いおばあちゃんが言うのなら、そうなのだろう。
私は寂しいのに逃げてしまう龍を想像できないまま、龍祇祭を待つほかないと理解して、おばあちゃんとの話は終わった。




