引き続き 後編
口実をつくってくれた二人に促されて、設置された医療所に行く。ヨジュさんも、止める私の無理を通して付き添っている。
「占領し始めなので、何かあるかもしれませんから」
護衛のハルノートは文句を言わなかった。どうやらサラマンダーは余程ここらの魔力を使ってしまっていて、賢者の居場所の把握にも尽力しているかららしい。
「賢者の居場所については、ウンディーネとフォティの力を借りているらしい」
「ウンディーネは分かるけどフォティ……光の精霊も?」
「勇者が操られているからな。あっちにとっても共通の敵だ。とはいえ、今はフォティ自身とは直接連絡は取れねえらしい。勇者は最後まで野戦に来なかったし、もう魔国に侵入したんじゃねえか。サラマンダーも勇者の居場所は知れないでいるしよ」
勇者である添島君に関しては、魔王様が撃退すると決まっている。予定通りではあるから、私が気にしなければならないのは賢者の方だ。
「確か賢者は第一王子と合流して一緒にいるんだよね」
「ああ。ずっとそのままでいてくれるといいんだがな……」
「何か気になることでもあるの?」
サラマンダーの精霊避けに関することで、諜報員とのやり取りは続いているはずだ。「いや……」と話を終わらせようとするハルノートに、また隠し事かとつっつく。
「クレア様、その辺に。もう着きますよ」
治療所内は騒然としていた。バタバタと慌ただしく人が駆け回っていて、そう秀でた治癒の魔法もできない私が来てもお邪魔なだけではないかと思った。
それでもヨジュさんは人を捕まえて、事情を話す。私はその間に見まわって、酷いけがで苦しむ怪我人に声をかけたり、放っておけない傷に関しては治癒をかける。
話し終わったようで、奥の部屋に通されることになった。重体患者専用であるようで、ベットに寝たきりの者ばかりだ。その中にセレダはいた。
「生きてる……」
だが、腕は欠けたままだ。
「おや―? クレア様じゃないですか」
「お疲れ様です、シュミットさん」
いつも通りにこの場に相応しくない軽い口調のままの彼は、父の研究仲間であり、ノエの薬物中毒の治療をしてくれた方だ。
ハリネズミのように針毛で覆われていて、その自前の針をでくるくると手すさびしている。
「ああ、知り合いですもんね」
村に出向いてくれていたので、一目で察してくれる。
「いやあ、大変でしたよ。斬った剣がなにやら特殊だったようで、断面から壊死して魔法は効かず、腕があれどくっつけようがありませんでした。僕が手を尽くして命は助かりそうなので、責めないでくださいよー」
「いえ……十分です。ありがとうございました」
「いえいえー。じゃあ、僕は実験た――患者が待ってるので、これで」
意気揚々と去っていく。思考に難はあるが、腕は折り紙付きだ。出血多量でもあったはずのソダリも助かっている。
「あいつ、ほんとに治療師か? うげっ、針ぶっさしてやがんぞ」
「目を疑うかもしれないけど、効果は確かなんだよ」
「は? 刺された奴、目剥いてるのにか?」
「…………とにかく、大丈夫だから。邪魔になっちゃうし行こう」
重傷者相手に私ができることはない。部屋を出て、私は中傷者を癒していく。リュークは依頼された薬草も作って渡してしまって、帰るときだった。
「いたっ、クレア!」
「ナリダ!」
「なあ、兄ちゃんは無事なのか!? 俺、何にも聞けてなくて……っ」
私が治療院に来ている話を聞いたらしい。憔悴しきったナリダを落ち着かせるために、細かい傷もあることだからこっそりと魔法をかける。貴重な魔力を軽傷者に、と咎められる行為だが、小さな傷からでも細菌が入ってしまうことを知っているし、友人だから特別だ。
「俺のせいで兄ちゃんが死んじゃわなくてよかった」
冷静になったナリダには、ソダリの状態を包み隠さず話した。兄に庇われたことは見ていたことだった。
「俺さ、散々言われてたんだよ。でもあんなときにも考え事しちゃって……今でもずっと考えてしまうんだ。魔族の皆のことを、人族は悪い奴がいっぱいいて、いい奴は少ししかいないんだって……。もう、俺戦えないよ。辛いんだ、同じことになったらって怖いんだよ……っ」
要領の得ない話だった。精神障害であるかもしれない。私は魔法をかけようと迷いながらも決意した。
酷いと精神を弄ることになるかもしれないが、このままにはできなかった。戦争では精神障害となったり、自殺者が少なくないって聞いたことがある。
後で責められてもいい。次に会うとき、無事でいて欲しかった。
だが、それをヨジュさんは止める。けして魔力を消費するからといった理由ではなく、任せてくださいという意思があった。
「――ナリダ。それでも私達には戦うしかないわ」
非情な言葉だった。私はそれでも口を出そうになるのを耐えた。
「貴方は強い人よ。辛いのに考え続けるなんて、大人でもできることではないわ。それも難しいことを一生懸命ね。でもね、言わせてもらうけど、考えたって無駄よ」
「……俺も、そう思う」
「戦闘の邪魔になるからかしら」
「うん」
「それもあるでしょうね。でも私の意見としては、考えたってその答えはあやふやだからよ。人によって、ばらっばらの答えになるもの。ナリダはそれをどれにするか決められないんじゃない? だから考え続けているのでしょう?」
「……分からない。そう、なのかな」
「まあ、そこはどうでもいいのよ」
「どうでもいい……」
「それよりも、ナリダが戦わないなら魔族の被害が増すってことよ。いい、貴方の力は大きいの。気付いてないかもしれないけど、幹部ほどはないにしろ強い実力を持っている」
「そうなのか」
「ええ。ちゃんと認識なさい。それなのに力を振るわないでして、今度こそ兄を死なせてもいいの? なんのために行かなくてもいい戦争に参加したの?
「俺、は」
「力を持てる者なんだから、しっかりなさい。ほら、前を向いて。背筋も伸ばす!」
「はいっ」
「辛いでしょうけど、頑張りなさい。戦争に勝てば、後は任せてくれていいから。貴方が悩む必要がなくなるよう、魔王様は手を尽くしてくれるわ」
ナリダは見違えるように成長した。一緒に人国へ行ったときはまだ未熟な力だったが、戦争の中で強い力を発揮するようになった。
私の母は元気に生きているらしい。別れ際、完全とはいいがたいが生来の元気さを取り戻したナリダが言っていた。
進軍して王国軍と衝突する度、ナリダの名前をよく聞くようになった。
ザッカルさんは死んだが魔国軍はそれを糧にして、犠牲者のためにも一つ一つの戦闘に勝利していった。
*
「ああ。やっと、やっとね」
この日まで長い年月だった。私は魔族どもがいない村で、戦斧を振り回す。目につくものは次々に壊した。
「団長、気持ちは分かりますがやめてくださいよっ。ああ! せっかくの宝がぁ……」
「諦めろ。それに村に宝なんてそうそうねえよ」
ヴォロドが死んで、銀風の傭兵団は私が団長となった。私の方針により団員は多くが脱退したが、残り続けている者もいる。
「どこにいるのかしらね。楽しみ――ようやく、滅茶苦茶にしてやれる」
魔族に復讐を。愛する者を殺された恨みは絶対に晴らしてやる。




