ポンコツ王女
空間魔法の転移は不思議な感覚だ。あるべき景色がぐにゃりと歪んでいて、その中に入れば場所が変わっている。トンネルを一瞬でくぐり抜けられたら、同じような感覚を体験できるのではないだろうか。
切り替わった場所は久方ぶりに帰って来た魔国ファラントの、現在両親と共に暮らしている村となっている。そこには村人ではない魔族が二人いた。見たことがある顔で且つハーピィであるから、おそらく空軍の所属のものだろう。
「村への挨拶は後だ。二人には待たせていたからさっさと行くぞ」
ハルノートは慣れた様子で一人の背に乗る。私とロイももう一人の背へと続く。忙しない移動だった。徒歩といった余分な時間をかけないで、魔王城に到着してしまう。
「ねえ、ハルノートは色々知ってるんだよね」
「まあな」
なんて短い返答だ。彼からは話すつもりがないらしく、私は誰の元に向かっているのか分からないままハルノーについていく。
「連れてきたぞ」
遠慮なく扉を開け放った彼だが、室内にいたとある方に対してなんて不遜なのだと私は戦いてしまう。
「ああ。よく来てくれたな」
「魔王様!?」
「礼はいらんからな。ない時間を作っているから、細かいことはなしだ」
挙動が深々となりつつも用意してあった椅子に座る。その間に私は魔王様の他にもいた者に対して、何度も目を疑うことになった。
魔王様の護衛は分かる。だが、魔国にいてはならない方がいた。
「なぜここにいらっしゃるのですか」
マデリア・ウィズラモールだ。ソレノシア学園にいたはずなのに、魔国が戦争を起こす相手といえば訊かずとも分かるウォーデン王国と分かるのに、その国の第一王女がいる。
「人質として攫ってきたので……?」
「そういうことになっている」
私としては冗談のつもりだったが、魔王様は真顔でそう返す。
私は間接的に誘拐の助力をしてしまったの?
重い罪にくらりと眩暈がした。薬の副作用である眠気なんか吹き飛んでしまったから一刻も早く情報をと思いここまで来て、それを見越して彼らも色々と準備してくれていた。が、待っていた事態に、ここにきて体調の悪さが発生してくる。
「うぅ、頭痛が……」
「安心しろ。事前に治療師を呼んである」
来たからには逃がしてはくれなかった。嫌でも事態に向き直させられる。
「魔王様の本意ですか」
「そんな訳があるか。明らかに我が国の非にしかならんだろうが」
魔王様は闘争心はあるが、個人とならともかく戦争規模は別だ。歴代の魔王とは思想は異なって厭っている。だから私は魔王様に与していた。
深い事情があるのだろう。黙って話を聞く体勢をとると、魔王様はとっても簡潔にまとめてくれた。
「王女に人を遣ったら双子を人質にとられ、王女の己も連れて行けという要求にキシシェが折れた。途中で人に見られたこともあり、精神魔法を頼りにクレアの元に行ったそうだが、丁度賢者との襲撃により行方すら不明。騒ぎを収拾できず、これを好機と王国と聖国が魔国を非難してきたからもう避けられぬことだと戦争を決めた。以上、理解したか」
「……そういうことにしておきます」
色々突っ込みたいことはあるが脱線してしまう。詳細は後でいい。
「戦争は避けられなかったのですか」
「これしか方法はない。元々やるつもりでいて、相手もそうだった」
「そう、ですか」
「納得いかないか」
「……今更私が言っても、どうにもならないでしょう」
「なあ、クレア。戦争を厭ってもな、魔族の得意分野は戦闘だ。生かさない方が将来的に不利益なことになりかねん。犠牲が出るとしても、今なら最小限にできる」
将来のことなんて分からないじゃないですか。
私は政治を知らないから、考えなしに誰かを傷つけたくないからそう思ってしまう。だが、現実は感情論ではどうにもならないので言いはしない。
私は納得できないが、理解はできる。
戦争は嫌いだ。共に暮らしていた母と別々にさせられたし、身近なところではセレダが戦死したことで友が悲しんだ。それに私の夢である誰もが傷つかない世界からは、真っ向から対立している。
でもその夢のためには、傷つける他ないんだろうな。
「私も戦争に参加します」
「どういう意味でだ」
「勿論兵の一人として。私の取柄は戦闘力ですからね」
「配下になるということだぞ。今までの協力関係はやめるのか」
「戦争下では指揮系統があった方が、私はよく動けるでしょう。そもそも冒険者を続けたいといった自由が欲しいので、私は協力関係を願いました。でも、戦争中にそんな暇はないのでしょう?」
「ハハっ、そりゃそうだな。だがただの一般兵じゃなくて幹部にしておけ。お前のような実力者を、兵なんかに置いておけるか」
「……位が高すぎません?」
幹部に序列があるとはいえ、上から二番目である。絶対面倒事が多い。
幹部である父を見ているから確信できるが、決定事項なのだろうな。魔王様はそれを目的として、私を連れてこさせた可能性が高い。
私は幹部級の戦闘力はあると自負している。このような人材を魔王様は野放しにしておくはずがなく、戦力の一つとしてしたかったはずだ。
私はなんだか疲れてしまって、はあーと息を吐いて脱力したくなる。その丁度いいタイミングで、治療師が癒しをかけてくれた。
ぐっと親指を立てているが、もっと頑張れってこと? 自覚は薄いが、私病人なんだよ。無理を強いるために回復させてない?
「クレア。捻くれている暇はないぞ」
「……次はなんですか」
「賢者からの攻撃についてだ。件の攻撃について、何か判明はしたか」
「推測はしました。おそらく勇者召喚された人にしか利きませんよ。つまり私と添島君に限られます」
「一応は幸いなことなのだろうな。だが、その二人が実力者であるのが最悪だ。おそらく反逆をさせないためだろうが、その縛りが自由すぎる」
「ええと、どういうことですか」
「勇者が操られている」
「えっ」
「この王女と親交のある勇者と敵対しないためにも、攫ったわけではないと釈明しにやったのだがな、王女自身の言葉でも全く耳に聞き入れはしなかった。王女は洗脳されているだけだと完全に魔族を悪者扱いし、俺様を討伐して姫を取り戻して見せると息巻いている」
「根拠はあるんですか。怒りで話を聞かないとか、誰かに都合のいいことを唆されている可能性もありますよね」
「王女が勇者召喚に関わった魔法使いの話を聞いた。その中に勇者を操る旨を言っていたらしい。そうだな?」
「は、はい。王城で立ち話をしていたのを、内容がないようでしたからこっそりと」
今まで話を聞くに徹していたマデリア姫は、たどたどしく同意する。
「具体的にはどのようなことを……?」
「ええと、国の都合のいいようにちょっとずつ考えを誘導していく、と」
「あれから勇者のパーティーに、ウォーデン王国の魔法使いが一人加わったのだ。毎日接することになれば容易なことだったろうな」
「一機には思考誘導はできないみたいですね。でも、賢者以外にもできることだったのですか……」
「そうらしい。だからウォーデン王国の魔法使いには決して近づくなよ。奴らをどうにかするまでは、不用意に人国に行かないで、行くときになっても一人では行動するな」
「はい」
私は賢者が言うには『効きが悪い』らしい。続いた『転生体だからか』という言葉もあり、本来ならば魂だけでなく肉体にも縛りがされているのではないか。
魔王様と王女の話を含めて、精神魔法に属するであろう縛りについて考察していく。
勇者召喚をなした魔法使いは言葉にしたことを、縛りとして私と添島君にかけることができる。ただその縛りは多少は抵抗可能で、何でも好きなようにできるものではない。特に私は抵抗力が高く、その上時間をかけて縛っていくこともできないので対処はまだとれる。
対して添島君は縛りをかけられる魔法使いを仲間としているので、時間をかけて気付くこともできずにいた。その結果、現在は王国の都合の良い思想になってしまっている。もはや理論的にも説得はできない状態で、その魔法使いを倒したとしても縛りがなくならないかもしれなく、他にも縛りのかけられる魔法使いが残っている。
「それにしても、クレアが初見でどうにかなったのは不幸中の幸いだな。一歩間違えていたら死んでいたのだろう」
「そうですね。私は気を失ってからは知らないことですが……」
「俺らが駆けつけたことによって賢者の注意を引けて、リュークがいたことによってエードゥアルトの助けを得られ、サラマンダーの知識によって救命処置ができた。このどれか一つでも欠けていたら、クレアはこの世にいねえ」
私って仲間に優れてたんだなあ。そして言葉で並べられると、当時のあまりの危うさがとても理解させられる。
「賢者は失敗はしたが、タイミングは良かったからな。まさか王女との接触時にされるとは……奴は知らないでいただろうがな」
「私がいれば騒ぎは沈めれましたからね。知っていれば、賢者と対決なんてしなかったのですが」
「……とにかく、こちらにとってはタイミングが悪かった。それと、王女がポンコツすぎた」
「私のせいですか!?」
「勇者と自分の保身のために足掻くのは分かるが、その方法がな……強硬手段をとる理由が全くわからん」
「そのときしかチャンスはないって思っていたのです! そもそもいきなり魔族が来たのが駄目なんですよっ。そのせいで混乱して、どうにかチャンスをものにしなきゃって思って……キシシェは話を聞き入れてくれませんしっ。双子ちゃんはいい子だったのにっ」
「勇者の状況を説明してやれば、キシシェは俺様に判断を仰ぐために時間をとっただろうになあ」
「うぅううう! そんなの知りませんよ! 私は、悪く、ないッ!」
「そうだなそうだな。そういうことにしておこう」
魔王様に言い負かされているマデリア姫は、正にポンコツがお似合いすぎた。涙目になっているが、あんまり可哀そうだとは思えなかった。




