白兵の野戦 前編 ※ナリダ視点
「なんで戦争に行こうとするんだ?」
誰かは俺が十歳だって知ると、止めるかのように聞いてきた。
「なんでって、それが当然だと思うからだよ」
俺の一番上のセレダ兄ちゃんは徴兵され、戦争に行った。戦死してしまったが、名誉ある死だったと皆口々に語る。幹部の一人が殺されて撤退する際、自ら殿を務めて敵を食い止めた。
二番目の兄も今回徴兵されることになる。魔王様の宣言によれば、光魔戦争でウォーデン王国と決着をつけるらしい。
これで三度目の戦争だけど、きっと最後の戦いになる。だから上の二人のように、俺も戦争に参加して務めを果たすんだ。
砦に召集されてから、武器や防具を渡されて訓練を行った。俺はまだ子どもだけど、オーガの成長は速いからそれなりに体はできている。
魔族は子どもの生まれに恵まれにくいから、子どもの俺に大人は親切に指南してくれた。ただ規律とかがあるから、そういうところは平等に厳しかったと思う。進軍のためにずっと歩き続けたりと慣れない生活は辛かった。でも、耐えきれない程じゃない。
そう。魔法がいつ自分に降りかかってくるとも知れぬなか、戦場を駆け抜けるよりは。
「足は止めるな! 前に進め! 止まったら最期、周囲の仲間共々狙い撃ちされるぞ!」
野戦の開幕は魔法で、一発目が放たれたと同時に号令がかかる。鬨の声が上がる中、前の者に続く。やけに大きな声がずっとしていると思ったら、それは俺自身のもので。魔法の恐怖を振り払うように、皆雄叫びをするんだって知った。
味方の魔法兵が漏れなく魔法を払ってくれたようで、被害なく先頭は敵兵と衝突したようだった。俺もそのときがくる。
「魔族め、死ねえ!」
「っ!」
地面に倒れている人族に気に掛けている余裕もなかった。俺は支給された剣で応戦する。
体が硬直して動きがぎこちなくなっていた。でもオーガの膂力は人族を上回って、あっけなく剣は胴体を切ることになった。どくどくと血を流れて、地面に染みをつくる。
「あ……」
「ナリダ、ぼうっとするな! 遅れるぞ!」
「う、うんっ。兄ちゃん」
魔族間の相性があるから、俺は兄ちゃんと一緒の隊だ。オーガのように人族に似た姿の者で構成されている。他にはアルミラージのように四足歩行や、姿形だけでなく気性も考えて、それぞれ隊に分けられている。
俺は二人以上で連携してくる人族に苦戦しながらも、白兵戦をこなしていた。実は人を殺したのは初めてだったが、感傷に浸ることもできない。
ただ生き残るのに必死になって、引鉦の音でハッと意識が戻る。白兵戦のことを詳しく覚えていなくて、死体が取り巻く中で呆然と立ち尽くしてしまう。剣から手にまで伝う血のぬめりが、やけに印象的だった。
「兄ちゃんは冷静なんだな」
俺のように気が動転していない。夜が来たが、眠れそうになかった。迷惑だろうけどまだ寝て欲しくなくて、話しかける。
兄ちゃんは困った顔をしながらも応じてくれる。
「僕は……ヴォロドで経験しているからね」
ヴォロドとは最終的にセレダ兄ちゃんにとどめを刺した傭兵だ。そしてソダリ兄ちゃんが敵討ちを成し遂げた相手でもある。
「それに、僕はナリダみたいに優しくないからね」
「俺、優しいかな」
「うん。だって、人族に情けをもってるだろう? 僕は……どうしても、憎んでしまっているところがあるからね」
「そうなのか。でも、俺は薄情なだけじゃないかな。兄ちゃんは、セレダ兄ちゃんのことを思いやってそうなっているだけだ」
俺は敵討ちする兄ちゃんについていったので、王国まで訪ねて人族は悪い奴ばかりじゃないって知った。それまでは人族は魔族を悪者扱いするから、漠然と嫌いだって思っていた。
目蓋を閉じれば、今日俺が手にかけた王国兵の顔が思い浮かぶ。一部の相手はやめてくれって、表情を歪めていた。ああ、やっぱり眠れそうにない。
「複雑そうな話をしているな」
「貴方は……」
「ランドルフだ。ちょっくら老いぼれも話にまぜてくれ」
顔に大きな傷があるおじさんだった。老いぼれというにはまだ若く、謙遜が過ぎると思う。
「人族を憎む憎まないって話なら、俺は人一番敏感なのさ」
「ランドルフも……そうなのか?」
「まあな。だが二人には悪いが、よくある話さ。家族を、友を殺されたなんてよ。その上で、魔王様の意向がある訳だが」
「人族と手を取り合う話か?」
魔王様は歴代の力で征服する魔王のやり方では駄目だと、国交を結び、対等に共存していくつもりだと方針を掲げている。隣国であるウォーデン王国とは交渉不可で、こうして戦争にはなっている状態だが、他国とは諦めていないと宣言されていた。
「俺らには難しい話だ。無駄に長生きしちまって、腹の底に憎悪が溜まりまくっている。今更手を取り合おうだなんて、そんな仲良しこよしな真似できねえ。そうしないと魔族は生きていけないってのは分かっているが、無理なんだ。あいつら、性根が腐ってやがるから、死体あさりだって平気でするんだぜ。今もやってるんじゃねえか?」
戦場を見遣れば、炎が浮かんでいる。松明だろうか。場所が王国の陣地寄りなため人族だろうが、死体あさりをしているかまでは分からない。
先に話をしてくれた隊長によれば、死体のアンデット化を防ぐために浄化を行っているらしい。戦場ではそういうことが起こりやすいし、人族は魔族にそんな能力があると信じている。実際、魔国周辺の民族にはそういう使い手がいる噂はある。
ただ浄化といっても、魔力を使わないただの儀式だ。自分から疲労しにいっているだけだから放っておけ、と厳命されていた。
ランドルフの話を聞くと、死体あさりに見えてならなかった。魔族には魔石や爪などの部位がある。人族は魔物と同様に採取し、道具として使う。俺達魔族にとっては、大切な亡骸であるのに。
「ランドルフ、それは……っ」
「……仕方ないだろ? 人族に取られるぐらいなら、俺が取ってやりたかった」
その手に持つのは魔石だ。拭いきれていない血の匂いがした。
「お前らも知り合いが死んだら取ってやれ。どうせ時間が経てば、誰が誰のものか分からなくなる。魔族は人族と違って、肉体は消えてなくなるんだから」
「混戦になっている中でそんな余裕ないよ」
「できたらでいいんだよ。なによりは自分の命だ。だが、その小僧は余裕はあるだろう?」
「俺? 俺はそんなことないよ。ぶっちゃけ、今日の記憶は飛んでるし……」
「……兄ちゃんよ、難しいかもしれないが弟の様子を見てやっておけ。こりゃ早死になるぞ」
「ええ。気を付けておきます。もう家族が死ぬのはこりごりですから」
「俺、もしかして危ういのかな?」
「そうだね。だから眠れなくとも、目をつぶって休んでおきな。それだけでも疲れは幾分かとれる」




