ぶっちゃけトーク
「なんかさ、新鮮だね」
「…………そう?」
「だって、いつも誰かしらはいるでしょう? 私とレナで二人なんて中々なかったから」
「リュークとか、ね」
「うん。それにこういうお誘いも」
「ハルノート相手にはもってこい。療養の言い訳にもなる」
足の先から湯気の湧く中に入る。その全身を包み込む湯の暖かさに、私は早々にくつろぐ。この世界では湯船につかる文化は珍しい。富者は知らないが、温泉地でもなければ恵まれぬ機会である。
私とレナは村から足を伸ばし、とある宿屋が目玉とする温泉に来ていた。ハルノートだけでなく他の誰にも話を聞かせないためか、村から場所を移しているあたりかなりの徹底ぶりである。
レナはいつもの長い前髪を頭の上で結っていた。石化の魔眼持ちのため普段は隠しているが、それがもったいないぐらいに大きな瞳で綺麗な色をしている。
「ね、ハルノートと進展あった?」
「……いきなりだね。まさか目的ってそれ?」
「ん。恋バナしよっ」
瞳をとてもキラキラさせていた。興奮しているせいか、魔眼の制御が甘くなっている。今の私には石化を抵抗できないので、私は目元をトントンと叩く。
レナは一度目蓋を閉じて、魔力を落ち着かせる。
「…………ごめん」
「全然。でも、話をするならソダリとナリダのことだと思ったよ。二人も戦争に行くみたいだからね」
村に挨拶周りに行ったとき、二人の姿はなかった。兵役により近くにある砦に集まっているからだ。
「ソダリはともかく、ナリダは対象年齢以下なのに行くでしょう? 魔族は成長がばらばらだし、今回は特に戦力がいるから受け入れてくれたみたいだけど」
「クレアも、そう?」
「うん。私も行くよ」
「私も、戦えたらよかったのに」
レナも行きたかったんだろうな。
ソダリとナリダの兄弟も含めて、彼らは戦争には意欲的だった。仲の良かったというセレダが戦死して、戦争を恐れる方面でなく人族への恨みに駆られている。それは過去にセレダを討った人族の復讐をしたぐらいだった。
「村の皆、大半が戦争しに行く。国境付近だから、危機感持ってる」
「前の戦争のとき、村の目前まで敵が来てたんだよね」
「ん。兵の人が追い返してくれて、なんとか。私、そのとき村にいて、凄い怖かった。でもそのときはソダリとナリダもいて……」
「今回は不安?」
「不安。心配もあって、後恐い。クレア。死なないで帰って来てね」
「うん。頑張るよ」
「応援してる。私はそれしかできないから……」
「そんなことないよ。じゃあさ、砦の方に慰問袋とか持っていこう。二人宛てに手紙も入れてさ。きっと喜んでくれるよ」
「ん。そうする」
レナは口元を緩める。私としては気にかかっていたことが晴れて、ふうと肺の空気を吐き出す。体がぽかぽかとしていて、悠々と過ごすつもりだった。
ただレナが再びハルノートについてつっこんでくる。
「…………で、どうなの? 付き合った?」
「ぐいぐいくるね……。付き合ってないよ。その、ハルノートが告白してきて、返事が保留になってる状態かな」
「ひゅー」
「他人事だって楽しそうにして。レナはそういうのないの」
「ない」
「じゃあ、好きな人は? 気になる人でもいいよ」
「いた」
「えっ、誰!?」
「もういない。まだ当分、そういうのはいらない」
「……そっか」
「私は言った。クレアも言う」
そういう魂胆だったのか。しぶしぶ私も胸中を語ることにする。
「ハルノートのこと、どう思ってる?」
「かけがえのない人、かな」
「好きではない?」
「好きか嫌いかで言ったら、好きだよ。でも仲間としてだからっ。今までそんな相手としては見てなかったし……」
「脈あり、と」
「なんでそうなるのっ」
「前言ってた貴族の人とは違う感じ。結局、振ったの?」
アイゼントと会う前に、私は魔国にて恋愛相談というか、告白の断り方について聞き回っていた。レナはその一人で、親しい関係上事情はほぼほぼ知っている。
「……振りました」
「で、その次はハルノート。モテモテね」
なんとも言えなくなるので、そういう言葉には困ってしまう。
「その秘訣、その美貌にあると見た」
じいーっと見てくるので、私はすぐさま手で体の大事な部分を隠す。といっても湯は透明なので、殆どが見られてしまう。
「胸、大きくなった?」
「……変態」
「女の子同士だし。気にしすぎ」
でも、そうか。お母さんには程遠いので自覚はなかった。
「って、その手は何」
私はレナから距離を置く。わきわきと指を動かしていて、とっても不穏だった。
「確認の手?」
「そんなのしなくていいっ」
「大丈夫。私に身を委ねて」
そんなの信じられるわけないっ。
長湯をしていたこともあり温泉から逃げてしまおうとするが、レナはお見通しだった。目を合わせて石化をかけてきて、私の体はしばし硬直してしまう。
その間に何をされたかは、容赦がなかったとだけ記させてもらう。
私が本気で拗ねているが、レナはあっけらかんとしていた。ハルノートと今日のことについて争っていたときも思ったが、レナって結構肝が太いよね。
宿屋は温泉がある分料金が高めに設定されていたが、そこには料理も含まれていたらしい。手間暇かけたものを出してくれた。
レナが追加でお酒を頼むので、私も便乗する。アルコールは弱いが、レナしかいないので羽目を外すことにする。ただ飲む量は少しだけにして理性は保っておくことにする。
「クレア、容姿だけじゃなくて、性格もいいよ」
「ありがとー。レナも思いやりがあっていいと思うよ。さっきのがなければっ」
「減らず口。もっかいする?」
「ごめんなさい二度は勘弁してっ」
「仕方なし。ね、クレアは恋愛興味なし?」
「まあね。そんな暇もないし」
常々そう思う。
「しかも相手はハルノートだよ。今はパーティー解散? しちゃったけど、パーティー内で恋愛って、悲惨に終わることが多いってよく聞くし。だから男女で組むこと自体しないでいる人とかいるけど、私の場合は当初は年齢が低かったし、男と女とか全然考えなかったなあ」
「具体的にはいつ?」
「ええーと、十二……いや、十一だっけ? まあそのぐらいだよ」
「…………もしや、ロリコン?」
「あ、懐かしい。私も昔、ハルノートに言ってた気がする。そのときロイもいたから」
「あの人何歳?」
「ハルノート? 聞いたことないけど、エルフでも若い方だと思うよ。二十はいってると思うけど」
「そう。クレア、今大人と子どもの中間だから、成長したら愛想つかされる……こともない」
「なあにそれ。でもハルノートはロリコンではないよ。よく女の人に囲まれてるけど、そつとなくあしらえるし……いや、あしらってるからロリコンの可能性がある? 大人の女性には興味がない?」
私は顔を青ざめる。
どうしよう。村にはロイとサリィを残している。
「…………見当違いの考え、してない?」
「サリィが襲われたらひとたまりもないよっ」
「はあ。水飲む。……酒で潰した方が早い?」
「今から帰る? 間に合うのかな?」
「とりゃっ」
「んぐぐ!?」
気付いたら朝が来ていた。酒を飲むペースは考えていたはずなのに、後半の記憶が完全にない。
二日酔いの頭痛に悩まされながらも、毎日の薬を飲み下す。飲みすぎたこと、スノエおばあちゃんが知ったら激怒しそうだなあ。
レナ後日談「まさか一口で飛ぶとは思わなかった」




