野戦開幕
暗い世界で空を見遣れば、綺麗な星々がある。普段は気に留めない光景が、進軍中では憩いだ。ただ考えなく薄着で天幕から出て来たから、ちょっぴり寒い。
「一人とは不用心じゃねえか」
「……ハルノート」
賢者の件があるから、私は単独行動しないようにと言われている。
真夜中に目が覚めてしまって、それで他の人も起こすのは忍びなかった。見つからなければいいと思っていたが、どうもハルノートは私に気をかけすぎじゃないかな。異変があれば精霊に逐一報告させているのか、眠たそうな目でも起きてきた。
「慌てた? 髪乱れてるよ」
平然としている様子だが、そうなのだろう。パパっと手癖で直した。
「……体冷やすぞ」
「もうなってるかな」
「ったく」
ハルノートは毛布で私をくるめる。元々持っていたわけではなく、空間魔法で取り出したのだ。
「わざわざ魔力を使わなくてもいいのに」
「このぐらいはなんてことねえよ」
それでも魔力は温存しておくべきなんだけどな。
「眠れねえのか?」
「まあね」
ハルノートは付き合ってくれるらしく、丁度いい岩に座り込む。私もこい、と手招きするので一定の距離を置いて座るのだが、彼は無視して近づき、毛布も半分取られる。
「ちょっと」
「俺も寒いんだよ」
密着する形となって、服越しであるが体温を感じることになる。毛布をもらった立場だから、あまり文句は言えなかった。
「もうすぐだね」
「そうだな。それで緊張してるんだろ」
「うん……」
王国軍とぶつかる地点に到着することだ。護衛でずっと側にいるから、ハルノートは言わずとも私の気持ちに気付いている。
「いっぱい人が死ぬんだよね。それも私の手によって、大勢も」
砦では死者は出なかった。だが、平野では開けていることから、真正面から兵のぶつかり合いだ。広範囲の攻撃に向く魔法使いが活躍して、幹部の私はとても期待されている。
「私、ちゃんとできるかな。賢者相手でも勝てるのかな」
砦攻略ではモンディエさんは立派に務めを果たした。私はどうなのだろう。
戦争では人の死が軽くなって、私はそんな他者や手を汚すことになる私自身のことを深く考えてばかりいる。集中できていないし、名高い賢者だって相手にするかもしれない。
プレッシャーが肩に重くのしかかっていた。野戦の勝敗が魔国の未来に大きく左右すると言われているから、余計にだ。
野戦を想定していたから色々準備してきているが、正直自信がない。ハルノートはあっけらかんと「勝てる」と言ってのける。
「なんせ俺がついてるからな」
「自信満々だね」
呆れるが、その分頼りになった。私は一人で戦うんじゃないんだって、多少気が楽になる。
「なあ、そろそろ俺を好きになったか」
「なってないよ」
「付き合わねえ?」
「懲りないなあ……」
何度も繰り返された質問である。断っているのに、少しもめげてもくれない。
「ハルノートって粘着質だよね」
「いくらでも言え。死ぬ前には好きな奴と両想いになっときたいんだよ」
「……死ぬの?」
「かもな」
「嘘つき。そんな気一切ないくせに」
「ばれたか。だが、大きな戦争前には心の支えになるもんが欲しいだろ」
「じゃあ、私以外でできるね。ハルノート、モテるし」
「つれねえな。いや、焼いてる?」
「違いますー」
私は毛布から脱出する。ゼロ距離なこともあって、そろそろ手を出してきそうな雰囲気があった。
「まあ、今はこれで我慢しておくか」
「あ、持ってきてたんだ」
私が編み紐で頑張って作り、贈ったお守りである。彼はそれに口付けするのを見せつけてきた。
なんてエルフだ。羞恥心とか持ちあわせていないのか。
「もー、寝るっ!」
「もういいのか? 俺が寝かしつけてやろうか」
「結構です! ヨジュさんいるからついてこないでよっ」
男子禁制だ!
怒りながら天幕に入っていって、私はびっくりする。ヨジュさんがニコニコとして起きているではないか。
「いやー、いいわねー」
「な、何がですか」
「私、一応ゼノ様から妨害しろって言われているの。でも、ああいう情熱的な人って素敵よね」
砕けた口調は、幹部になる以前に戻ったかのようだった。完全に揶揄われている。男子禁制と言えどもリュークがいた訳だが、飛び起きるぐらいに私の内心は荒れた。
ハルノートの恋は皆、母でさえも応援している。私の味方はリュークと父ぐらいだ、とその味方をぎゅうぎゅうに抱き人形にしてようやく眠りに付けた。翌日リュークはぐったりとしてたが、龍になってぐうぐう昼寝をしていたので来る野戦に影響はない。
そして、魔国軍と王国軍が相対するときが来る。火蓋を切る役割は魔法使いだ。混戦となって敵味方が入り乱れる前に、魔法を打ちあうことになる。
ここで負けるわけにはいかない。魔族は士気が高いから、その勢いをなくすことにもなる。
私は魔法兵と共に魔法陣の上に立つ。バフの効果があり、魔力消費量や攻撃力が上がる。魔法の構築のために定位置にいることになるから、戦場ではよく用いられていた。
両軍緊迫感が高まる中、開始の合図をもらって私は先陣を切って詠唱する。
「瞳に映さぬ刃は一路に駆ける」
「身を切る寒冷は誰も引きつけない」
本来なら上級魔法に満たないが、込めた魔力によってそれを超える威力となる。
両軍は魔法が放たれたことで金鼓などを鳴らす必要もなく、両軍は鬨の声を上げて突撃していた。
私の魔法は敵の放った魔法を破り、敵軍まで降り注ぐ。慣れ親しんだ風と氷が簡単に人体を切り裂き貫いて、血の池ができていく。徴兵されただけの力の弱い者は抗えることもできない。ばたばたと死んでいく様は、距離があることもあって現実感がない。
「来たぜ」
転移の予兆を感知したときには、ハルノートが妨害を行っていた。流石、有言実行してくれる。
私は彼に全信頼をよせて、魔法に全集中する。
「晦冥は人の心を浸食する」
両軍が衝突するまでには間に合った。敵軍の足元を影が覆いつくし、目に見えて突撃の勢いが弱る。精神魔法が作用し、恐怖を煽ったのだが、効果は覿面だった。
眼前まで迫る魔国兵に怯んだ王国兵は、あっけなく討たれていく。敵前逃亡し、その背から斬られている者もいる。
賢者。貴方が手招いている間に、私は甚大な被害を出したよ。
賢者がいれば、私の魔法を相殺できたはずだ。人の死と取り返しのつかないことになった賢者は、自軍の魔法兵の元へと姿を現したようだ。プライドに障ったのか顰め面をしているとハルノートから伝えられ、私はしてやったりと以前の溺水までさせられた腹いせが叶った。




