手間を省いただけ
マデリア姫は魔王城にて基本監禁させている状態らしい。迂闊にウォーデン王国へと返したら、口封じをされるだろうからだ。
彼女としては文句はなかった。一室に閉じ込められて出歩かないようにはされているが、快適に生活できるよう配慮されている。どうやら王城での暮らしよりよいらしく、いい笑顔で先に帰っていった。ちなみに私はまだ帰れない。
「後はさくさくやるぞ。ソレノシア学園では半魔への支援を約束したんだよな」
「はい」
「その半魔と保護者が支援を求めてきている。おい、連れて来てくれ」
え、まさか。
隣室に控えていたようで、直ぐに二人は来た。
「どうも」
コルネリア教師はどのような場所でも不愛想だった。ミカル君はおどおどと彼女の背に隠れている。この部屋はかなりの人数がいるし、圧倒されているのだろう。なにより威圧感のある魔王様がいる。
「ええと、学園にいなくてもいいのですか……?」
「研究材料は全て持ち込んでいるので大丈夫です」
「そうことが訊きたいのではないです」
「貴方のせいですよ」
「もう魔石が切れたのですか?」
偽装の魔道具用に魔力を潤沢に含んだ魔石をあげたのに。もしや彼女の個人的な実験で使ってしまったのか。
「違います。師匠との決着がつかなかったでしょう。私はどちらが勝ってもいいように行動してきたのに、それが棒に振ることになりました。このままではどっちつかずになり、師匠からはどんな脅しをされるか分かったものではありません。ということで師匠は見限り、身の保障をしてくれるであろう貴方に頼りに来たのです。こちらもこちらで戦をしようとしているとは思っていませんでしたが」
賢者との関係が良くないとは知らなかった。確かに彼女は半魔を隠していたり、学園では賢者の存在を知らせたりしていた。
「最初はクレアの代わりに動いていた俺に接触してきた。魔国に話を通したら、身元を預かるっていうんでな」
「私に話してくれればよかったのに」
「言ってもどうにもならなかっただろ」
「そうだけど……」
とはいえもっと早く話を通すべきだろう。ハルノートもロイと同じくらい安静に努めすぎていた。
「この二人の今後についてだが提案がある」
「魔王様がですか?」
「ああ。準備ができ次第、開拓村に住まうのはどうだ。これはクレアのこれまでのと今後の働きに対する報酬の一つとする。どうせ幹部のような名誉だとかはゼノ同様興味がないだろう?」
「……二人はどう思いますか」
「開拓村の状態によります」
「山野を切り開いて作っている。魔物の脅威はあるが防壁はあるし、暫くは腕利きを配置する予定だ」
「立地はいいのでしょうか。町などは近いので?」
「遠い。元々多種族との接触を好まない魔族用に開拓していたやつだ。辺地にあって、だがその分資源には富んでいる」
「ミカル。私は及第点と思いますが、貴方はどう思いますか」
「僕にはよく分からないよ。先生がいいならいいんじゃないかな」
「まあ、住んで嫌だったらまた考えればいいでしょうか」
「なら準備を進めておくぞ。クレア、これは後の報告になるが、この坊主以外の半魔にも同じ村を勧めた。今は国境沿いに近いところにいて、戦に巻き込まれる心配があったからな。避難先を用意する代わりに、今は自分たちでその村の開拓に協力してもらっている」
「じゃあ、カミル君にとって同じ半魔を知れる機会になれますね。ベラニー達はきっとよくしてくれるでしょう。多大な配慮をありがとうございます」
「その分励めよ。期待している」
「頑張ります」
「俺様はもう行くが、クレアは帰れよ。今は傷が癒やすことに専念しろ。ただ書類を遣るから目だけは通しておけ」
魔力の使えない私は、いても役に立てることがない。素直に了承して、魔王様が護衛を連れていなくなったところでようやく力を抜くことができた。
「疲れたか」
「まあね」
主に情報過多による、キャパオーバーでだ。頭痛は既に引いている。
少しばかり部屋を借りて、まったりとした雰囲気で過ごす。極秘と赤で書かれた書類を貰うが、後ほどゆっくりと読めばいいだろう。とにかく今は頭を休めたかった。が、そうもいかなくなる。
城を揺らす衝撃に、皆が警戒体勢をとった。
「何事だ」
「戦闘訓練ではないでしょう。今までならいざしらず、現在は幹部といった実力者の方々は忙しくしております」
控えていた官吏が言う。
「なら襲撃者?」
戦の準備をしている最中なので、魔王城の警備は厚くなっている。襲撃者はそれを乗り越えたということになる。
その場にいた者の動きは迅速だった。襲撃者の排除や情報収集のために部屋を飛び出していく。
私はそれに乗り遅れる。やはり魔法なしだと身体能力は低く、その上体が鈍っていた。
「私が行っても何もできないよね」
とはいえ、どのようなことが起きているかは把握はしておきたい。
私に合わせて残っていたロイと共に、騒ぎの先へ向かう。揺れはまだ続いていて、発生場所はいたるところで一か所に留まっていない。
取り敢えず人だかりのある場所で話を聞こうとしたら、衝撃と共に天井から何かが落ちてきた。驚くことに何かは人で、しかも魔王様だった。そして追撃をかけるのは、なんと父であるゼノである。
「死ね」
「くそっ、完全に容赦がない――おいクレア! 父親を止めろッ!」
完全に考えることを放棄していたらしい。はっと意識が戻り、慌てて父を止めに入る。
「お父さん、何やってるの!?」
「…………ふん」
父は構わず魔王様をぶん殴る。こんなに怒りに満ちている父は初めてだった。そもそも感情の起伏が小さく、気に食わないことがあっても淡々としているのが基本だ。私は怯んでしまう。
「抵抗するな。前に次は殺してやると言っただろう」
「するに決まってるだろうがっ。それと前のと今回のは話が違う!」
「似たようなものだ」
「ああこの親バカめ!」
「……死ね」
父は消えたかのようにあっという間に魔王様の背後に立ち回っており、思いっきり叩きのめした。ひとまず気は済んだそうで、二人に近づけずにいた私に言う。
「家族会議だ」
もう何が何だか分からない。取り敢えずこくこくと頷いておく。怒りはまだ収まっておらず、怖くて逆らうことはできない。
だから魔王様に話しかける。頭からは血を流しており、体の節々は氷でまとわれているが、尋常でないぐらいタフネスなのは知っていた。
「何をしたらこんなことになるのですか……?」
「お前と話をしただけだ」
「こいつは私に隠れてこそこそと何をしているかと思ったら、先に話を通すべき私でなくクレアへと、しかも決断を迫った。……戦争に参加するそうだな」
「どうせお前を通しても反対するだろ。なら本人に訊いた方が速い。俺様は手間を省いただけだ」
「戦争に参加するなど強制でない限り、一人で決めるものではない」
「おっしゃる通りです……」
私に対しても怒っているのだろう。冷気に満ちていく空間で、私は天井を見上げる。
魔王城に穴が空いた訳だけど、どうするのかなあ。
今の状況ではどうでもいい内容でに逃避する。そのぐらいに家族会議は私にとって責め立てられることが予期できていた。




