魔王討伐 後編 ※真希視点
魔王はとても強敵だった。どれほど僕達が攻めかかっても対応してみせる。ケルベロスは時々乱入して邪魔立てしてきた。連携を乱れることになるので厄介なのだが、追い込まれ大きな傷を負いそうになると魔王が間に入る。最初もそうだったが、庇っているのだろう。
人数の差をものともせず、拮抗状態にあった。でも、今に崩して見せよう。
「ヤナイ!」
「あいよー。最初の仕返し、だっ」
ヤナイはナイフを正確無比に投擲でき、鼻先までいったところで爆発させた。
彼女は小手先が利いて、様々なものを使いこなす。刃物として使っていたナイフとは異なる魔道具だとは、魔王は予期できなかったらしい。ようやくダメージと言えるものが入って苦しむケルベロスから、舌打ちをして闇魔法で範囲攻撃しようとする。
「そうくると思ったよ」
魔王が扱う闇魔法は、それほどバラエティーに富んでいない。身にまとって攻撃力を増したり、近くで単発の闇を生み出し投げ込むだけだ。後者は威力こそあれド、精密さがなく避けるのは簡単だ。
魔王が咄嗟に準備した闇魔法よりも、フォティが準備していた光魔法の方が勝った。僕は光の纏った聖剣に力を溜め込んでいて、光を保ったまま闇の先を行く。
「はああああああああああああッ!」
絶対に避けられない。そして聖剣はケルベロスの爪のようなものでない、生身の肉など断ってみせる。
でもその爪が唐突に現れ、聖剣の力の方向性を斜めに受け流す。ケルベロスはまだ苦しんでいて、助けには来ていない。
魔王はどれほどの変身能力を隠し持っているんだ!
硬質な鱗に覆われた尾、盛り上がった筋肉質の腕、次はケルベロスの長くて鋭い爪である。
「その剣をまともに食らえば、流石の俺様も敵わんからな」
踏み込みだけで床が割れ、破片となって僕にかかってくる。肌を掠めるだけでなくえぐるもので、それ以上の脅威も迫ってきていた。
爪が僕を切り裂かんとしていた。ギリギリで避けるが聖剣の届かぬ有利な間合いを取られているので、一旦引き下がろうとする。そこをオットマーの声が止めた。
「勇者様! そのまま引き付けてください!」
僕の体は従った。後ろに下がろうとしている中途半端な状態でだ。
は? なんで? そんなつもりなかったのに。
魔王の爪により、僕の血潮が飛び交っていた。高速で思考しているせいか、ゆっくりと細かく見ることができる。そんな思考も、靄がかかって考えられなくなってくる。頭の中がすっきりとしていた状態だったから、その降下の変化がよく分かった。
オットマーが僕に魔法をかけた?
引き延ばした思考で必死に考える。魔法とはなんでも、とは言い難いが、地球にいた頃には実現不可能なことだってできる代物だ。
『ああ、やっと正常になったのに』
『フォティ。僕はいったい……っ』
『落ち着いて。でも、恐いなら身を委ねていても大丈夫よ。私がきちんと元通りにしてみせるから』
契約の繋がりから、音に出すよりも速くやり取りが行われる。身を委ねるって、それこそが拒絶したいものなのに?
確かにその方が恐怖は消えてなくなる。鋭い痛みも気にしなくなる。今更に芽生えてきた緊張や不安も。魔王との戦闘にとても役に立つことだろう。でもマデリアへの想いは別だ。
聖剣は僕の本心に呼応して完全に操られるのを阻止しているようで、チカチカと点滅を繰り返していた。体はいうことを効かないが、思考はギリギリ残った状態だ。そのおかげで操られていた僕の思考を大体把握できていた。
マデリアへの想いはあんなに激情的ではなかった。マデリアを助けるイコール魔王討伐と、普段の僕は安易な考えに結び付けるような冷静さを失いやしない。そうなるように仕向けられていたのだろう。
淡く、ゆっくりと育んでいた恋心だった。ただ想いの強さの違いはあれど、大切な人には変わりない。だからそのために様々な手段を考えて、助けに動くはずなのだ。こんな戦闘ではなく、会話でどうにかならないかって。まあ、そもそもマデリアは攫われたわけでないようだから、助けを講じる必要もないんだけど。
想いを都合よく、悪い方へ使われていた。尊厳ない扱いに、僕は怒りが湧く。でもどうにもできなくて、悔しくて、悲しくて心がいっぱいいっぱいになる。
視界が少しぼやける。情けなさからぎゅっと力を入った。フォティ、君だけに頼りっきりにはならなさそうだよ。
僕だけでなんとかできるかもしれない。自信がついてきたところで、魔王の目を輝かし頬をいっぱいに吊り上げている表情が目についた。
紫木さんことクレディアさんが魔女として、魔族側についているし、魔王は悪い人ではないのだろう。操られている中なんか色々と言っていたし、事情は把握しているはずだ。なのに楽しんでいる? 僕、めちゃくちゃ酷い目にあって、現在進行形で頑張って抵抗しているのに?
僕の体を主導権を取り戻していくことは、自動的だった魔王との戦闘についてもこなしていかないといけなくなる。でも、魔王は手を抜こうとはしない。抵抗している関係上、一部体がぎこちなくなったり遅くなったりしているはずなのに、容赦なく僕を傷付けてくる。
戦闘を止めてくれたら、抵抗もはかどるんだけど……。
殺すつもりではないはずだ。魔王は致命傷を避けて、戦闘不能を狙っているのだろう。でも、その過程をとても楽しんでいる。
ぶっちゃけ、僕は苛立った。もっと精力的に助けてくれてもいいんじゃない?
不満の感情は、操られている体とシンクロした。オットマーが僕を操ってできた時間を使い、魔王の背後である何もないところから火炎を放射させて直撃させる。この程度で斃れるはずがないと分かっていた。
「――土よ!」
フォティに頼らない魔法だった。僕自身の魔法は土属性と一つしか適性がない。勇者には地味だと、あんまり使うことがないが、こうして靴裏から魔王の元へと押し出してくれる力となってくれる。
一気に速度が上がった僕に、フォティは心強く力を貸してくれた。オットマーの魔法が結構効いていて、魔王は反応しきれない。
「ちょっとは、遠慮ってもんがあるだろうがああああああ!」
一応は助けてくれようとする相手に攻撃する。予想だにしない威力だった。光の加減から察していたがもう止まれないし、あ、これはやばい――と思っても時すでに遅し。魔王の腕が宙を飛ぶ。
しんと戦闘音がやんだ。脇で戦っていたケルベロスらの方も、魔王の負傷と僕の叫びから動かないでいる。
や、やりすぎた。オットマーだけが場違いとなって「今です!」とかなんとかで、また僕を操って魔王を斃さんとしている。もう、このままでいいかなー。僕の意思じゃないし、言い訳となる。魔王を戦闘不当にさせて、落ち着いて体の主導権を取り戻そうとしただけなのにっ。
取り返しのつかない事態となって、脂汗がだらだらと流れていた。魔王が切り離された腕が宙からキャッチする。
「かつて俺様は、腐肉を食ったことがある」
「は、はあ……」
唐突な語り口につい反応してしまったが、魔王は気にした様子はない。やけに落ち着いているな……。冷静に見えてキレてる、とか?
「不味かった」
そりゃそうだろ。
「元がいい肉だから、いけるかもしれないと思ったのだがな。何だったか分かるか?」
「さあ……?」
「龍だ。食い物がなくて超絶腹減っているときに、ゾンビとなっている個体と戦い勝利した後、飯とした。おかげで飢え死にから、食あたりで死にそうになった。だがな、得るものはあったぞ」
満腹以外で? と、ぼけることにはならなかった。魔王は腕の切断面同士を近くに寄せると、肉が蠢いて一つに合わさる。元に、戻った。
その他にも体から蒸気を発している。魔王は火炎を受け、爛れて骨まで見えた傷を見せびらかす。徐々に修復されていく光景は身の毛がよだった。
「元々強靭な肉体を持つ龍だったせいか、再生能力をもつゾンビだった。そして俺様は食ったもんの能力を取り込める。適性・不適正があるがな。親友が言うにはキメラみたいなもんらしいぞ」
「は、はは……」
「なんだ、嬉しいのか? やっとお前が本気になってくれたからな、俺様もそろそろ本気を見せてやろう」
「け、結構ですっ」
「遠慮はするな」
乾笑なのも、操られていないのも分かった上での魔法の行使だった。
膨大な魔力が消費されていて、それだけでも圧倒される。まとまりのない闇が形づくられていき、魔王の背にて漆黒の二対翼ができあがる。羽ばたいたことで、僕は魔王を見上げることになった。
「クレアが俺様専用に作ってくれた魔法でな。魔力量が必要になるが、あいにく俺様は魔王でクレアと同じぐらいの膨大な量を保有している。全員、覚悟しろよ?」
クレディアさん、何凶悪なものを作ってくれたんだ!?




