賢者の支配領域
本日二話目。
「魔女め、何もかも邪魔しおって! 今度こそは息の根を止めてやろう!」
本当にやばい。とにかくやばい。今頃賢者は怒髪天を衝いているのではないだろうか。
逃げる私達に魔法が次々に投げ込まれていた。隠密をかけているのに、距離は離れすぎて姿も見えていないはずなのに、あまりにも的確すぎる。
「どうなってるの、これ!?」
「この王城一帯、賢者の領域となっていやがる!」
「空間魔法で!?」
ハルノートが魔法に詳しい私以上に優れている分野はそれしかない。疑問形ではあるが、確信だった。
「ああ! 空間を把握して、居場所を特定してやがる!」
「転移で魔法もとばしてくるし……妨害は!?」
「そんなしてる暇ねえ! てか、空間を支配してる影響で、野戦みたいに直ぐにできなくなっていやがる!」
「ああ、もう厄介!」
それほどまでに王城が賢者の支配領域ならば、隠密の魔法の意味がない。放ってくる魔法のせいで、隠密とはかけ離れた状況になってるしっ。
結界を破壊し門も突破してきたことで、新勇者召喚に関わっていない者は何かしら動き始めていた。騎士や下っ端の魔法使いが駆けつけてくる。
「外にさえ出てしまえば、簡単に逃げ切れるのに……っ」
夜であり町のように光で溢れてはいないから、隠密の効果は格段に上昇するはずだ。だが、騎士らが外に通じる道を、賢者は土魔法で窓を塞いでいる。怒りのせいで王城の被害を無視し、騎士らの支援を受けて徹底的に追い込んでくる。
強行突破しようにも、それを見計らって魔法使いが転移して攻撃してくる。新勇者召喚は完全に見切りをつけ、諦めてしまったらしい。それに携わっていた人たちなので腕が立ち、まともにやりあえば倒せはするが時間がかかる。それを賢者は見逃さない。
逃げに徹していると、突きあたりまで誘導されるが、階段があったので身体強化で一気に跳躍してしまう。そこで待ち構えていた二人の魔法使いに、リュークが植物で姿を遮る。私のせいで謎の攻撃に注意を払わないといけないのも、状況の悪さを手伝っていた。
「とにかく上だ! それで魔法使い以外はどうにかなる!」
上階まで騎士の手は回っていない。植物や氷で後ろ道を塞ぎつつ、敵の手を減らしていく。だがその分追撃の魔法は過激になっていた。もしかしたら賢者以外も人が手伝っているかもしれない。
それでも好機を作りだして、壁を覆う土を闇魔法で突き破る。もう窓だとか関係なく外への穴を空けて、飛び降りた。着地には風魔法があるので支障はない。
城内から抜け出せたことで少し気が抜けていた。真っ暗で、視界を確保していないのもある。
「クレア!」
「わっ!?」
ハルノートが体に腕を回す。そんなことしなくても風魔法をかけれるのに、って、あ。目の前から魔力反応が。
外の景色が一瞬で切り替わっていた。ハルノートが庇ってくれたが地面の上をゴロゴロと転がっていくし、暗いところから明るくなって眩しい。だが、そんなこと気にしていられない。
状況が分からないから、闇魔法で頑丈なシェルターを作り魔法を防いでいく。
「ハルノート無事!? リュークは!?」
「俺は体を打ったぐらいだ」
「ガウガウ」
リュークに関しては怪我でなく、共にいるかを心配したが、同じシェルター内にいる。私達が転移されるのに、急いでついて来てくれたみたいだった。
屋外でも支配領域だなんて、賢者は王城を好きにしすぎじゃないかな。いったいどこに転移されてしまったのか。
攻撃がやんだところで、シェルターを解除する。これ以上王城をめちゃくちゃにしないようにか、広い空間に飛ばされている。
謁見の間だろうか。先程の通信をしてくれた男性が、特等席に座って見下ろしている。側に仕えるのは賢者だ。いつもその立ち位置なのだろう。なにせその男性の名はコンザッツ・ウィズラモールと、国王だ。今日だけで王族に出会いすぎじゃないかな?
相手はその二人だけか。国王の守りもあるというのに、賢者は慢心が過ぎる。謎の攻撃を警戒して、私は早々に目を逸らした。防音の魔道具も作動中で、効果範囲を弄る余裕もないため、ハルノートが話していることも聞こえないでいた。
そんな中で、賢者は炎を放ってくる。植物では焼け払われてしまうので、私は氷魔法で防ぐことになった。ガシャリ、と何かが壊れる音がする。
「防音を禁ずる。声をとくと聞くがいい」
「――え?」
「隠密の魔法は、魔女だけの特権ではないのでな」
防音の魔道具が壊れ、自らその魔法を発動させることも防がれる。
賢者がやったのではなかった。いなかったはずの魔法使いがいる。
「空間を捻じ曲げ、その存在を隠す。変わった使い方であろう?」
そんなの知識にない。おそらくベリュスヌースが知らない応用の仕方だからか。そのせいで魔法使いに、また空間魔法を用いて魔道具を破壊され、あの謎の攻撃を受けることになった。
「ハルノート、」
手で耳を塞ぐこともできなかった。助けを求めると察してはくれたが、賢者たちの方が速い。
「平伏せよ」
「っ!?」
「クレア!」
「無様なものよ! これまでの仕打ち、何倍にして返してくれる! ほれ、ほれ! ああ、魔法を使ってはならぬぞ?」
「この下種野郎!」
「ガウウ、ウー!」
駄目だ、私は何もできない。ハルノートに抱えられて、迫る魔法を避けていくことなる。リュークが援護して防ぐが、時々呻くことになっていた。直撃こそはしていないものの、かすっている。
私は謎の攻撃に抵抗できているのか、時間が立つと体は自由になったり、魔法も使えそうな感覚はある。だが、その前に言葉がかけられる。
「ウー、アッ!」
「合わせろ、サラマンダー!」
リュークは全力で魔法を発動させた。賢者が焼き払う以上の植物を生やして、襲撃をかける。それは魔法使いにもで、ハルノートは先に片づけやすいそちらを優先した。
炎はいつもよりも乏しかったが、魔法使いを燃やすのには十分だ。
「落ちるなよ」
弱弱しくも、私はハルノートにしがみつく。殆どハルノートが支えている状態で、消化しようと慌てる魔法使いに剣で直接斬りこんでいった。魔法使いは死ぬ前に、そう言う。
「うご、くな」
あのときと同じ言葉だ。溺れはしないが息ができなくなり、そして思いっきり息を吸う。
「っ、はあ、はあ」
「おい、平気か!」
「な、なんとか。え、んごを――」
「魔法を禁ずる。全く、懲りぬものよな」
「てめえがだ! うぜえんだよ!」
賢者の魔法は止まらない。魔法使いが一人いなくなったのに、勢いが増すほどだった。なんでそんなに魔力が続くの? いくら魔力が多いからって、あんなに消費量が多い空間魔法を使っていたのに。
ハルノートに揺さぶられながら観察すれば、大量の魔石を携えていた。新勇者召喚で用いていたものか。
私を守りながらだと旗色が悪すぎる。ハルノートはサラマンダーの力を十分に借りれないし、リュークは属性の相性が悪い。
「ねえ、もう私を置いて――」
「んなもんできるか!」
「ガウウ!」
一刀両断される。まだ最後まで言ってないのに。
「でも、このままだと全員やられちゃうよ」
「俺ら以外の奴が来るかもしれないだろ!」
きっと諜報員のことを言っている。だが、諜報員の役割は新勇者召喚の阻止だ。私達がもうしてしまっているから、助けに来る必要はない。そのまま撤収しているかもしれないし、来るなら賢者の応援の方だ。
私は決意する。
「ウー!?」
リュークが止めに来るが、その前にハルノートを突き飛ばす。
死ぬのは嫌だ。だが、そのせいで彼等を道連れにしてしまうのはもっと嫌。
「逃げて、」
「っ馬鹿が!」
受け身も取れずに地面に衝突する。助けたら隙になっちゃうよ。なのに、なんで手を差し出してしまうの?
直撃した魔法により、私は吹き飛ばされることになる。ハルノートは焦り声だったから、彼には当たらなかったみたいだ。良かった。
土魔法で打撃にしたようで、血は流れなかった。そういえば溺死させようとしてたし、あまり傷はつけたくないのかな。私は半魔だし、魂は地球からきている。激レアだ。……ああ、体中が痛いなあ。
「ふむ。これが勇者のなれ果てか。縛りをつけておけば、あっけないものだな」
「当然のことです、王よ。逆にこれほどまで時間がかかったこと、申し訳ございません」
「いい、いい。お主には色々なことをしてもらっているからな。この後、魔女はどうするのだ?」
「王城を破壊させてしまった身の上でありますが、どうか私の好きにさせてもらってもいいでしょうか」
「構わん。賢者には幼い頃からの返しきれぬ恩があるのだからな」
「させる訳ねえだろ! クレアを好きにしていいのは俺だけだ!」
今そんなこと言ってる場合じゃないよね!?
ハルノートは頑なに逃げようとしなかった。リュークも一緒になって、賢者に立ち向かう。吹き飛ばした方向は意図したもので、賢者と国王の付近に私がいるからだ。
もう、こうなったら素直に死ねないよ。私は抗うことを決めた。思い通りに動かない体を叱咤して、まずは立ち上がろうとする。賢者は動くなと言うが、知ったことか。その言葉には飽きたし、変な体勢で耐えきれなくて崩れ落ちちゃうんだよ!
動くな、に従えない私の矛盾を感じたときだった。あっという間に息がしやすくなる。もしかしてこれ、考え方によっては効きが悪くなる?




