デート
現在の私とロイの関係は曖昧だ。
城での話し合った以来、私が詳細を問い詰めようとしても、ロイははぐらかし続ける。そんな中でもロイは以前と変わらず私の世話をするので、される側の私としてはよそよそしい態度となる。
喧嘩中だが口は利いた。ただ若干居心地が悪いのが現状だ。
櫛で髪を梳かされることは嫌いではない。
私自身では気にかけない部分なので、普段は手を掛けずにささっと終わらせてしまう。だが、ロイがするとなると髪をひっかけてしまわないよう大切に、愛おしさまで込めて行ってくれる。
「できました」
渡された手鏡には髪を高く結い上げられた私がいる。髪の先は垂れないよう留められていて、首元がよく現れていた。いつも私は長い髪を下ろしているだけなので、雰囲気が変わっていつもより年齢が上に見える。
「お綺麗です」
「ロイのお陰だよ」
「私としては業腹ですが、あのエルフに否といえない功績がありますからね」
「主様。ハルノートが来たよ」
「玄関前で待たせておいてください。まだ時間がかかります」
私としては準備を済ませていると思うが、ロイが最終チェックをして装った私の手直しする。こんな細かいところまでしなくてもいいのになあ。
「完璧です」
「デート楽しんできてね」
「こらサリィ。声にしてはいけません。事実になってしまいます」
「まあ、事実だけどね……」
レナはハルノートとのデート前に話をしたかっただけなので、妨害してくれることなく約束の今日が来てしまった。近隣の町まで行くことになり、朝早く出発することになっている。まだ日が低いところにあり、涼しい時間帯だった。
「ごめんね。また待たせちゃったね」
彼曰く前回のデートも、私は時間に遅れて来ていた。
「ハルノート?」
反応がないので、大丈夫かの意を込めて指でつつく。
我に返って、相好を崩していた。告白してから彼はとても柔らかい表情をしている気がする。
「似合ってる。俺のためにちゃんとしゃれてきたんだな」
「……そうしろって、ハルノートが言ったんでしょう」
「まあな」
移動は同じ町まで物を売りに行く方の幌馬車に乗らせてもらう。
「ほら」と差し出す手を借りて、高い段差をのり越える。
「ちょっと」
「いいだろ」
「よくない」
手を離してくれないのでぶんぶんと振ってみるが、全く剥がれない。こういうとき男女の力の差は不平等だ。
「前も繋いだじゃねえか」
「あのときと状況は違うもん」
「ははっ」
「…‥急になに」
「意識してんなあって」
「っもう!」
「はいはい。そこのエルフはもっと奥に詰めてください―」
同乗者は私と彼だけではなかったらしい。ロイがハルノートを押しのけて、上手く繋がっていた手が外れる。
「僕ここにするっ」
「楽しみ、ね」
「主様ごめんなさい。失礼しますねっ」
「…………れっつごー」
「なんで揃いも揃っているんだよ……ッ!」
「私達も出かけるのです。丁度、行先は同じみたいですね」
「ナントイウ偶然ナンダー」
「ふふっ」
片言のノエについ笑ってしまう。ハルノートに睨まれ、こそっと耳打ちされる。
「分かってんのか。一部始終見られるんだぞ」
笑っている場合じゃなかった。実際その通りで、遠巻きにしながらどこまでもついてくる。
私としてはデートは話をするための手段であるが、こんな状態なので移動中も話はできなかった。ハルノートがロイと言い合っていてそんなところではなかったのだ。
「振り切るか? いや、今のロイはぜってえ厄介だからな……」
ぶつぶつ呟いていたが、ハルノートは諦めてしまったらしい。完全に割り切ってしまって、堂々と見せつけるかのように手を繋ぐ。今度は指と指を絡める、いわゆる恋人つなぎにされた。
後方からぐぬぬと悔しげな声が聞こえてくる。
町にまで来たが、特別に何か催し物があるということはない。大きな町にあるような劇場もないし、店もよく見かけるものだ。
だから今日の予定としては町中をあてもなく歩くらしい。私も彼も町に詳しい訳でもないので、それでいいと思う。なによりようやく話ができそうだ。
屋台の店主に商品を見ていってくれという催促をそこのカップル、と勘違いの声を掛けられつつ、散歩コースをゆっくりと進んでいく。
「私といて楽しい?」
純粋な疑問だった。
「ああ。……お前は?」
「どうだろう。後ろの視線が強いからなあ」
「あんなもん無視だ無視」
「そうは考えられないよ。ハルノートは性格的にできるけど、私は違うもん」
「じゃあ俺が忘れさせてやろうか」
「もーそういうのはなしっ。前と言動が変わりすぎじゃない?」
「隠す意味がなくなったからな。まあ、前からかなり近いことはしてたぞ。お前が鈍くて気付かなかっただけだ」
鈍い、か。私はきっと恋愛ごとに興味がなさすぎるのだろうな。相手が私を異性として好いてくれている、と物事に対して考えてきたことがなかった気がする。
「……私、ハルノートと付き合えないよ」
「納得できる理由を出せ」
勇気を出して言ったのだが、あまりに強気な姿勢に私の方が戸惑ってしまう。
「ハルノートのここが嫌、というのはないんだよ。エブスキーに対してもそうだったけど、私が駄目なの。異性の好きというのがよく分からないし、興味が湧かない。人と付き合うってことにはピンとこないし、想像もできないんだよね」
「前世もそうだったのか」
「そうだね。……よく考えれば、前世の両親のことも影響してるかも。今世の両親は仲が良いけど、前はそんなことはなかったからね。付き合ったら、その先のことも考えないといけないでしょう。あんな風にはなりたくはないかな」
あのときは早く自立したいと考えてばっかりだったはずだ。薄れている記憶だったが、そういうところはよく覚えている。
あの両親を見て育って恋愛に臆病、というわけではないけどあまり価値を見出せなくなったのかな。気持ちが通じ合わなくなったときのリスクを、私は身にしみて知っている。
「まじめなんだな。付き合いだけを楽しむ奴もいるのに」
「そうだね。私は遊びで付き合うことはできなさそう」
「お前はしなくていい」
「でもハルノートはしたことあるよね?」
「ぐ……」
そうだろうと思っていた。女性の扱いが慣れてるからなあ。
「…………俺はいいんだよ。男だからな」
「結構最低なこと言ってる自覚ある?」
「そんなことよりもだ!」
「はあ」
「俺のこと嫌いではないんだろ。じゃねえとパーティーも組んでなかったからな」
「まあ、そうだね」
「なら俺は奴と違って諦めないからな」
「あの、私告白は断ったつもりなんだけど……?」
「そうだな。そのうえで口説いてやる」
獰猛な肉食獣みたいだった。ギラギラとした熱意のある目を向けていて、私は後退ると繋いでいた手を引っ張られる。その勢いで、私とハルノートの距離はゼロになっていた。
きゃー、と小さくも可愛らしい叫びが聞こえてくる。サリィだろうか。他の皆も何事かを言っているが、抱きしめて離してくれない状態だから混乱して何も理解が及ばない。
「は、はるのーとっ」
「異性の好きが分からねえんだろ。なら教えてやるよ。……心臓、ドクドクいってるだろ。これが好きなんだよ」
「そ、ういうのは異性との触れ合いに慣れていないくて、びっくりしているというのもあると思いますが!?」
「今クレアもなってんのか?」
「当たり前だよっ。いきなりこんなことされて、ならない程恋愛オンチじゃない!」
「へえ」
ようやく解放され、私は強く睨みつける。魔法が使えない身なのが恨めしかった。
「煽ってんのか?」
「全然違うし!」
「とにかく、俺は諦めねえからな」
「……私はハルノートと付き合ってる場合じゃないの。戦争に行くんだから」
「行くからこそだろ。死ぬかもしれねえから、後悔しないようにするんだろ」
「ハルノートにとってはね。そもそも仮に付き合うことにして、一緒に入られないでしょう」
「は? なんでだよ」
「だってハルノートは戦争に行かないでしょう」
「行くぞ」
「え、なんで。魔族でも、私のように半魔でもないのに」
「傭兵としてやる。もう決まっていることだからな。上の奴らに了承は得てる」
開いた口が塞がらなかった。いつのまにそんな。私よりも前に戦争が起こすことを知っていたのだから、そのときにはもう?
「そのぐらい、俺もお前に執着してんだよ。いい加減分かれ」
私はそんなこと望んでいないのに、ロイも合わせて二人とも勝手すぎる。
その後、私はハルノートから言い寄られることになる。勿論私の返事は変わらずだが、彼も懲りずにバラエティ豊かに、時々手も出してくる。
療養期間はそんなこんなで、毎日騒動を起こしながら過ぎていった。ハルノートから逃げ回っていても、スノエおばあちゃんお手製の薬はよく効くものだった




