不憫な少年、再び
おばあちゃんは仕事があるので、衛所からは寄り道しないで家まで帰る。
その途中、私はとても困ったことになっていた。
「……なあ」
睨みつけてくる少年はとても見覚えがある。
エリスが好きだということが本人以外にはバレバレとなっているイオだ。
「何?」
「お前、女だったのか……?」
「……スカートを穿く男の子はいないと思うけど」
見れば分かることだと思う。
隠れて私とイオの様子を見ているイオの友達も含めて、以前私が男の子と間違えられたことが地味にショックを受けていた。
この年で溢れ出る女の色気というものは出ないが、エリスに選んで買ったスカートを穿けばローブを着ていても可憐さは出るだろうと思ってだ。
それがなぜ疑問形になって質問してくるのか。
女性特有の声が高いというとはないが、衛兵さん達に性別を迷われることはなかった。
失礼な少年だ。
少し、イオがエリスに好かれない理由が分かった気がする。
おばあちゃんは「もう仲がいい同年代を見つけたのかい?仲良くするんだよ」と先に一人で帰ってしまった。
仲良くないのに。
……いや、ここは精神年齢が高い私が、大人の対応をして仲良くするべきなのだろうか。
現在友達といえるのはエリスだけだ。
出会って三日目で友達だよねと確かめた訳ではないが、私はそう思っている。
そうじゃないと私には友達がゼロ、という避けたい事実が襲いかかってくる。
「おい、聞いてるのか?」
声をかけられて、意識が現実に引き戻される。
いつの間にか距離が近づいていたことに少し驚いてしまってパチリパチリと瞬きすれば、問いの答えは分かってしまったも同然だった。
「名前。お前、名前はなんていうんだ?」
「……昨日、エリスが紹介してくれたよね」
「忘れたんだよ」
私、恋の伏兵として認識されていたんだよね?
誤解は私が女として解けたが、さっきまで重要な立ち位置にいた人の名前を覚えていなかったのか。
「イオはバカなの。ごめんね、バカで」
「バカバカ言うなよ!」
「しょーがねえよ。バカなのは事実だからな」
「ほんとよね。昔からバカなのは治らないから」
「お前ら……っ!」
隠れていたイオの友達が私の前に現れて言った言葉にイオは憤り、「イオがマジギレした!」とバラバラに逃げていった。
それをイオは追いかける。
足が速い。
「ほんとにごめんね。イオは思ったこと、全部口に出ちゃうのよ」
女の子の友達が私に話しかける。
イオは私達に背を向ける形で男の子を捕まえようとしているところだから、この女の子には気付いていない。
「性格が悪いわけじゃないの。だから許してあげて」
「……まあ、見ていれば分かるよ」
そうでなければ、こんな友達思いの子がいるわけがない。
きっとエリスと同じで、恋に関することになると盲目になったのだろう。
私は恋というものは経験がなくてよく分からないので、どんな気持ちになるのか知らないが。
それでも恋をしている人はその想いを叶えるために頑張っていて、好印象に映る。
「あの、一つ確かめたいことがあるんだけど、あなたは私の名前覚えている?」
「もちろんよ。クレディアでしょ」
「うん。……良かった」
イオの友達も私の名前を覚えていないかもという懸念していたことを確かめ、改めてたがいに自己紹介した。
この子なら、仲良くできそうだ。
「次、お前が鬼な!」
イオが走ってきてその言葉と共に私に向かって手を伸ばすので、私は咄嗟に避ける。
「……は?」
空振ったせいで、間抜けな表情と声をしていた。
避けたときはスカッと効果音が出ていそうなぐらいだったので、私は心地よい。
「えっと、ごめんね?」
どうやら状況を察するに、追いかけているうちに目的が変わって鬼ごっこになっていたらしい。
それで鬼となっていたイオが私にバトンタッチしようとしたが、私が避けてしまった。
なんか、申し訳ない。
というか鬼ごっこ、この世界にもあるのか。
そんなことを考えている間も、イオは私を鬼にするのを諦めていない。
私はお母さんとの鍛錬の賜物の足さばきを披露して、次々空振りさせているのだが。
「〜〜くそっ!どうなってんだ!」
隣にも鬼になれる子がいるのに、イオは私を標的にしたまま狙う。
意地になっている。
「わぁ!クレディア凄い!」
「すげー。イオがやられてる」
ずっと攻防をしていたので、鬼ごっこが二人だけのものになり観戦されている。
通行人にも見られてて、私達は目立っていた。
目立つのは良くない。
大人の人が「子供なのにすごいな」と私を見て言うので、もう鬼になればいいかと思い、避けるのをやめた。
最後は呆気なく終わり、イオはしばらく黙りみるみる顔が真っ赤になった。
「大丈夫?」
喜ぶと思っていたので、この状況についていけない。
何が起こった。
「っ覚えてろ!」
キッと睨まれ、イオは逃走していった。
いや、ほんとに何が起こった。
「クレディア、あれはないよ」
「えっ。なんで?」
ついていけてないの、私だけ?
話を聞くと、今までイオは頭に関することは除くが、体を動かすことには誰にも負けたことがないらしい。
それを私に完膚なきに叩きのまされて、あげく気を使われてわざと私が鬼になった。
私はそんなつもりなかったが、周りにはそう見えたらしい。
「多分、イオはまた来るよ」
「勝負を挑みにねー」
「負けず嫌いだから」
そうなのか。
憂鬱だ。
とりあえず、その場にいたイオの友達と名を再び名乗りあい、お喋りする。
おばあちゃんの言うとおり、イオ以外と仲良くすることは達成できた。




