小龍
漂う意識の中、遠くで誰かが私の名前を呼んでいた。
最初はよく聞き取れなかったが、声に引き寄せられるようにだんだんと言葉がはっきりする。
私はこの声を知っている。
誰にも愛してくれなかった私を愛してくれた、慈悲深い人だ。
ゆっくり目を開く。
ぼんやりとしながら、瞬きを数回する。
その様子を心配そうに見守る人達がいた。
誰? と言おうとしたが、まだ「う?」という言葉しか出ない。
未だ前世の名残で普通に声を出そうとしてしまうのだ。
目の前には母がいた。
『私』が最初に意識が目覚めたときと似ていてなんだか懐かしい。
そしてその横には見たことがない男女の二人がいた。
顔面偏差値が高い三人である。
皆そろいもそろって顔が整っており三人並んで私を見ているので、なんだかすごくドキドキとした。
私はボケっとしながら眺めていると、母が急にきつく抱きしめた。
苦しかったのでバタバタと暴れると力は弱めてくれたが、なかなか離れてくれない。
嫌ではないのだけどどうしたのかと母の顔を伺ってみると泣きそうになっていた。
そういえば私は倒れたのだった。
体に何も異常を感じなかったのでで忘れていた。
母はしばらくの間、落ち着くまで抱きしめ続けた。
*
丸い机を囲むように人が座っていた。
椅子は三つしかなく、私は母の膝の上にいる。
私は元いた部屋に連れて行かれそうになった。
けれどそれではつまらないと私が拒否し暴れまくったので、このようになった。
母は私の体調を心配したのだろうけど、気絶しただけだ。
倒れた理由はよく分からないけど、動き回って疲れてしまっただけだろう。
それに気絶していたのは少しの間だけだと思うので、大人しくしていれば大丈夫だ。多分。
母は他の椅子に座る二人と熱心に話していた。
どうやら気心がしれた仲のようで、時々冗談を言い合っているのかよく笑っている。
そんな母を見たことがなかったので複雑な気持ちになり、ムスッとなる。
すると隣側に座っていた男性が乱暴に頭を撫でた。
そのせいで髪がぐちゃぐちゃだ。
それに赤ちゃんなので髪が少なめだからやめてほしい。
がっちりと私は母に固定されているので無駄なあがきだが、私はその手から逃げようとする。
その様子を見て女性が笑い、男性は悄気げていた。
この四人の他に生物が一匹いた。
机の上に置かれた毛布の上におり、長い尻尾を丸めてすやすやと眠っている。
初めて見る生き物だった。
私よりも小さく、可愛らしい。
私は動物が好きなので、見ているだけで癒やされる。
和んでいると、その生き物がパチリと目が覚めた。
大きな瞳と目があった。
小さくてきょとんとしていて、愛らしい。
母は起きたのを見るとを席を立った。
どうやらミルクをあげるらしい。
私を女性に預け、しばらくすると戻ってきた。
その間、頬をつつかれたりして遊ばれ、大変だったことを記しておく。
母は浅めの皿に入れたミルクを生き物の近くに置いた。
するとよっぽどお腹が空いていたのか直ぐに飲み始め、目に見える速さでミルクはなくなっていった。
良い飲みっぷりだ。
そして飲み終わるとお腹いっぱいになったのかあくびをし、毛布のところへと戻って再び眠り始めた。
私はそのあくびが移ってうつらうつらとなる。
耐えようとしても、赤ちゃんの身としては難しい。
その後、眠りに抗おうとして出来なかった私を見ていた三人は、クスクスと笑っていた。