侵入者の存在 ※ゾルファ視点
「いやったあーーっ! 久々の外だ!」
城内に勤務する魔族の大半は、ウォーデン王国に戦争しに出払っている。同僚のヨジュもそうで、その分回されてきた書類仕事に俺は潰されていた。
でも、それとは今日からおさらばだ!
「ゼノ様! さっそく行きましょうっ。俺、いっぱい活躍して見せますから!」
幹部であるゼノ様は魔国ファラントの防衛を任されている。その一環で、ゼノ様の部下である俺も魔国に侵入する王国の手先を排除しに行くことになった。
王国からすると、というか他国からすると魔国の実態は把握しきれないでいる。生息する魔物や、渓谷や濃霧といった過酷な環境から魔国に辿り着くのが難しいからだ。
俺達魔族の場合は空中の飛行手段があったり、安全な行路を開拓している。それを生かして魔国は諜報に力を入れていた。相手の情報を徹底的に集め、逆に相手には情報を得させない。
今更ながらに魔国の内情を調べようとするのを阻止するのだ。魔国には既に何十人か侵入しているらしい。魔族でない者は、何となく雰囲気が違うなって見分けることができる。体内に魔石があるかないかって理由で、衛兵だけでなく民からも通報があった。
「お前、勇気あるよな」
ゼノ様と俺だけでは人数が足りないので、助っ人として他にも何人かいる。
「え、なんで?」
「ゼノ様をよく見てみろよ。めちゃくちゃ機嫌悪いじゃねえか。現に無視されてるし」
「いや、ちらって俺のこと見てくれたよ。何も言わなかっただけだって。普段からゼノ様は必要なこと以外はあんまり喋んないし」
「それを無視されてるっていうんだけどなあ……」
「――行くぞ」
「!? は、はいっ」
楽しみだな。正直、そう思う。
侵入者は魔国までくることができるのだから、それ相応の実力を持っている。大人しく捕まる訳がないから、戦闘になることが想定されていた。
どんな強い相手がいるだろうなあ。
でも、俺とは違ってゼノ様は楽しみじゃないらしい。妻のメリンダさんと娘のクレア様が戦争しにいってからずっとそうだ。そりゃ家族と離れ離れになって悲しいし、不安だよな。
だからか、ゼノ様はらしくなく侵入者相手を叩きのめしていた。手加減なく急所を穿っていて過激だ。俺は悶絶している侵入者を縛り、尋問は向いてないからって追いやられたから縛って、縛って、縛って……って。俺、全然戦えてない!?
「ゼノ様ずるいんだけどッ」
「落ち着け、ゾルファ。多分元々そのための俺たちだったんだよ」
「というか、侵入者を見つけるのも、そこから移動するのも速すぎ! 疲れが見えないのも流石で、俺が実力不足なだけだけど……うぅ~~、こうなったら直談判してくる!」
「!? やめておけ! お前がぶちのめされることになるぞ!?」
「それもそれで本望だ!」
結果は負け決定だが、戦えるのだ。
俺はゼノ様の背中から強襲する。味方内で争っている情勢ではないのは分かってはいる。攻撃はしないが飛びついていき、そしたら腕を掴まれてあっという間に投げ出された。
「邪魔だ」
無表情が標準のゼノ様だが、見下ろす目は冷ややかだった。その腕には連絡手段である夜禽がいる。
もたらされた手紙に視線を移し、読み終わると紙に何かを書き留める。夜禽に持たせ、羽ばたいていったところで「俺にも何人か譲ってくださいよッ!」と訴える。俺は倒れたままの身をガバリと起こした。
「ゼノ様~~、お願いです、ずっと楽しみにしてたんですっ」
「くっつくな。熱い」
「いいって言うなら離れます! て、あれ?」
腕が、ない?
ゼノ様は外套を羽織っているのだが、その中にはあるべき右腕がない。ちょっとめくって覗いてみると、肩の先からないようだ。そのとき、顔に冷気がかかる。
「熱いと言っている」
「あ、すみません」
怪我をしたわけでもなさそうなのが不思議で、素直に離れる。俺はヘルハウンドだから体温が高めなのだが、ゼノ様は今の接触だけで頬がわずかに赤らむほど、本気で暑がっていた。
「ゼノ様って、元は何の魔物だったんですか?」
「私は魔物から魔族になったわけではない」
「そんなことがあるんですか?」
ゼノ様の能力は闇に包まれていた。氷魔法を使うのは分かるが、それで鼻が利く俺よりも先に侵入者を発見できるのが不可解である。
「…………いうなれば、雪だ」
また冷気を肌に感じた。今度はゼノ様からでなく、どこからかふわりと流れてきている。
俺はそれを視認することができた。粟粒ほどの白がゼノ様へ集まっていき、右腕が元通り存在するようになる。
「東南の方角だ」
「え?」
「戦いたいのだろう。終わったら直ぐに砦に向かえ。私は先に行く」
ゼノ様は目の前から消える。いいや、さっき見たから分かった。全身を粟粒の白――雪に変えて移動したのだ。
「はー、そういうことかあ」
能力の原理が分かったところで、俺の様子を見ていた者を呼んで東南に向かう。
「急いだほうがいいと思う。夜禽から何か情報が入ったみたいで、砦で何かあったんじゃないかな」
魔族に紛れるのは直ぐに知れてしまうことから、黒ずくめでいた侵入者を一人に預けて砦に向かう。侵入者は予想以上に魔国にいて、少数にばらけて行動していることが厄介だった。




