大層愉快な王国軍 ※カトリナ視点
「よくもまあ、これほど用意したもんだ」
砦に次いで、要所を占領されてたまるかと、いう気持ちが透けてみえる兵の数だ。二度魔族へと侵略行為をしていたときは、皆が皆やる気ではなかったのに。
私、カトリナ・イチノセは、今更になって本気になっている王国の連中に大層愉快になる。腹を抱えて笑いたいところだが、抑えて口元の笑みで留めておく。それでも監視人に見咎められ、厳しい目を向けられた。
「何を笑っておるか」
「口にしても良いのか? するなら、私は大声で語ってやりたいところだが」
「……ふん。こんなのが勇者の末裔だとは、世も末だ」
「分かっていて私を頼りにせざる負えないお前たちは、どれだけ滑稽なことだろうな」
あるべき平野は大勢の人で埋め尽くさんばかりだ。側人は置いて、好きなように歩いていく。
ずけずけと物言う私を気に入らないのか、口を開けば貶してばかりの男だった。最初に欲の籠った目で見ていることに対して、気持ち悪いと言ってしまったこともあるかもしれない。私は要所要所で肉付きが良く、自分でもいい体をしていると思うぐらいなので仕方ないかもしれない。だが、あけすけにその部分をずっと見られれば、いくら度量が広くとも嫌になる。
「おいっ。一人で勝手な行動をするな!」
あんなのがずっと側にいたらは気も休まらんな。
側人が顔を真っ赤にしている様は気が晴れるが、長期的な見通しで見れば気が塞ぐばかりだ。
王国は私を信頼していない。普段から島に閉じ込め管理しているから、私に牙を剥かれる自覚があるからだ。
先代である勇者カイトは、魔王討伐の偉業をなした。その後、とある島を拝領されるのだが、実質は押し付けられて自由を失い、国に隷属させられることになる。それほどまでに勇者の力は強大で、魅力的だった。
先代は早々に死ぬことになったが、子は残した。女好きだったのか、多くの女をあてがわれたのか、それはもう大量に。勇者の力は時代にも影響して、子も勇者ほどではないが才能があった。王国は勿論変わらず隷属させて、道具のように使った。
私もそうだ。政治だろうが戦争だろうが、好きなように使ってくる。
王国は家族を人質として、逆らわないおう処置していた。それでも用心して枷をはめてから、私をかの者の前まで連れていく。
「遅い。直ぐに連れてこいと言ったはずだが?」
「も、申し訳ございません。その女が言うことをきかないもので……」
「言い訳は聞かん。コントロールするのが、お前の役目なはずだ」
側人は権力に弱いらしい。下である私に対しては強気だが、相手が第一王子となれば頭を地面につけるぐらいは易々と行っている。
「王子よ、久しぶりだなあ」
王太子であるサァドル・ウィズラモールは、よりそのその立場を盤石にするためにこの地に来たのだろう。
私は勇者の末裔として幼い頃からその力を発揮していたものだから、何度も顔を合わせたことのある相手だった。今では一番の強者になったから、代表として王子の偉そうな顔を見ることになっている。
「カトリナ。其方はその強大な力に称して多少の勝手は許しているが、戦場では慎め。早死にしたくないのならな」
「どうせ、元々私を幹部にあてがうつもりだろうに。呼び出したのはその件だろう?」
「そうだ。お前の魔法なら容易なことだろう?」
「中々に期待してくれる! まあ、居場所さえ分かれば自信はあるな」
王子は監視人のように上から物を言うが、敬意が足りぬ態度であっても目くじらを立てない。その分結果は求められるが、私にはその力がある。
「どんな相手でも私がその首を刎ねてみせよう。皆が恐れる、魔女であろうともな」
最近になってその名が急速に広がっているのが魔女だ。波旬の復讐でその姿を現し、砦攻略でもいたらしい。逃げ出してきた兵がそう騒いでいた。
半魔なこともあって、過度に不安になっていた将官は安心したようだった。だが、私は魔女と戦うことはないらしい。
「魔女の相手は賢者がすることになっている。だから、お前は他の幹部だ」
「あい分かった。そういえば此度は勇者が参戦すると兵どもが噂していたが、事実か? 幹部は三人といるらしいが、全員が出張ってこられた場合、流石の私でも一人で手一杯になるぞ」
「……勇者はこの場にいない。いなくとも、幹部の一人は総帥であるらしいから、二人同時の相手にはならんだろう」
おらずとも勇者の情報を聞いておきたがったが、王子の機嫌が悪くなったのを察してやめておく。私は空気を読まないことに定評があるが、読めないことではないのだ。
「もう少し、時期が遅ければな」
ぼそりと呟いたことだけ、心に留めておく。よくは分からんが、後で分かることもある。
「これはこれは、カトリナ様ではありませんか!」
国に隷属された私でも敬われる。事情を知らぬ兵だったり、レセムル聖国の聖騎士だ。かの国は聖女を代々排出して、勇者には重きを置いている。
さっさと家族の元に戻りたかったが、厄介な連中に引き留められてしまったものだ。先程王子に言われたこともあり、側人は私に会話に応じろと気迫があった。後でねちねちと言われるのも面倒なので、適当に聖騎士の話を聞いておく。
大体の内容は、今回で悲願の魔族撲滅が叶いそうで嬉しいだ。王国貴族が保身で、兵を動員させているし、今代の勇者が召喚されたりしている。それだけの話が長かった。とてもつまらない。
「勇者はいないようですが、カタリナ様や賢者様、我ら聖騎士団に大軍がおります。女神シャラードに勝利を捧げられるよう、存分に武力を振るいましょう! ……そこに亜人が混ざっていることには、思うところがありますがね」
「そうかい。そういえば私の家族にも亜人とやらがいるのだがな」
「そうですよね。よくもまあ、勇者の血脈に汚れた血を混ぜてくれたものですよ」
……シャラード神教の宗典はどうにかならないものかね。異種族の偏見はあまりに聞いていられなかった。聖騎士なんて妄信者ばっかりなので、さっさと話に切りをつけておく。
気が立っているのが分からぬのか、側人はぎゃあぎゃあとうるさかった。私はもう枷もないので鞘から短刀を抜き、目玉の直前で止めてやる。
「調子に乗りすぎぬことだ。私は知っての通り隷属された身だが、お前一人ぐらい戦争のどさくさに紛れて簡単に殺せるのだからな」
汚れ仕事だってしてきている。今更躊躇なんてしない。この男であろうとも、魔族であろうともな。
側人は一応鍛えられた軍官であるはずなのに、腰が立たなくなった。これ幸いと、私は放置して家族の元に戻っていった。




