砦攻略直後
「うまくいったね」
砦内でその戦果を見渡す。所々破壊の跡があるが、砦は無事機能するだろう。拠点の確立が一番の目的だったので、門や城壁を破壊することなく確保できたのは、戦争開幕から華々しい結果だ。
空軍による魔道具の投下は、建造物の破壊を最小限にしていた。奇襲と陽動を務めてくれた彼等は功績者だ。その一人であるウルさんは、傷人を見て回っている。知り合いをちらほらと見かける中で、空軍では死者なしという報告は嬉しいことだった。
私がいた陸軍の方では犠牲者が出ている。こちらも兵の人手を割く陽動だったので盾で守りを固めた構成だったのだが、雨のように降ってくる矢や魔法には砦の優位性もあって受け身と不利だった。
とはいえ数人なのは、少ない方なのだろう。
とはいえ、戦争で犠牲者が数人なのは少ない。魔族は数より質なので、先のことを見据えて消耗を減らすため、出し惜しみしないで幹部を投入したことが功を奏した。
「お疲れ様です、モンディエさん。大活躍でしたね」
「アア。ダガ、クレアモナ。数々ノサポートノオ陰デ、無事務メヲ果タスコトガデキタ」
互いにねぎらっていく。そこに後方待機していた兵を率いてきたばかりのザッカルさんも合流した。幹部三人と揃ったことで人の目が集まるから、建物の中に入って話し合うことにする。
砦攻略の流れを説明するならこうだ。
宣戦布告に合わせて最初に空軍が、まだその報を受けていない砦内に向けて魔道具を投下して奇襲をかける。見張りの兵に見つからないギリギリの距離まで潜んでいた陸軍も登場して兵を引きつけ、混乱に乗じてハーピーに騎乗していたモンディエさん(重量に関しては重力魔法で軽減している)を含めた数人が砦内に侵入。将官を討つことで戦意を喪失させ、降伏を勧告した。
実行するうえで奇襲が成り立つかどうかが問題点だった。
魔国と王国の境界には山と、鬱蒼とする木々が群生していることで大軍が潜んでいることは可能だったが、砦まで進軍していけばいつかは知れてしまう。今回選抜部隊と人数を絞ったものの同じことなので、そこで私の闇魔法の出番となる。
隠微の魔道具を空軍の方には各自所持してもらって、そして奇襲は成功した。注う見上げる場所であったのがよかったのだろう。できる限り上空を飛んで移動していたことも、監視の目を逃れるに至った。
宣戦布告が砦にまで伝達されていなかったことも、以上の結果に繋がっただろう。
ちゃんと宣戦布告してから襲撃したが、砦はまだ知らない状況下だった。私はずるいなあと思うが、他国に体面が保たれていればいいらしい。敵国の事情なんか知ったことではないと、ヨジュさんがにこやかだった。
「それにしても、王国内ではクレアは相当目立っておるな。魔国ではそれほどでもなかったが」
「半魔の認識の違いですね。魔族も人族も半魔を見捨てましたが、復讐対象としたのは人族だけなので」
それは魔族を全く恨んでいない訳でなく、復讐したくともできなかっただけだ。また人族は奴隷などの仕打ちも行ったので、業が深いこともある。
私の色を見て、恐怖される。何度か経験済みだが、やっぱり全然慣れないなあ。一人だけでなく、大勢の人にされるから余計に。
波旬の復讐の地でも大勢の人に色を晒したわけだが、私の報奨金目当てで追いかけてくる実力者が相手だった。手加減して反撃していたもののしつこく追いかけてきたあたり、勇ましい人たちであった。
まあ、それは置いといて。と私は結界の魔道具を見つめる。うん、素晴らしいね。存分にはしゃいでいる私を、幹部の二方は優しい目で見守ってくれていることをいいことに、細部を調べていく。
砦や大都市の防衛用に、結界の魔道具が備え付けられていることがある。軍事用に開発されているので、その効能は優れものだ。滅多にお目にかかれないおおぶりな魔石もそうだが、少しでも魔力が長続きするように回路の工夫がされている。作り手の持てる限りの技術や知識が詰め込まれていて、感嘆させられた。
そんな状況ではないのは重々承知だが、真似して魔道具を作りたくなる。一部の回路の構造がどのような効果をもたらしているか、分からないところもあるので実験したい。
体がうずうずするが、護衛のハルノートがまだかよと呆れていた。しぶしぶ私は「異常なしです」と答える。
私は起動していた結界に干渉して、再び停止にさせていた。その不具合がないか見ていたのである。決して見とれていただけではないんだよ。
「では今後も使えるのだな」
「魔力を供給さえすれば。この程度なら、魔法使い四人で無理なくできますね。私は偽装の魔道具があるので、後ほど供給してもらいましょうか」
「今呼んでやってもらおう。その間に儂らは魔道具の起動方法を覚えてしまおうか。クレア、頼めるか」
「はい」
他の将官も加えて、私は指導する。砦を包み込む規模なので、手順は複雑だ。停止方法もあわせて指導して供給も済んだところで、一息つく。
「儂らは魔法に向かんのがよく分かったな、モンディエよ」
「アア。本番デヤルコトナク終ワリ、良カッタモノダ。壊シテシマウトコロダッタ」
敵が降伏しないで徹底抗戦の構えだった場合、結界の存在は邪魔となるので最悪破壊はやむなしとされていた。だから保険として、私は結界が起動された場合に解除を任されていた。
「デキルカドウカ保証ハナイト言ッテイタガ、ソンナコトモナク速ク済マセテシマッテ驚イタモノダ」
「これまで様々な結界を見てきていますし、起動の際の構築をよく観察していたので。解除が上手くいってよかったです。かなり肝を冷やしましたが」
結界まで接近する必要があってハルノートと共に隠微の魔法で挑んだのだが、いつ魔法と矢が向けられるかと恐怖の時間を過ごすことになった。実際、解除と同時に気付かれて集中砲火を受けることになる。
もう二度はやりたくないよね。ハルノートも同意してくれた言葉だった。
あっという間の砦攻略に反して、その処理は時間を要する。捕虜の処遇や鹵獲の把握とやることは多い。
私が率いている魔法兵は砦の修復だ。大量消費した魔道具についても、高度から投下させているため使えるものはほぼないが、再利用できるものを探したり修理していく。空軍の魔道具攻撃は費用も威力も甚大だった。
「王国兵デ少ナクナイ数ガ脱走シテイル」
「管理できぬ分だ。仕方ないと割り切るしかなかろう」
「ウーヴェル伯爵が我らを誤解し、暴れている件に関しては?」
「放っておけ。その内そんな気力もなくなるだろう」
将官が集まって、様々な観点について話し合っていた。お飾りになった私は話を聞くに徹している。
「それよりも次だ。悠長にしていれば、王国軍が奪還しに来るぞ」
私達の勝利条件は王国に降伏させることだ。砦一つ分では早々に負けを認める訳がなく、王城を目指して進軍することになっている。
広げた地図にある砦と王城の距離はまだまだ遠い。要所がいくつもあるし、今回のように簡単にはいかないことだろう。
「情報によれば、やはりここの要所が抑えられている。兵を集めてつつあって、既に大軍だと言うぞ」
「ダガ別ノ道デハ砦ト分断され、敵ニ挟マレルコトニナル」
「避けていく訳にはいかぬからなあ」
皆難しい顔をして、次の戦場となるだろう地点を見ている。要所の前にある、だだっ広い平野だ。
「クレア。次は其方ら魔法使いが要となる。相手も賢者を出してくる可能性が高いが期待しているぞ」




