守護者 ※ハルノート視点
魔王城内での俺の立場は複雑だ。傭兵であり、サラマンダーの仲介人であり、幹部であるクレアの元仲間であり、恋仲と思われる男。エルフだから悪目立ちもして、様々に噂をされる。
この男にとっては全く面白くない内容に違いない。以前クレアに迫っていたことが、城内で知らぬものがいない程に広まっていることは特にだろう。クレアの父であるゼノは、能面のような表情でありながらも、不機嫌さが丸わかりだった。
「お前は相応しくない」
クレアが後遺症から回復して直ぐの会議終了後に言われたことだ。サラマンダーの情報提供を期待してか、俺は最後まで出席することができた。
軍略を俺なんかが聞いていいものか疑問だったが、信頼はできると認識されたのだろう。俺は裏切る気など一切ない。惚れた女の為ならば命ぐらい張ってやる。冒険者と傭兵は自身の体を資本としているので、怖気づきはしなかった。
だが、求めているのは意思より能力だ、とゼノは示唆する。
「庇われていたな」
会議の中にゾフィーアとかいう幹部が地雷を踏んで、険悪な雰囲気となった。それに対して魔王は威圧を行ったのだが、クレアは自身を守るのに合わせて俺の分まで相殺した。そのことを言っているのだろう。
「所詮、その程度の認識だろうな」
つまりクレアが、俺を守る対象として認識している。クレアにとってなんてことのない軽い気持ちだったろうが、ゼノはここぞとばかりに攻撃材料としてくる。
俺は「あ゛?」とドスの効いた声を出してしまう。
俺は魔王の威圧を相殺して見せるほどの魔力量はない。が、それは威圧を受けて耐えきれないわけではない。
舐めているのか。サラマンダーの借り物の力に頼っているだけの存在と思っているのか。
魔法を行使する上で、精霊だけでなく精霊士としての実力は試される。どれほど親密な関係を築けているのかによって借りられる力の大きさは異なるし、どの魔法を選択するのかだって戦闘に影響する。その他にも魔法発動までの時間稼ぎや立ち回り、状況次第では自身の魔力を提供することだってある。
そういう事情は知らぬのだろう。魔族で精霊の存在を知らぬ者は多かったし、知っていても引きこもりのエルフぐらいしか精霊士のなり手はいないから、情報は出回らない。
実力を分からせてやる必要がある。魔族の場合、叩き潰してしまえば簡単に上だと認めが、相手はクレアの父親だ。
切れそうになるのを抑え、ここは圧倒的破壊力のある言葉を用いることにする。
「お義父さん」
「その呼び名を許した覚えはない」
不機嫌さが増したが、無視する。
「俺がクレアを守れるに足らない、と思ってるんだろ」
「……そうだ」
「任せたくはない。だが、あんた自身では守れねえ立場にある」
「…………」
「安心しろよ。俺は賢者が出張って来ても守ってやれるし、なんならぶっ殺してやる。憎いのは、お互い同じだろ?」
実際は守ってやる力はまだ完全に身に付けていないが、戦争までには仕上げる。
賢者の『動くな』という声によってクレアは縛られ、溺水させられることになった。だから対処法として今のところ声を聞かないことは勿論、安全を期すならば視界にも入れないこととなった。
だが、そのためには賢者の転移が厄介だ。こちらが避けようとしても、相手からやってこれたら意味がない。なので、その転移を妨害しなくてはならなく、その方法として同じ空間魔法があった。
俺は空間魔法の知識は身に付けているが、技量は不足している。精霊魔法と一般的な魔法は勝手が違う理由はあるが、単純に難しい。
とはいえ、魔法の鞄の作成できる技量はある。問題は戦闘に用いることができるかどうかだ。魔道具にしてもいいが、常時転移の妨害するには燃費が悪すぎる。転移を察知して、発動させる方法もあるが、二つの魔法を組み合わせるのは回路が複雑すぎるらしい。俺には魔道具を作る器用さがないから聞いた話だが、その相手には匙を投げられた。
現状、俺は発動までの時間短縮を練習中だ。この調子で何百回と繰り返せば体に染みついて、転移の兆候があり次第、反射的に妨害できるだろう。
ゼノは苦々しさを噛み締めるようにして、俺の前から姿を消す。幹部の中で一番に忙しい身なのはよく知っていた。
「素直じゃねえな」
ゼノは時間の合間を縫って、娘のクレアのために手を回している。俺の他にも、クレアの補佐として自身の部下であるヨジュをつけた。魔王相手にも敬意のかけらもなくよく殴っているし、知らぬところでも色々暗躍していそうだ。どこで何をしているのか分からぬロイの奴も、確実にそうなのだろうな。
俺はクレアの働きぶりを眺める。何さぼってるの、と言いたげな冷ややかな視線をもらうが、休憩中ぐらい好きな女を見ていてもいいだろう。
「なあ、クレア?」
「そんなの知らないもんっ!」
頬を桃色に染め上げて逃げていく姿は可愛らしい。
だから諦められないんだよな。脈ありな反応をするから、いつかは振り向いてくれんじゃねえかって思ってしまう。本人が気づいていないだけで、俺のこと好きじゃねえかって期待もする。
「あー……好きだ」
俺を警戒していたせいか、聞こえたらしい。ふるふると震えて涙目になっているのは、こう、くるものがある。
『情熱的なのは好みだけど、急ぎの要件ができたから仲介を頼むよ』
もっと虐めてみたくなったが、そうはいかなくなかった。顕現できないサラマンダーからそう言われれば動かなくてはならない。
『精霊避けの件か』
『ああ。五か所も見つけたんだけど、その内の一つがどうにも怪しくてね』
サラマンダーは人国側の領域内を飛び回って、諜報員と連携して精霊避けの破壊を行っている。
その内の一つは、商人に扮している連中と当たりをつけたのだが、運んでいる荷が魔力の潤沢な魔石や奴隷だった。精霊避けを持っているからには国の上層部と関りがあるに違いなく、魔国と同様に王国側も戦争の準備をしていることから戦力として集めているのだろうと不可解な点はない。
『でもウンディーネが違うかもしれないって、珍しく忠告してきてね。よくよく調べれば運び先は王城だ。守りを固めるためといえば納得がいくけど、彼ら以外にも運んでいるらしいし、その量はあまりに過度だ。砦といった要所までの経由でもないみたいだからね』
ウンディーネはサラマンダーほど精霊避けの破壊に関わっていないが、状況提供をしてくれている。
契約者であるじじい――モアーヴルは歴代勇者の仲間だった。その縁により俺と似たような苦汁を味わってきて、無駄に長生きもしているから情報の蓄積がある。
『以前も二度、同じことがあったってさ。それも一つは三年前』
情報を小出しにしている点は、サラマンダーの悪癖だ。この展開に完全に面白がっている。
三年前と言われても分からないため、無理やり思考を暴く。『うわー、卑怯だ』だなんて、知ったことか。
『……また飽きもせずやろうってわけか』
『まだ確証はないよ。王城は精霊避けの筆頭だからね』
『クレアに言うなよ。負担になる』
『それもそれで、後で精神的な負担がどばーってくると思うけどね』
『クレアは考えすぎるところがあるからいいんだよ』
その後仲介を行ったわけだが、最近は精霊避けの破壊の件で相手は警戒している。阻止に努めてもらうが、魔族は人手が足りてないので、と俺は言い訳を聞くことになった。




