不自然な魔力の流れ
「あ、あった」
話が終わって、ちょうどエリスがお目当ての薬草を見つけた。
ニト先輩とリューを呼んで、特徴や効力を教えてもらう。
繊細な薬草で、強く握るとすぐしなしなになってしまうらしい。
そのためニト先輩が慎重に採取した。
「今回は早く見つけられたね」
「ああ。前はもっと何時間もかかったからな。運がいい」
そんな話を聞きながら、暗さや雰囲気から大体森の半ばまで来たんだなと思った。
冬の時期は寒さのせいで冒険者は森に足を運ぶ人が少なくなるので、よくここの辺りは来ていたものだ。
だが冬に見た光景とは違い、実や茂る葉によって春の森は鮮やかに見える。
森の中の家付近と比べても空気中の魔力の濃さが違うせいなのか暗く見えるので、よりそう見えた。
一粒、近くに実っていたものをとってみた。
赤く、さくらんぼよりも小さな実だ。
しげしげと眺めていると、「それ、毒あるぞ」とニト先輩が聞こえた。
「毒があるんですか?」
「舌が痺れるぐらいだけどな。食べれないことはないが、味はあまりに酸っぱいし子供だとどうなるか分からんから止めとけ」
甘いものが好きな私なので、酸っぱい実を食べようと思っていた考えを止めた。
よく思い出してみると、森の家での生活ではよく母が自然の実りを取ってきたものだ。
その中に先程私が食べようとした実はなかったので、危ないことは分かっただろうに。
数日ぶりの森に私も浮かれていたかもしれない。
森は危険なところなのに。
魔物避けのお香で少し気が緩んでいたところもあるだろう。
私は緩んでいた意識を切り替えた。
「目的の薬草も採取できたから、そろそろ帰るか」
「はい」と答えようとした。
エリスは「うん」と言っているのが聞こえる。
だが先輩の言葉が言い終わった直後に空気中の魔力の流れが変に変わったことで、意識がそちらに向かってできなかった。
「クレディア、どうかしたの?」
「……なんでもないよ」
気のせいではない。
一瞬だったが、確かに魔力が森の深部から流れてきたのを感じた。
けれど、それで何も異変が起きるということはなかった。
それにそのことを何も気付いていない二人に言っても、どうしようもならない。
「ほんと?」
「うん。お腹空いたなってぼんやりしていただけだから。だから、早く帰ろう」
異変はないが、これから起こるかもしれない。
そのことが私の様子で伝わったのか、お腹が異常に空いていると誤解されたのかどっちか分からないが、早く帰るということが決定した。
が、それは私達三人だけだったようだ。
「ガウー?」
リューが魔力が流れてきた方向へと飛んでいったのだ。
私と同様に気付いていたらしい。
「リュー!?」
その方向は帰る道と逆だ。
私は非難の声を上げるが、リューは戻ってはこない。
「待って! どこ行くの!?」
エリスがリューを追いかけた。
「っニト先輩、私も行きます」
「え? オイッ、二人共!」
「荷物、お願いします」
タイムロスの後、私もリューを追いかける。
私達と頼んだ荷物の件で板挟みとなって先輩が嘆く声が聴こえるが、私はリューとエリスを追いかけるので答える余裕はなかった。
一人と一匹はそれほど遠くには行っていなかった。
リューは速く飛んで行っている訳ではなかったし、飛んでいく方向を正確に掴めていなかったのかきょろきょろとしているところをエリスが捕まえたのを目撃した。
「もう、リューはどこいこうとしてたの?」
「ガウッ、ガウガウッ!」
リューは何かを伝えようとしているのでエリスが首を捻らせるが、今はそれどころではない。
エリスの後ろから魔物の魔力の反応がする。
何の魔物かは分からないが、私が遠くから声をかけてもエリスがそれを理解するまでに魔物に襲われるだろうと思う。
リューはいつもだったら魔物に気付いていただろうが、今の状態だとそこまでに気がまわっていない。
エリスは魔法が使えると聞いたが、基礎の魔法が安定したと言っていて、それは私だったら風を生み出したりその場に留まらせるぐらいのレベルだ。
木の根に引っかかるということから、魔物の襲撃に対して逃げることも叶わないだろう。
だから、私がやるしかない。
私の位置からエリスの後ろの一直線上に魔物がいるため、中距離となる現在の場所からは魔法が放てないので、代わりに体に魔力を巡らして身体強化する。
母のように体の一部にだけするということはできずに範囲が全身になるが、魔力が多いを通り越している私には今気にすることではない。
そしてすぐさま地面を踏みしめて跳ぶ。
パサリと音がし、髪が強い風が吹いたときのように後ろに流れて乱れた。
その間に魔物はヘルハウンドだったことが分かった。
エリスへと襲いかかろうと茂みから飛び出してきたところを見て、自身の魔力を叩きつける。
押しつぶすことはしない。
エリスの目の前で無惨な殺しはしたくない。
そうして標的を私に強制的に変えさせて地面に着地すると、ヘルハウンドは一度距離をとろうとするようだった。
一瞬でけりをつけるのとリューがいるから大丈夫だとは思うが、私は「下がっていて」とエリスに言った。
そしてヘルハウンドが私に飛びかかる前に、一思いに氷塊で殺した。
何回も殺したことのある魔物だ。
集団との戦いがあったことが多かったので、一匹だけなら相手にもならない。
流血は少なく済んだと思う。
とりあえず、他にこの辺りには魔物はいないが離れようと言うために、背後にいるエリスに振り返った。
が、どうも様子がおかしい。
驚愕していて、信じられないといった様子だ。
それは一瞬で魔物を殺したことではなく、私自身に関することで。
「…………半魔」
呟かれた言葉は私の動きを止めた。




