バレた
心臓が嫌な音を立てて壊れたように感じた。
脈打つ音が盛大に鳴り響いている。
脳内を占めるのは、ただバレたということだ。
エリスは動かない。
私も動かない。
両者とも動けないのが正しいだろう。
マイペースなリューでさえそうなのだ。
当事者である私達ならなおさらだ。
息が苦しかった。
正常な呼吸ができなくて、普段どんなふうにしていたのかがだんだんと分からなくなってきている。
バレた。
バレないようにしてきたが、バレた。
風が吹いたことによって、自分の髪がなびいた。
そこでフードが被っていないことにようやく気がついた。
多分、エリスとリューを魔物から守るためにひとっ飛びに跳んだときにはずれてしまったのだろう。
だが今はバレた原因を考えるよりも、自分がこれからどうなるかだ。
恐れられる?
罵倒される?
暴力を奮われる?
……殺される?
どれも可能性はある。
それは私が実際に経験したことがあるものだから。
一番最後はエリスには達成できないだろうが、実行しようとすることはできる。
怖い。
親しくしてくれた人が、どんな風に豹変してしまうのかが。
そうされて私は見たくない聞きたくないと酷いことしてしまうかもしれないことが。
前世で殺されたことや今世で殺されそうになったことでの悪夢では何も出来なかった。
逃げるだけで反撃することはなかった。
でもここは悪夢の中ではなくて。
エリスが逃げてくれれば、一番いい。
私はそれを見送るだけで、何もすることはない。
だが半魔だからと心をえぐられることをされたら、反射的に魔法を放って言葉を発さない暴力を振るわない体にしてしまうかもしれない。
何もなかったことにして、存在しなかったものとして跡形もなくしてしまうかもしれない。
それほどまでに、私は私を守りたいのだ。
心にこれ以上の傷はつけられたくないのだ。
だから、だからだからだから―――――
動けないエリスに、私は、
「おぅーい! 二人共ー、リュー」
ニト先輩の声を聞いて我に返り、咄嗟にフードを被った。
「お、いたいた。森の中だから、勝手に行動したら駄目だろう。魔物がいるんだからって、……マジか」
氷が刺さった状態の魔物を見て、驚いていた。
しばらくそうしていたが「ここは危険だから帰ろう」と言った。
「……大丈夫か?」
私とエリスが返答しなかったので顔を窺って、そこでエリスが朧気に「うん」と言う。
私はエリスがそれだけで口を閉ざしたのを見て、ニト先輩には知られなかったことに安堵して少し息を吐き出した。
そこからはよく覚えていない。
門番の兵士にもニト先輩と似たような言葉をかけられた覚えはあるが、気がついたら私の第二の家となる薬屋へと着いていた。
ニト先輩がスノエおばあちゃんに報告する。
おばあちゃんはその後に私達に怪我がないか尋ねて無事なことを確認したら、エリスに二言三言話しかけ家へと帰るように言った。
エリスは帰るとき、私を見た。
私はぼうっとエリスの行動を見ていたので、フード越しに目があった。
ビクリと体を揺らしていた。
そして小走り気味に去っていった。
「おばあちゃん。あのね、私……」
「分かっている。……エリスにバレてしまったんだろう?」
「うん」
「……部屋で休みな。馬鹿弟子も心配している。魔物に襲われたからと勘違いしているようだがね」
俯いていた私をおばあちゃんはしゃがんで覗き込んだ。
フードを被っているから顔は見えていないはずだが、見通しているようだった。
自分の部屋に着いて、ベットに体を投げ出すように寝転がる。
私についてきたリューは近くでパタパタと飛んで、ゆっくりベットに着地した。
私は無気力感に苛まれていた。
思い出すのはエリスのとった行動で、瞼を閉じて寝ようとしてもそのことで眠れない。
目は冴えていた。
次に起きたときにはこのことは夢だったということにしたくて、何度も眠ろうとするがやはり無理で。
昔母がかけたことを思い出して眠りの魔法を試すが、いつまで経ってもそれは訪れなかった。
仕方なく、体を起こして空を眺める。
すると視界内にリューが現れた。
驚いていると、ポンっと一本の花を魔法でつくり、くれた。
琥珀色の一枚が大きな花弁の花。
母の髪と瞳と同じ色だ。
「ありがと」とリューの頭を撫でる。
すると膝の上にいたリューは翼を使って上に上昇し、私の頭に頭突きを食らわせた。
「……痛いよ」
倒れ込んだがベットがあったから床で頭をぶつけて痛めることはなかった。
だが小さいとはいえ龍の頭突き。
とても痛い。
ヒリヒリとする額を押さえながら悠々としているリューを見てイラッとしたので、リューを捕まえてぎゅうぎゅうと抱きしめた。
苦しがって尻尾をあっちへこっちへさせている。
私はクスッと笑ってしまった。
心配をさせてしまっている。
だから、こんなふうにリューなりに元気づけているのだと思う。
私はどうなるのだろうか。
エリスに半魔だってことを知られて、何を言われるだろうか。
森ではそのことを考えて、何かを実行しようとしたことを覚えている。
何か、が何か分からないが、エリスによくないことをしてしまいそうだったかもしれない。
今は冷静になっているが、ニト先輩が来なかったらどうなっていただろうか。
お母さん、と遠い地へ戦争に行ってしまった母に心の中で呼びかける。
私は魔法や棒術、上手くはないけれど剣術を身につけて力をつけたけれど、もし優しくしてくれた人が半魔の私を否定したときこの力の矛先を向けるべきなのだろうか。
私はしたくないけれど、そうしなければならないときや反射的にしてしまうかもしれない。
私はどうすればいいのだろうか。
その問いの答えは、返ってはこなかった。




