不安
新たな生を受けて自覚してから、ようやく赤ちゃんとしての生活が慣れてきた。
寝て食べてまた寝るといったものだけれど、最初は気が付いたら寝ていたということが何回もあったので戸惑った。
食事は離乳食が始まっていたので、体がそこまで発達としていて安心した。
だけど離乳食は美味しいとは言えなく、未だにこの味に慣れない。
その他では不自由なことがあったら恥を忍んで泣き叫び、助けを求めた。
しっかりと発音するまで発達していないので満足に話すことが出来ず、この方法しかない。
そもそもこの体で理解出来る言葉を発することは不自然というか恐怖を覚えることなので、泣くしかないのだけど。
最近は簡単な言葉は分かってきたが、私が見える範囲では母しかおらず、話す機会が少ないせいかなかなかはかどっていない。
そんな訳で私がすることといえば、寝るか体を動かすぐらいしかない。
今は母と歩く練習や戯れて、体を動かしている最中だ。
掴まらず、歩けるようになるまでは成長したが、たまに転んだりするので温かい目で見守られたり、抱っこしてもらったりしている。
その際に無言だと不自然なので、「あー」とか「うー」と言うのを忘れない。
赤ちゃんのフリは大変だ。
そういえば生活している中で一つ不満がある。
部屋から出してくれないのだ。
私は記憶にある限り、一度もこの部屋から出たことはない。
赤ちゃんのくせに生意気なことを言っているのは分かっているが、ずっと同じ部屋に居続けている身としては特に珍しいものなどなく遊び道具などないのでつまらない。
なので違う部屋とか、外はどうなっているのか見たい。
買い物に一緒に連れて行ってくれるぐらいでいいのだが、窓から見える景色から判断するに、どうやら家は森の中にあるらしい。
赤ん坊と一緒にということは大変なのか、いつもお留守番だ。
泣いてぐずっても連れて行ってくれなかった。
何か面白いことが起こらないかな、と床の上でごろごろとしていると、ドンドンと力強く何かを叩く音が聴こえた。
私は何事だと体をビクッとさせる。
不安になって母を見ると、母は緊迫した表情をしていた。
そうしたなかまたもや音が連続して鳴り、不安を増長させる。
そしてその音に紛れて、男の声が聴こえた。
言葉は読み取れない。
けれど母は困惑する私と違い、ホッとした表情になった。
しかし男が次に発した言葉を聴き、顔を引き締める。
母は私の頭を優しい手付きでなでた。
急のことだったので、私は少し驚いた。
そうしてから母は急いで部屋から出ていった。
一人ポツンと取り残された私は呆然と母が飛び出していった方向を見ていた。
不測の事態に脳がついていかなかっただろう。
しばらくの間、そうしていた。
そして部屋の扉が開いているのに気付く。
いつも閉ざされている扉。
それが今開いている。
私は少しの興味心と不安から部屋から抜け出した。