事後の魔王城 ※真希視点
その後は徹底的に痛めつけられることになった。怒ってはいなかったが、とことん戦闘を楽しんでいた。
僕とオットマーは襤褸雑巾のようになる。その他は早々に降参して、離れた位置で待機していたから無事だ。僕も降参したのになあ……。
「真希様っ、どうか死なないでください……。ここまで魔王が悪逆無道だとは思わなかったんですっ」
「いや死ぬほど痛めつけてないからな? そもそも、それでもいいって了承してただろ?」
「やりすぎなのよ。真希はもう操られていなかったのに……」
「そうは言うが、動けぬ程痛みつけるのには抵抗しなかっただろう?」
つまり、再度操られる可能性を見越して、僕は襤褸雑巾にされた、と。フォティが途中から力を貸してくれなくなったのも、今もなおヴィオナが癒しをかけてくれないのもそういう理由なのか。
僕は少しでも楽な姿勢を、と仰向けになっている。遠くから、オットマーのぎゃあぎゃあと叫ぶ声が聞こえてくるが同情なんてしない。ビナツュリーナさんという補佐官が、異界人の操る仕組みについて聞き出してくれているのだ。
「私は、私はこれしきで屈したりなど――!」
「御託はいいから、さっさと観念なさい」
「アッーーー!?」
ちょ、どんな声を出しているんだ!?
急ぎ見やるが、事は全て終わった後だった。
「魔王様。魅了が完了しましたわ」
「ご苦労」
オットマーだらしなく目元は下がり、口が開いたままとなって涎が垂れていた。
なにをどうされたのか。ぐるぐるに捕縛されながらも恍惚した表情や、ビナツュリーナさんの布面積が少なくて格好もあって、そわそわと妙な気持ちにさせられる。
サキュバスらしいけど、恥ずかしくないのかな。相当エロい格好だよな――「真希様、何じろじろと見ているのですか?」痛い痛い痛いっ、マデリアつねらないで!?
異界人の操る仕組みは魂にあるらしい。勇者召喚時に組み込まれていて、その儀式に参加した魔法使い全員に逆らえないようにしてある。
トリガーは言葉を発するだけ。操る側、操られる側の両者の認識を強めればより効果的となるので、近い距離であればなおよい。この場合、僕と魔法使いには繋がりが構築されてあるので、魔法に分類されるものではあるが魔力を消費することはない。
ただそのまま言っても抵抗されるだけなので、時間をかけて少しずつ意識を誘導させ、操られている自覚をもたせないようにする。
つまり僕への行いが、頭のいいやり方なのだとオットマーは力説した。ビナチュリーナさんの足に擦り寄りながら。無下に足蹴にされているので、かなり憐れだ。頬のじんじんする痛みが引かない僕が癒えることではないが。
「面白みのない答えだったな」
「分析した通りでしたからね。クレディア様が身をかけて調べたことはあります」
「クレディアさんが?」
「そうですよ。前線で賢者を務めていましたからね。現に今もそうなっているかも……」
「大丈夫、なのですか?」
「野戦のときと状況が違いますから……」
判然としない答えだ。ビナチュリーナさんの不安げな表情につられていると「なら手助けしに行くか?」と魔王が言う。
「それは、戦争に参加することになるよね」
「なに、人を殺せって内容じゃない。賢者と戦いに行くのが目的ではないからな」
「今、クレディアさんって何をしているの?」
「予定通りなら、今夜中に王城に忍び込んでいるはずだ」
「……は?」
「既にそこまで侵略を果たした訳ではないのですよね」
「聖女か。丁度いい、勇者を癒してやれ。もうそこの魔法使いはどうにもできない状態だからな」
「どういう状況にあるか、説明してくださるなら快くそういたしましょう」
「新たな戦力を呼び出そうとしている。第三の被害者が出るって言えば、お前は動かざる得ないんじゃないか」
「……?」
「察しが悪いな」
詳しく説明され、僕は王城に乗り込むことを決めた。これは王国と魔族の戦争以前に、僕とクレディアさんが関わっていることだ。
「真希様……」
「ごめん、マデリア。僕は行くよ。……また迎えに来るまで、待っていてくれる?」
「はいっ。今度は無事でいてくださいね」
癒えて痛みのなくなった頬をそっと触られる。そして、彼女は背伸びをして、口を寄せた。
「!」
「痛くしてごめんなさい。その、ずっとお待ちしています、から……」
「う、うんっ」
頬をつねられてよかった。僕は今、人生最大の幸福だ。彼女も、多分僕自身も顔を真っ赤になっていた。ヤナイはそれを見て、囃し立てる。
「見せつけてくれちゃって。真希、頑張ってね。私は真希の分までオットマー虐めておいてあげるよ」
「そ、それはどうも……? ほどほどにしておいてあげてね。バンヌ、よろしく頼むよ」
「うむ」
心配だな……。僕は仲間との一時的な別れとして、最後の一人を探す。一番頼りになるヴィオナ魔王城には残らない。それでいて僕と共に王城に行くわけでもない。
成し遂げたいことがあるらしい。それは魔族の利にもなるようで、魔族討伐が失敗に終わった際、報告する役目としていたという男を連れて、本国であるレセムル聖国へ行くらしい。
くわりと欠伸をして大人しいケルベロスの横を、びくつきながらも通り過ぎ、屋外にでる。二人はハーピーである魔族の背を借りて、空から行こうとしていた。
「ヴィオナ、気を付けてね……」
「それは私のセリフですよ。くれぐれもお気を付けて、生き延びてくださいね。その方が私としても助かります」
なんだか圧をかけられているような?
にっこりと、いつもよりも深い笑みをかけられた。ヴィオナは穏やかではあるが、教育面では厳しいところがあって、そのときと雰囲気が似ていた。
飛び立っていくのを見届け、さて僕も、と人を探す。同じように、ハーピーの助けを借りるものだと思っていた。それは魔族という点では同じだった。
「さあ、行くぞ。勇者!」
「え……魔王も行くの?」
「俺様の役目はお前らを返り討ちにすることで、もう済んだからな。これで好きなように動けるってもんだ」
「いやいや…………え? 王なんだよね?」
「そうだが?」
「城にいなくていいの?」
「その城に今から行くんだろう?」
「そういう話じゃなくって!」
「まあ、魔王城にいなくてはならないがな。少し留守にするぐらいいいだろ。なあ、ゼノ?」
「……仕方ない。さっさと決着つけてくるんだな」
いつの間にか薄鈍色の髪の男性がいた。誰かに似ているような……直ぐに思い出せそうだったが、魔王に肩を掴まれた驚きで考えていたことが霧散する。
「頼んだぞ! 俺様の不在を狙って、奴らは絶対に仕掛けてくるだろうからな!」
「わああああああああああああああ!?」
足が地面から離れた。魔王が僕を連れて行くの!? 確かに魔法で翼を作れたねッ。
「お前はうるさいな。全く、勇者らしく勇者だな」
「そんなの自覚済みだよっ。こ、これ手離したら終わりだよね、せめてヴィオナ達みたいに背中に乗せてよ!」
「いいが、俺様は魔法のコントロールが雑だから、翼にぶっ飛ばされるかもしれんぞ?」
「それは嫌だ……っ」
じゃあ、僕は王城まで宙ぶらりんってことか。端から見たら、滑稽なことだろうなあ。
「それよりもほら、見てみろ。ゼノの奴、本気を出すみたいだぞ」
魔王城を中心に霧のようなものが広がっていた。城下町も包み込んでしまって、真っ白で何も見えなくなる。
「これ、さっきの人がやっているの?」
「ああ。あれ全部ゼノなんだぞ。俺様の親友は凄いだろう」
魔王の他にも、こんなに凄い人がいたのか。魔族は皆が皆、そうなのかな。
それからは恐いので下を見ないようにして、僕は風に煽られることになる。夜になってしまったので、クレディアさんはもう王城にいることだろう。
「ここからは揺れるからな」
揺れるどころでなく、振り回された。魔物の縄張りに入ったようで、ぐるぐると旋回されたりして徹底的に避けていく。気持ち悪くなって、胃のものを吐き出しそうになる。これは非常に不味い。
「フォティ、迎撃っ。魔王は真っ直ぐ飛んで! このままだと僕の尊厳はめちゃくちゃだ!」
空から吐き散らすなんてしたくない!
その後も、空路では一悶着があった。魔王は魔力がもたなくて、あと少しというところで墜落することになる。僕は魔王の変身能力により、王城まで燃えカスになるんじゃないかって速度で投げ出されることになったのだった。




