白兵の野戦 後編 ※カトリナ視点
勇者の末裔視点。
私はその事態を脇目ながらも見ていた。魔族の少年がその強さから聖騎士に目を付けられたこと。一時追い詰められるが、巻き返して聖騎士を圧倒すること。
レセムル聖国の援軍が窮地に陥っていることになるのだが、私にはどうでもよかった。それよりもその少年がいる隊から瓦解一歩手前となり、好機ができたことだ。
「さらばだ、金剛よ!」
「待テッドコヘ行クツモリダ!」
「ははは! お前との戦闘はやりづらくて敵わんのだ!」
どんな相手でもその首を刎ねて見せると口語したが、この幹部とは相性が悪すぎた。岩の体など、私の剣と魔法では通らん。
とはいえ私は素早さ特化だから、攻撃から逃げ続けることで戦闘は成り立っていた。だがそれも終わりだ。私が周囲の被害を抑えるために金剛の破壊者の相手を務めていたので、私の気が変わってしまえば戦闘は中断となる。
「逃ガスト思ウカ!」
「おおっと。全く、厄介な奴だな」
拳を振りぬいて放つ風圧を、大きく身をずらして避ける。
「姉者、行ってください!」
「ああ! お前らも無事逃げ切るのだぞ!」
同じ勇者の末裔である家族の援護に加え、私自身の魔法で更に体を強化する。バチバチと電撃を纏った私は、周囲を置き去りにして駆ける。
好機はできたが、あの場所は通れんな。
魔族の少年がいる一帯は、何らかの魔法が働いている。見たことのない系統なのだが、それができるような手合いは魔女だろうか。よくもまあ、あの射程距離から的確な援護ができるものだ。
目的地まで最短距離で突っ切れなくなったが、そこだけ避けておけば邪魔な兵も少ないことだ。
私は加速すると、一歩の幅は徐々に大きくなっていく。十分な勢いをつけたところで、地面を蹴りつける。
高さとしては空を飛び交うハーピーと、陸の兵の中間だ。跳躍した私は、誰にも止められやしない。この瞬間は自由になれた気がして、とても楽しい心地になれた。
着地してからも、決して速度は落とさない。兵と兵の間隙をすり抜けていき、目的地までは直ぐそこだった。兵が集う中ただ一人に対して、私は名乗り上げる。
「カトリナ・イチノセが参ったぞ! 兵の犠牲を厭うなら六臂の豪気よ、私と一騎打ちしろ!」
魔族の陣地の中、私は単身での登場だ。総帥を務める幹部は人情家という情報があるのだが、ここで出てこぬなら臆病者と煽ってしまおう。それで駄目なら、幹部を守る兵から相手をしてやる。
幹部との戦闘前に消耗は避けたいところだがな。
「ザッカル様! いけません!」
「ここで応じねば、幹部の名折れ! 後のことは任せるぞ」
兵を割って出てきたのは、六の腕を持つ魔族だ。四振りの剣を持ち、残りは素手となっている。
「勇猛というには、蛮勇にすぎる。カトリナよ、死ぬ覚悟はできているだろうな」
「そんな訳なかろう。私はお前に打ち勝つ自信しかないからなあッ!」
家族の援護であるバフはまだ続いている。私の雷魔法もそのまま解除していないので最高の状態だ。
短刀を両手に一振りずつ持ち、さっそく接近戦に挑むとする。あっという間に距離を詰めた私に目を見張りながらも、六臂は応戦して見せた。だが、私はまだまだ本気じゃないぞ。
「やはりお前との相性はいい! その首をもらい、さっさとこの戦争を終わらせてやる!」
雷魔法は希少な属性だ。勇者の持つ光属性は遺伝されなかったが、その妻が持つ雷属性は私まで引き継がれることになった。
勇者の末裔は夫や妻は優秀な者に限っている。属性だけでなく、体も魔力量も頭脳も全てが一級品で構成されている。性格だっていいしな!
だから私は人族であっても、魔族相手には引けを取らない。
剣を合わせる度に電撃が走ることだろう。私はもう慣れたものだが、痺れて思うように動けないはずだ。普通なら一発で倒れてしまわないところだがな。
金剛と比べれば、六臂は腕の数が多いだけで肉体はそこまで逸脱していない。見事な筋肉を鍛え上げているが、電撃の前では無意味だ。四振りの剣は手数が多くなるが、腕が絡まらないようにする関係上、軌道は読みやすい。
私は魔法の威力を上げ、どんどん加速していく。流石に私にも負担がかかってくるが、体には無茶を強いる。後で動けなくなろうが、総帥であるこいつを斃してしまえば問題はない。あの王子も労わって、休ませてくれることだろう。
「一本もらうぞッ」
私の速度に追いつけなくなった六臂の腕を斬る。中でくるくると回って飛んで行った。
「がああああああああ! 油断、したなッ」
「チィッ。この通り名に違わぬ剛腕め……!」
素手の腕はただの飾りではなかったらしい。わざと腕を犠牲にした上で、私を捉えたのか。肩を掴まれ、捻り潰そうとしてくる。私は電撃の威力を上げるが、中々に手放そうとしない。体を持ち上げられてもいるので、脱出は難しかった。
そこに背中に突き刺す痛みが発生する。首を捻り睨みつければ、弓兵がいた。
「何をしておる! 手出しは無用だッ!」
「ですが、ただ見てはおられません!」
かなりの窮地。先の聖騎士のような状況。だが、私は好機に変えてみせる。
「――万雷よ、暴れ狂えッ」
私を中心に六臂も巻き込んで弓兵も、その他にも私を取り囲んでいた兵も、雷が直撃する。肉を焦がし、脳を突き刺すような痛みは壮絶で、歯を噛み締めて耐え忍ぶ。六臂も耐えた。
ただ兵は獣のように喉奥から叫び、苦しさを訴える。
「お主ら!」
「お前の部下思いな性格、嫌いではないぞ」
だが、お前は私の敵だからな。
六臂が兵に気を取られた隙を生かさない訳がない。掴まれていない腕を使って、短刀を目玉に投擲する。ああ、それでも私を離さぬのは称賛に値する。
仕方ないので、掴んでいる腕に片足をかけて利用し、もう片方で顎を蹴りつける。肩辺りが嫌な音を立てるが、ギリギリ足の先が届いた。
腕の掴みが取れ、私は時間を置かずその腕の手首を斬った。次は腕が丸々一本欠けて、空いた脇腹。剣を向けられるので、その次はその腕。腕はとにかく邪魔だから取ってやる。
人族っぽい見た目になってきたところで、私は心の臓に短刀を突き立てた。
「私の勝ちだ」
「…………見事」
直ぐに口も喋れぬようにしてやろうと、短刀を振るおうとする。だが、邪魔が入った。
「ザッカル様をお助けしろ! 我らの命に代えてもだッ」
「もう遅いというのに……っ」
奴ら全員を相手にするには、私は満身創痍だった。六臂の部下以外にも襲い掛かってくる中、私は味方の陣の方へと奔ることに集中する。
「姉者!」
家族は金剛から無事生還して、私を助けに来ていた。
「声を上げろ……六臂はやったぞ」
「ッ魔族の幹部、六臂の豪気たるザッカルは討ち取った! 勇者の末裔たるカトリナ・イチノセが、一騎打ちに勝利したぞ!」
安全がとれたところで、触れ回させる。魔国軍は嘘だと言うが動揺し、王国軍は攻勢をかける。
「首を掲げられないのが痛いな……」
「喋らないでください。貴方が思っているより重症なんですよ」
「そうだよっ。いっつも無茶ばっかりなんだから……」
家族は私の体を支えてくれた。こいつらも私ほどではないが強く、頼りになる。
その後、私はぷつりと気を失う。戦場は騒然として、一向に剣戟がやまなかったのが気がかりだった。




