会議
「ではまずはハルノート。よろしくお願いいたします」
ビナチュリーナさんから指名され、彼は魔法の鞄の中からカンテラを取り出し、机に置いて火を灯す。火はガラスに覆われて風の影響がないはずなのに、ゆらりと大きく揺れた。
「やあ。なんだか気恥ずかしいものだね」
火がサラマンダーとなり、カンテラ内で語りかける。
「いつもより小さい?」
「魔国の淀んだ魔素内で顕現するのは中々に負担だからね。その影響だけど、なかなか可愛らしいだろう?」
「調子はいいか?」
「結構、ヒシヒシとくるもんだね」
「ちょっと待ってろ」
大きさ以外なんてなさそうにしているが、痛みがあるらしい。ハルノートはぶつぶつと詠唱を唱え、魔法を完成させる。目に見えた効果はないが、サラマンダーは「楽になったよ」と言う。
空間魔法だろうか。魔素の流れに注視すればカンテラは四方に囲まれていて、魔素をはじいている。
「精霊よ。協力に感謝する」
「いいよ。ハルノートを介して話すのも面倒だからね。でも長居はしたくないから、承知しておいてほしい」
ハルノートが会議に出席している理由はこのためだったのか。私の仲間であるとはいえ、傭兵の立場で戦争に関わる彼の存在はこの場には不自然だった。
というか、なんで先に教えてくれないのかな? 最近隠し事をしすぎだと思う。忘れていたとか、そんなことではあるまいし。
ビナチュリーナさんが会議の進行を務めるそうで、幹部に対してサラマンダーの説明がされる。魔国には精霊が生息していないことから、特にサラマンダーは始原の精霊ということで興味深そうにしていた。
「お招きした理由については、火のある場所ならばどこにでも目と耳があるという特性上、我々には持ちえない貴重な情報がお持ちであるからです。特に勇者マキは光の始原の精霊と契約していますので、それらに関してお話ししていただきます
「どこにでも、というのは語弊があるけどね。まあその話はあとでとして、順番に僕の同系についてだ。フォティ――光の精霊は勇者君と契約し、彼を守るためなら力を奮うことは厭わないだろう。優しい子だからこれまで歴史に残るような戦闘の傷跡を残したことはないが、とんでもなく強いよ」
「それは俺様よりも、か?」
「魔王様ッ!」
「把握しておくべきことだ。で、どうなんだ」
「君がどれだけ強いのかは知らないけど、単純に光と闇で比べれば五分五分だ。相性はどちらにとっても良くて悪く、同等の力をぶつけた場合は拮抗する。だから君の戦闘技術の高さと、後は状況によるね。この地で戦うならば、精霊にとっては確実に不利だ。精霊は自らの属性の火とか地などの他に魔素を代用できるけど、淀んでいるせいで扱いが難しくなる」
「ならば魔王様の方が強いのか!」
「まだ話は終わってないよ。その条件だと僕はそうなる。だが、フォティは光の属性でその性質上、淀みの浄化ができる。だから能力はそこまで下がらないし、顕現だって苦労することはない」
「むむむ……」
「なるほどな。よく分かった」
ザッカルさんを筆頭に、モンディエさんとゾフィーアさんは複雑そうだったが、魔王様はもたらされた情報に満足そうだった。
私としてはサラマンダーを通して始原の精霊の強さはよく知っているので、魔王様が劣るかもしれないと知っても荒立つ感情はない。
「そうそう、先に言っておくけど僕はハルノートを通して戦争で炎を振るうだろう。だが、フォティと直接戦うことはない」
「仲間意識があるからか」
父が問う。
「そうだよ。でも、感情論だけじゃない。僕もこの地じゃなければ、火という攻撃力が高い性質上、フォティとはいい勝負ができると自負している。そして戦うとして、その場の魔素を奪い合うように使うことになる」
魔素は環境を構成している一つだ。それが短時間に激減してしまえば環境は乱れて、回復までに何百年もかけることになると説明する。
「まあ、僕もフォティも守りたいものがあるから、相手の身も環境を犠牲にして戦うことになるだろう。で、問題なのはそこからだね。そんな僕らを止めるために、他の始原の精霊が来る可能性がとても高い。そうなったら、もう人族と魔族の戦争どころじゃなくなるんだよ。天災レベルだからね!」
サラマンダーは軽やかに言うが、内容が物騒すぎる。恐いよ。
「という理由なわけで、既にフォティとは話はつけてある。間違っても直接争うことはないし、もし同じ戦場となっても互いに力を振るわないことになった」
「契約主が危機に陥ってもか」
「そこのところは別かな。だからハルノートと勇者君が気を付けるしかないよね」
「責任重大じゃねえか……」
「戦場の配置はよくよく考えておく必要がありますな」
「だが実際にかち合うことはないだろう。勇者は俺様狙いで来るはずだ」
古来から勇者は少数精鋭で魔王を討つ戦法を取ってきている。
魔族が一致団結しているのは魔王様がいるからだ。その魔王様を打ち取ってしまえば、魔族は纏まり無くして一気に瓦解する。本能より理性が強くなった現在はより顕著になると思われる。
極秘の書類に書かれていたことだが、魔法使いにより操られている添島くんはそのまま放置されている。魂からの縛りをどう解くのか、現段階では分からない且つ、操られた状態の方が添島君を通して敵の戦法が予期しやすいからだ。
魔王様はサラマンダーの話を聞いた上で、添島君を迎え撃つ自信があるようだ。その姿は私にとっては頼れるもので、不安が払拭されるものだった。
「フォティに関しての話はこれで以上だよ。で、僕としてはもう一つ話したいことがある」
「後で話をすると、最初に仰っていたことでしょうか」
「ああ。僕は火のある所ならば大抵はどこにでも行ける。制限がかかるのはこの魔国側の領域と、後は極一部。どちらも魔素の淀みのせいなんだけど、それが自然によるものか、人工的によるものかという違いがあるんだ。人工的なのが、僕らにとって厄介でね……」
「意図してやっている者がいるということか。それもウォーデン王国とレセムル聖国でか?」
「正解。彼等は『精霊避け』と称していて、僕らには聞かせたくない内緒話とかもそうだけど、その存在だけでほんと嫌みなわけだ。簡単に作れるみたいで、燃やしても燃やしても切りがないし」
「精霊避けとは形があるものなのか?」
「そうだよ。魔石でね、他とは違う感覚を覚えると思うから見たら分かる。だから、君達には見つけ次第ぶっ壊して欲しいんだ。僕とフォティ対策のせいか、最近だと遠慮なく色んな人に持たせてるからね。……精霊避けのせいで火の元に移動はできなくなるけど、だからこそ保持している者の大体の場所が分かる。後でちゃんと壊してくれるなら、そんな敵を僕は喜んで教えてあげよう」
「……いいだろう。こちらも利にある」
魔族側としては敵の発見や、上手くいけば泳がせて情報を手に入れることができる。
サラマンダーの話すべきことは終わったことで、「じゃあねー。細かい連絡はハルノートによろしく」とただの火だけが残る。陽気ではあったが、体調が心配だった。
「大丈夫そう?」
「くたびれてはいるな。とはいえ、そこまで深刻じゃねえってよ。一休みして、もう情報集めに行くみてえだ」
「頼もしいことだ。こちらも早めに人国側に潜んでいる者と連絡をとる準備をしておく必要があるな」
とはいえ、この場に人が集まった機会に話すべきことは済ませておくらしい。魔王様の言葉をビナチュリーナさんは紙に書き留めて、会議は続く。
戦略に関してのようで、机の上に地図が広げられる。この世界の標準的な地図と比べたらとても詳細なものだ。感嘆していると「空カラ俯瞰的ニ見テ作成シタモノダカラナ」とモンディエさんが教えてくれる。
ハーピーを祖とする魔族が所属する空軍の成果なのだろう。そんな貴重な人材がいることは、人族側にはない優れたところだと思う。
「ソレニ、長年ノ諜報ニヨル成果モアル」
「魔族は個体数が少ない分、情報で補っている部分が大きい。また、だてに二回も戦争をしていないからな」
「ゼノは普段は朴念仁であるのに、クレアの前だと多少饒舌になるなあ。子を持つと人は変わると聞いたことがあるが、これほどとは。この前など魔王様に襲撃したのだろう? 儂も誘ってくれればよかったものを」
「そんな暇はなかった」
「暇はなくとも、息抜きは必要であろう?」
「……私のことだ。戦闘狂には構っていられん」
「戦闘狂でなくとも面倒なことには変わらん。…………あんな脆く狭い場所でなく、平時であれば俺様も楽しめたものを」
父以外、皆似たり寄ったりの思考である。モンディエさんもニコニコしているし、よくザッカルさんと手合わせしていることを私は知っていた。
それにしても、と私はゾフィーアさんを盗み見する。会話に入ることもなく、なんてことない机の一点を見続けている。
彼女はモンディエさんやザッカルさんと違って城に常在していないので、顔を見るのさえ今回が初めてだった。ただ幹部の一人である以上、ある程度の情報は持ち合わせている。
彼女は狐に似た魔物を祖とした魔族である。大勢の同族を率いている長で、迫害されていたところを魔王様の庇護してもらったのだそうだ。
個より集に優れる同族の中で、彼女は魔法に優れていることから幹部の立場にある。が、普段は賜った領地にいることが大半で自ら望んで出てこないことから、臆病者とあまりいい噂はない。魔族は力至上主義なので、こういったところがある。
私は過去に力の向上のため、散々城で求められるがままに魔族と手合わせして力を示したから何をするまでもなく幹部として認められたが、彼女の場合は正反対の状態にあった。
とはいえ、ゾフィーアさんの力は幹部として申し分ないだろう。秘めた魔力は常人を超える量だし、そもそも少なくても練度が優れていることもある。幹部は魔王様の指名制なので、それだけで実力は確かなはずだ。
だが、自信なさそうに見えるのは性格によるものか。挨拶したっきり目も合わないが、これはいかに。
なんとなく、怖がられている気がするんだよね。体が強張っているし、微妙に震えてもいるような。どう思う、リューク。え、手もぎゅってしてるしねって、机の下を覗いてまで確認しないのっ。
いくら幼姿であろうとも、今世の私と年齢が同じぐらいなのだ。しゃんとしてと叱っている内に、魔王様達の世間話も済んで広げられた地図がやっと使用される。
「勇者の対応が変わらぬなら、予定通りこの砦を第一目標でよろしいか」
ザッカルさんが元より印がつけられている部分を指差す。場所としては王国と魔国の一番の国境付近にある砦だ。
「ああ。まずはなによりも拠点の確立だからな」
今回の戦は初めて魔国が人国側に攻め込むことになる。その際に重要になるのが、補給や守備のための拠点であった。
国境があるといっても境界線は曖昧で、なぜなら両国の手が行き届かない魔物の生息地があるからだ。その数と凶暴さは手に負えないほどで、両国の行き来をとても難しいものとさせている。これまで人国の侵略を阻む防波堤と良い方向でも働いていたが、逆の立場となっても同様の効果があった。
そんな魔物の生息地は避け迂回して人国まで行くのだが、辿り着いたとして魔国とは一つ分間を置いて戦争に挑むことになる。それは戦争継続のための補給や守備を固めることに大きく影響する。魔国側と連携を取るためにも、盤石に攻めるためにも頑固な拠点となりうる砦の収奪は必要不可欠とされていた。
その役目として、ザッカルさんが総帥として任命される。これも元々予定通りのことだ。過去の戦争でも務めていた経験もあり、兵からは好かれている人柄なので一番の適任だった。
その他の人員として、モンディエさんと私が大将として任される。続いで軍の編制に移っていくのだが、途中で否の声が出たのはゾフィーアさんからだった。
「魔国に留めておく戦力が、あまりにも少なすぎやしませんか」
そこまで順調に話が進んでいたこともあり、一拍無音が起こる。私は軍略などちんぷんかんぷんでそういうものかなと思っていたが、違うのかな。
「口を挟むとは珍しいな」
魔王様の言葉に、明らかにゾフィーアさんはびくりと体を揺らす。
「っ、」
「別に意見があるなら遠慮はするな。そのための会議だ。なぜそう思うのか、言ってみるがいい」
「…………先に、勇者と契約する精霊の脅威を知らされたはずです。御身の大事に備え、警護を増やすべきでしょう」
「ほう」
「そ、それに、民族どもが攻めてくる可能性だってあります! 魔物だっていますし、敵は人族ばかりではないのですっ」
魔国は人国以外に、周辺には民族が存在する。魔族全員が魔国に帰属しているわけではない。魔王様の元にいるのは弱肉強食に敗れ、庇護を求めて配下に下って国民になった者が大半だ。
だから民族というのは、魔王様の庇護を必要としないで魔物の脅威に対抗できる実力者達のことである。魔族の中でも同じ魔物を祖とする同族で組んでおり、ただ魔族であるから力こそが全てという根本は変わらない。そのため民族の長は魔族の頂点にあたかもいるような魔王様を気に食わないと、度々襲撃してくることがある。
彼等は確実に戦争を行っている隙をついて、襲撃してくるだろうと言われている。そのため五人の幹部の内お父さんとゾフィーアさんは魔国で残留組となっているのだが……お父さんも内心では不服ではあるだろうな。私が人国に行くと決定したなら母もおそらくそうなる。だが父の場合は能力的に守衛に向いているので、渋々納得している。
ゾフィーアさんの意見にはどうするのかな、と私は静観を決め込む。なぜならみんなの雰囲気がピリッとしていて怖すぎる。特に魔王様は威圧まで出ているので、それとなく私はハルノートとリュークに及ぶ範囲で打ち消し合っておく。
「つまり、だ。ゾフィーアは俺様がみすみす倒されると危惧しているのか? 弱いから、警護を増やせと?」
「ち、違います。魔王様でなく、わらわの無能さがいたすところですっ。けしてそのようなことは……っ」
「なら何も問題はないな」
「っ魔王様!」
「俺様が庇護するんだ。過度に国の守りを固める必要はない。そうだろう? ゾフィーア」
「…………はい」
結局、ゾフィーアさんの意見は退けられる。そこからはとんとん拍子で軍略は練られ、会議は解散となった。




