幹部参入
意識すれば体の内側からじんわりと熱を感じられる。それは循環していて、腕から首と血管のように隅々まで行き通っている。
「うん、いい感じ」
魔力の巡りはよく、確実に完治していると言っていいだろう。ここまで長かった。
以前に試しで魔力循環をしたことがある。ピリッとした多少の痛みはあるものの、まあ大丈夫でしょと私は高をくくったのだが、周囲の反対はそれはもう凄かった。
何をやっているんだ、安静にしてくださいとあれだけ……などなど。リハビリも兼ねてやったことが裏目に出て、沈静化してきていた過保護がぶり返すことになった。
ベリュスヌースとスノエおばあちゃんの魔法解禁の許可をもらったので、私はどうどうと闇魔法や風魔法と次々に調子を見ていく。隠れて魔法を使っていたことはあるが、目を光らせているロイによってすぐさま発見されていた。
やっぱり、魔法って楽しいなあ。療養期間で新しい魔法を理論立てたので、実証したくなってきた。この後の予定として、さっそく魔王城にて呼び出しをもらっていることからできないことだが。
今回もまた城から使者の迎えが来ている。出発の前に、私は近くにいたロイを呼びかける。
彼女とはここで別れだった。私は一度城に行けば、村に帰る時間もとれないからだ。そしてロイも別行動で何かをなそうとしている。結局それが何かは分からずしまいだったが一つの予想は付いていた。
だから、私は気が進まないながらにも餞別を送る。
「これは結界の魔道具ですか? しかも、私が使っていた……」
「無茶をしないでいられない状況にもなるかもしれないからね」
以前は結界の魔道具を使って上で危険な戦闘をしたので没収していた。それを改良して、私は魔力を込めて送りなおす。
「お互い無事に、また会おうね」
「はいっ。私は陰ながら、主を応援していますから!」
その言葉で予想が確信に変わる。私自身によって伝手はできていたからなあ。
「主様、私も応援してる、ます!」
「ちゃんと帰って来てね……っ!」
なぜかロイに敬語を仕込まれているノエとサリィだ。私はしゃがみ込んで目を合わせ、特に不安げなサリィに柔らかな表情で別れを済ませた。
使者は以前のように二人ではなく、一人だった。今回はロイがいないので、私とハルノートが共に乗らせてもらうことになる。リュークは自身の翼でもって移動してもらう。
「変なところは触らないでよ。したら落とすから」
私が前に座るので、先に警告しておく。
「じゃあやめておくか。流石におっかねえ」
使者は生暖かな目で見ていた。気になるが、怖くて何も訊けない。城で噂になってたりしないよね?
魔王城に到着してから休む間もなく案内される流れも同じ訳だったが、明確に異なるところがあった。魔族の反応だ。私よりも年上の方々が頭を下げてくる。
嫌がっている節はなく、そこには敬意があった。私が幹部になったことが周知されているのだろう。よく考えれば、使者や案内人もいつもより丁寧だった気がする。
以前も魔王様と手合わせしていた頃、似たようなことがあった。あのときは説得して一時期だけで済んだが、今回は軽々しくやめてといえば他の幹部に迷惑をかけるだろう。
むず痒いのを我慢しつつ、大きな一室まで着く。開けてくれた扉を抜ければ、七つの席には既に三人が座っている。
「クレアか、久しいな!」
六つの腕の内、二つを使って手を振っているのはザッカルさんだった。元々知り合いで、おおらかな性格も合わさって、多少肩の力が抜ける。
私は緊張していた。その場にいたのは全員が幹部で、空いている席の分もおそらくそうだ。
もしかして、これから行うのって幹部会議かな?
幹部となった私の求められている役割といえば、膨大な魔力を生かした火力で戦で勝ちを取りに行くことだ。ただ行軍まではまだまだ時間がかかる。それまでは以前にもしていた魔力供給に勤しむことだと思っていたが、流石にやることはそれだけではないだろう。
だが来て早々難易度が高すぎる。このタイミングから私の復帰を待って開かれていそうなので尚更だった。
ハルノートも同席するようで、さっさと行ってしまう。それどころか、「クレアはここだ」と私の席と、人化しているリュークの分の席を用意してもらっていて、とても慣れていた。私が知らぬ間のハルノートの行動力には驚きものである。
「失礼します……」
私は彼と異なり根がそう強くないので、慎重に場を見渡す。席が一つだけ豪華なので、幹部に限った会議ではなさそうだ。ザッカルさんの他には彼と親しいことでよく共にいることから、同じように話すのには慣れているモンディエさんと、初対面の女性がいる。
モンディエさんは私の緊張を気遣って話しかけてくれる。片言なのは体が岩で構成されているからだ。
「アレカラトイウモノ、息災デアッタカ?」
「はい。時間を多く頂いたので、すっかり快調になりました」
「ソレハ良カッタ」
「そこのハルノートがついていたのだから、頼もしかったものだろうなあ」
「いえ、逆でしたね」
「おい」
「事実でしょう? 私、あんまり休めた気がしないもん」
「散々ノエとサリィとか、魔法ばっかりかまけていたくせに」
「つーん。自業自得」
ハルノートが口説いてばっかりなのが悪い。私の好きなところを並べられたりしたときは、あまりの羞恥に慣れない物理的するまでに至った。ぐーで叩いてもなんともないようにいなすので、最終的には布団に潜り込んで無視したが。
寝室に入ってくるのはロイが排除してくれるし、薬の副作用で体調が悪いと言い張ってしまえば引き下がる。布団最強、ここに極まれりだった。
「ガハハハッ! 仲がいいことだなあ!」
否定したかったところだが、新たに人が入ってきたことでできなくなる。畏怖堂々の佇まいである魔王様だ。続いてお父さんことゼノとビナチュリーナさんもいる。
先に一室にいた者は立ち上がり、敬礼する。私もちゃんと遅れることなくできた。リュークだけはぼけっとしていたので、繋がりを通してあれこれと指示するが、実行する前に「楽にしろ」と言われる方が速かった。
「これでようやく全員だな」
私は厳格な雰囲気に吞み込まれる。が、繋がりからのもうしなくていいのというリュークの門答のせいで、内と外のギャップが酷いものだった。もういいから、取り敢えず座っていてね。
「知っての通りだろうが、クレアが幹部の一席に加わった。その強さは俺様の折り紙付だが、文句のあるやつは今言え」
「ないに決まっているだろう」
お父さん、圧をかけないでいいよ……。
居た堪れなくなるが、「そうだな!」「是」とザッカルさんとモンディエさんが同調する。他のものは無言の了承を取る。
「クレディア様には魔法関係を担当してもらいます。元々魔力は大切な資源である上に、現在需要が高まり供給が間に合っていません。特に闇属性は喫緊で必要になっていますので、後ほどになってから不用意な考えで戦闘に挑まれ、魔力を無駄に消費させないようお願いいたします」
「じゃあ、クレア。自己紹介でもしとけ」
そんな唐突な。
私は顔見知りばっかりな全員を見渡し、唯一人柄をよく知らない幹部の女性と目を合わせる。
「クレディアです。若輩者になりますが、よろしくお願いします」
彼女は頭部の狐耳をピクリと動かし、目を伏せる。
後に私はゾフィーアという名前の紹介を受ける。そして会議は本題へと入っていった。




