幹部の責任
会議後、待ち受けていたのは山積みの魔道具だった。うわあ、と開いた口のままになってしまう。
「魔力が満タンな内にぱぱーっと注いでしまって。ここにある分以外にもまだまだあるから、回復させつつ次の分も効率よくいきましょう!」
魔道具は雑に置かれていると思いきや、数が多いだけで優先すべき順番になっていた。魔力不足で深刻なのは、やはり闇属性のものらしい。
属性的に私にしか供給できなく、また諜報で使われていることから消費も激しい。かつて私がお手伝いしていた職場だが、昼夜問わず情報収集に奔走しているのだろうな。知り合いの顔が浮かび、少しでも負担が軽くなるように私も務める。
「僕も」
リューが要領よく手伝ってくれる。初めてのはずだが、そこは私との繋がりにより供給の感覚は掴んでいた。
「流石ゼノ様のご家族。この調子なら滞っていた分があっという間ね」
私の補佐としてつけられた、アラクネであるヨジュさんは気分が良さげだ。ただその目は血走っており、私達の進捗と同時に手元の書類を見ていて、仕事の過酷さが窺える。
ヨジュさんは父の部下の一人である。魔法以外の知識には乏しい私のため、有能な方をわざわざ手配してくれた。そのせいで今までの仕事に加えて、私の補佐や指導とより激務に追われることになっている。
開口一番に大丈夫かと心配したが、彼女はとってもいい顔で親指を立てた。
『このぐらい慣れていますもの! それに、そのぐらいゼノ様に信頼されている証拠ですから!』
父との関係上、ヨジュさんとは元々知り合いだったことから私の気は楽だ。普段から父に過労させられている彼女には負担をかけすぎないよう、仕事を着実にこなしていこうと強く思う。
魔力供給や指導以外にも、私のやるべきことは多い。魔法関係を担当することになった私だが、その内容があまりにも多岐にわたっていた。
魔法は優れものだ。魔族は人族と異なり全員が多かれ少なかれ魔力を持っているが、魔法を使える者は少ない。そんな魔法使いは重宝されており、あらゆる分野で活躍していた。戦争に臨むためにも様々な魔法が期待され、魔法使い自身の訓練も含めて準備が欠かせない。
誰でも扱える魔道具に、持続性のある魔法陣、既存の魔法の改良や開発。攻撃魔法や補助魔法と、戦場では火力と範囲攻撃に優れる魔法使いが要となって展開されている。
いつでもどこでも引っ張りだこで、魔法の利便さからあれやこれやと夢の詰まった注文は入れられる。ふらりとやってきた魔王様なんか、大分前に作ってあげた『魔王様が使うに相応しい壮大でカッコいい闇魔法』をものにしていたようで、新作をつくってくれとつっついてきた。
魔王様は新作を練習するような魔力があっていいよね。知ってるかな、魔法の試作までに大量に魔力を費やすことになるんだよ。何度も失敗を繰り返すことになるから足りないぐらいだし、私は自身の装備や戦争向けの魔法の調整は後回しになっている。
魔力が空っぽになるギリギリまで絞り出す日々の訪問だったため、つい堪忍袋の緒が切れて父にチクった私は悪くない。魔王城にまた穴が空いたたしいが、そういったことを想定して設計されている作りなのだから、もうそのままでいいんじゃないかな。侵入者対策の落とし穴として使えば、みっともなくないよ。見てないから知らないけど。
いい加減な私だが、仕事は真面目にこなしている。こなしているからいい加減になっている。
そんな私を見かねてヨジュさんが仮眠室のベットに沈めれば、一瞬だった。意識が戻ってから顧みた過去は酷いものだ。もはや手癖になっている魔力供給をながら考えている私を、「まだ回復していないわね」と今度は修練場に放り出される。
私も半分は魔族だけど、皆みたいに戦闘大好きじゃないからね?
とはいえ、たまには体を動かそうと節々をほぐしていると、ザッカルさんがやってきた。
「クレアがおるとは珍しいなあ。共にやり合うか?」
「魔力節約しなくてはならないので、棒術中心でもいいならぜひ」
「いいぞ。クレアならそれでも中々に楽しめる」
私に合わせてくれるようで、六本の腕の内、二本で一振りずつ剣をもつ。
「では、儂から行かせてもらうぞ!」
剣は通常の大きさのようだが、ザッカルさんの体格だからそう見えるだけだ。実際は大振りの剣を後方に下がって避ける。持っている杖は頑丈だが、そう打ち合わせたいとは思わない。
二振り目が迫るのも、風魔法で逸らす。かなりの強風でないと軌道は逸らせなかったので遠慮はしなかったが、ザッカルさんは気にせず私の突いた杖をはじいている。
「幹部の立場には慣れたか?」
「そうですね。強制的にそうならざる得なかったので」
「それは時期が悪かったなあ。とはいえ、この時期だからしぶしぶなったのか?」
互いに本気ではないので、攻守と同様に会話の応酬も行われる。とはいえザッカルさんは剣を持っていない腕は振り払いなどの一切を封印してくれている反面、私も魔法を過度に使っていないものの余裕はそれほどない。
剛腕による力の乗った剣は、間近で見ていて恐いものだ。真剣だから、確実に避けないと怪我も負う。したらしたで控えてくれている方が治療してくれるが、ザッカルさんは致命傷以外寸止めしてくれないので、掠り傷も含めて全て避ける。気分を変えるための打ち合わせで、痛みが発生するのは嫌だ。
「ゾフィーアのことだが」
それまでしていた世間話とは声色が違った。
「なんでしょう」
「あやつは見た通り臆病でなあ。昔はそうでもなかったが、前の戦で一人幹部が死んでからは顕著になった」
戦死した幹部は古参で、私に次いで新参者であるゾフィーアさんはよく懐いていたらしい。今回の戦はその幹部がいないから、この前の会議では不安から卑屈さが前面に出たと語る。
「儂としては幹部に相応しい貫禄を持って欲しいものだ。民族ども相手を任せることになったのに心配になる」
肯定するのは憚られるので、「そうなのですね」と曖昧に応えておく。ゾフィーアさんとザッカルさんにも角が立たないようにしたかった。あまり続けて欲しくない会話である。
「他国と戦争をするのに、幹部が国内で荒れる要因を作ってはならん。その点、クレアはよくやっている。尽力しているようで、儂も負けていられんわ」
「あ、りがとうございますっ」
負けていられんで強く打ち付けて来た。手がビリビリと痺れるので、魔法で大きく距離を取る。ザッカルさんは剣を下ろし、私の元まで歩んでくる。
「だが、背負いすぎぬようにな」
「?」
「頑張りすぎは玉に瑕ということよ。若者は年寄りに責任なんぞ任せておけばいい。やれることを着実にやっていければ十分なものだ。ゾフィーアも含めてな」
助言なのだろう。幹部になってから、私は管轄内の部下にも、他の管轄の方にもあれやこれやと頼まれるようになった。期待をされているのだと思う。私はそれに応えようと、根を詰めていなかったとは否定できない。
後ほど、ヨジュさんは意図的にザッカルさんの元に行かせたことを私は知る。そして、風の噂を耳にした。
ゾフィーアさんが略奪を行う民族と交渉し、追い返したという。彼女は彼女なりに頑張っているのかな、と多少は働き詰めとなくなった私は心に思った。




