新勇者召喚の阻止
「やべえ」
「えっ……何が?」
「サラマンダーが出てこれねえ。精霊避けが魔国並みのレベルだ」
「それって、つまり」
「殆ど炎が使えなくなる」
「それは……やばいね」
「クレアも謎攻撃があるからな。まともに動けるのはリュークだけか」
二人そろってリュークに目を向ける。速度重視で移動しているから小龍姿だ。
「ガウガウー、ウ!」
「なんだって?」
リュークは小龍姿では人語は話せない。念話はまだ未修得だった。
「僕が頼りになるねって」
「まあ、戦闘能力は確かだからな」
とはいえ、戦闘はとことん避けるつもりだ。目的は新勇者召喚の阻止である。
第一王女は私と添島君の勇者召喚には立ち会っている。王城は住まいとしていたことで、目的地までの構造は細かく正確だった。突き当たりにある部屋に入り込み、壁際の鏡を取り外す。
「へえ、趣深えじゃねえか」
地下へ続く隠し通路に、彼は楽しげだった。確かに、そんな場合ではないけど探険みたいでワクワクするよね。
ハルノートを先頭に、慎重に階段を下っていく。狭く、仄暗くて人の気配がない。ここまで来るのに城内でも何人かすれ違ったが、隠し通路とあってそんなこともなさそうだ。新勇者召喚に関わる者を除いて。
目的地となる扉の前で三人が立ち塞いでいた。それは私達のことを知ってのことでなく、言い争いをしているせいだ。
「魔法使いと、女の子二人?」
「ドレス着てやがるぞ」
「多分だけど王女様かなあ」
マデリア王女とサァドル王子とも面影があるし、なにより女の子二人は瓜二つだ。
予想通りなら第二王女のラオナ・ウィズラモールと、第三王女のリオナ・ウィズラモールの双子の姉妹だろう。双子と聞くと魔国で可愛がられているチルンとフランを想起するが先走る姉としっかり者の弟に対し、王女姉妹は考えも行動も全くの同じであるらしい。近しい者でも違いが分からず、どちらがどちらか分からないという。
判別方法は、彼女らが一人称として名乗るラオナとリオナしかない。詐称して遊ぶこともあるらしく、そうされたら私は絶対に間違えてしまうだろうな。そのぐらい異なる部分が見つからない。
「どうする?」
「やるしかねえだろ。聞いた感じ、姉妹が入ろうとするのを魔法使いが止めているだけだ。遠回しに邪魔だと言うのに、姉妹が不満をぶつけているだけだ」
私は魔法使いがいた時点で、防音の魔道具を発動されている。余裕があるので機能を弄り、ハルノートがいる範囲は除外している。その他は何も聞こえやしない状態にある。
決めてしまえば行動は速い。ハルノートは魔法の鞄から弓を取り出し、矢を放つ。実はその魔法使いは野戦で見たことがあった。ハルノートは容赦なく、心臓を打ち抜く。
「きゃあ!?」
「だ、誰か……っ!」
今度は双子姉妹まで、防音の魔道具の範囲外とする。内と内同士なら音は届くが、内と外ならば届きはしない。
「ひうっ、ま、魔女……!」
「ごめんね」
第一王子と同様に、王族となると扱いは丁寧にならざる負えない。扉に最も近い王女から口を押さえて気絶させ、助けを求められないようにする。
「ラオナお姉様から離れなさい!」
私達が完全なる悪役なので、濡れた目で睨みつけられれば良心が痛んだ。
「マデリアお姉様の次は、わたし達を攫うつもりなのね。いいわ、やれるものならやってみなさい……っ!」
護身用なのか、たどたどしい手つきで短剣を抜き、そして自身に向ける。そっちか、と慌てるが、リュークが死角から飛び行って奪ってしまう。
「こらっ、返しなさい!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる姿は可愛らしく思う。王女相手に気が引けて他愛ないことを考える私を、ハルノートは軽く小突いた。
「さっさとやっちまえよ」
「だってこの子、裏事情を知らされてないんだよ。幼いし、いいように情報操作されているんじゃないかな」
「それならなおのこと、さっさと気絶させた方がいいだろ」
「……それもそうだね」
殺す訳でも、攫う訳でもない。恐怖させてしまったことに申し訳なさを覚えつつ、と気絶させてしまう。
魔法使いの死体とは離して、双子姉妹を横たえる。このぐらいの配慮しかできない状況だった。扉越しにも、新勇者召喚が着実に行われているのが伝播している。
「凄い魔力……」
「六人はいるな」
「魔力量が多いし、全員魔法使いかな」
入って見ないことには、詳しいことは分からない。そして入ってしまえば、新勇者召喚が行われている現場である。
「外から魔法攻撃してみるか?」
「でも、まだ私達のことには気づいていないし、こっそり入って見るのも手じゃない?」
「できるのか?」
「扉を見張っていなければ」
「……一か八か、やってみるか。バレても魔法で先制はできるだろ」
隠密の魔法をかけてから、ハルノートが扉をそうっと開けていく。
「いけそうだ」
六人の魔法使いは魔法構築に集中していて、見向きもしなかった。ぶつぶつと詠唱している中には賢者がいる。
床に描かれた魔法陣を囲っていて、起点となる場所には市場ではお目にかかれない魔石がいくつもあった。そして、人の死体も。
死体に残る魔力を吸い取っている。集められていた奴隷は殺したうえ、死体になっても無体とするとは。
直ぐに止めたい気持ちに襲われるのを、ハルノートが腕をとって引き留める。大丈夫、私は冷静だよ。息を長く吐いてから、高ぶりそうな感情を沈めていく。
「どうする」
「ちょっと待って」
私は魔法陣を読み解いていく。これほどまで複雑なのは初めて見た。空間魔法を使えずとも、知識だけ持ち合わせていたのが僥倖だった。そうでなければ、半分も分からなかっただろう。それでも分からぬ部分は、異界人を招くうえ、光の属性を代表に膨大な力を付与するという結果を知っているため予想できはする。
「魔法に対して、魔力が不足しているみたいだね。戦争で魔法使いを削ったからかな。時間をかけて回復させながら構築してる……まだ、完成には程遠いね。繊細さを求められるし、後半日ぐらいはかかりそう」
「壁の文字は関係ないのか」
「そうだね。あれは保存の魔法だから」
そうやって、千年も前から継承されている。魔法陣は描くタイプでなく、床に刻まれたものだ。部屋丸ごと保存していて、もし城が壊れても地下のこの部屋は残ることだろう。
「ただ破壊するのは芸がないかな」
また新勇者召喚がされぬよう徹底的に破壊しておきたいところだが、魔法を発動させる適切な時期があった。異界と接続するのだから、星の巡りあわせが関係しているのだろう。詠唱内容も、星に関連する言葉がちょくちょく出てきている。
戦争はまだ継続されているし、頃合いを見て後で破壊しにくればいい。どうせ、文献も別の場所に保管されていそうだしね。
また、派手に破壊したとして、賢者たちから逃げ出すのは困難だ。色々考えた結果、私は新勇者召喚がなされないよう、バレない程度に魔法に介入することにした。六人で構築していることだし、一人手を出したことでは分かるまい。
……実際は六人だからこそ役割分担はしっかりとなされていて、変に手出しされたら違和感をもたれるだろう。が、そこは精神魔法や隠密の魔法で誤魔化す。とにかくやってみよう。
失敗してもいいよう、ハルノートとリュークはいざとなったときの準備をしてもらう。魔法を構築していれば、熟練の魔法使いは気付くものだが、この大量の魔力に包まれた空間では反応もしない。扉の前でも争いもそうだったしね。
ちょこっとの介入ならば、と私は精霊避けを手に取る。サラマンダーが嫌がるのが分かるぐらい、この部屋にはしつこく配置されてあった。
「皮肉が効いてるじゃねえか」
「まあね」
精密さが求められる魔法に不純物を混ぜる。精霊避けはうってつけだった。魔石と魔力がありながら淀みがあって、それは魔物や魔族の性質である。光の属性を付与する過程では、特に影響を及ぼしてくれるだろう。
魔法の構築に夢中で無防備なところに、精神魔法で意識をぼかして、魔力提供に協力してあげる。リュークが精霊避けをいくつかもってきてくれたので、上級魔法分は注いだことになる。
だが、このままでは力の付与に失敗するだけで、異界人が招喚される可能性がある。
私は冷酷になって、魔法使いの一人を風魔法で衝撃がないよう丁寧に傷をつけた。血がだらりと流れ出していているが、痛覚はなくしてある。時間が経ってから、血を失い過ぎたことに気付くことだろう。
「撤収!」
私達はその空間からうまく逃げ出した。双子姉妹は目立つよう横たえてあるので、避けつつ来た道を戻る。
隠し通路では誰にも出会いはしなかった。が、その入り口の鏡をよけたとき、四十代ほどの男性とばったり出くわす。
「まずっ」
身なりが王女姉妹以上に豪華な身なりなので、誰だか直ぐに察しはついた。なにより見た目がそれっぽい。
私は直ぐに男性と、その護衛もいたからそこまで防音の魔道具の範囲とする。ハルノートとリュークは二人の排除に動くが、前に立つ護衛を相手にしている間に男性はその魔道具を起動させた。
「賢者よ、招喚は失敗したのか!? 魔女がおるではないか!」
防音の魔道具内で、通信が通じるのか。実験したことがないので分からなかったが、できるらしい。
私達は護衛を斃すも、逃げに徹した。廊下を駆けていっている中、賢者の怒鳴り声はよく聞こえた。




