懐かしい面々
「私、ニト呼んでくる!」
声掛ける暇なく、エリスは行ってしまった。そして、戻って来たかと思うと、薬屋を飛び出していく。いったいどうしてしまったの?
「やれやれ、エリスはせわしないねえ」
「スノエおばあちゃん」
「お、ほんとにいる」
「ニト先輩も」
「エリスが皆も呼んでくるって。もう行っちゃった?」
「はい。あっという間でした」
ニト先輩は容姿で大きく変わったところはない。ただ以前より凛々しくなったかな。頼りがいのありそうな雰囲気がある。
「久しぶり。元気そうでよかったよ」
「ご心配おかけました」
「いいよいいよ。二人にはしっかり叱られたんだろ?」
上階にいたニト先輩まで声が聞こえていたらしい。主に私の声が。お恥ずかしいばかりだ。
「さて、挨拶が済んだかい。クレアは人が来る前にさっさと薬を飲んでしまいなさい。ベリュスヌースはそんなところに突っ立ってないで、クレアと共に奥に入りな。もっと騒ぎが大きくなる」
ニト先輩だけは店頭でお留守番と居残り、私は薬の前にスノエおばあちゃんから簡単に診察される。頭痛はないか、と質問事項を次々にこなしていき、フードをとられて顔色を見られたりもする。
服をまくって腕を軽く押されたりもした。スノエおばあちゃんは滞っている魔力を見通すことはできないのだが、これで何かが分かったかのように軽く頷いている。凄いなあ、と嘘偽りなくそう思う。
「体調はいいようだし、薬を呑んでも問題はないだろうさ。ただ副作用で体調が悪くなる可能性はあるから、今まで以上に安静にするんだよ」
「はあい」
「頼りない返事だねえ」
ロイが強制的に安静にさせてくるだろうなあ、と考えていたらそうなってしまったのである。
見るからに苦そうな、丸くて緑色の丸薬を水で胃に流し込む。鼻にきつい匂いが通って不快感に渋面になる。
「まっずい」
「効能は高いから我慢しな」
毎日二回も苦い思いをしなくてはならないのか。それも何週間も。錠剤の入った薬の袋の中身を覗いて、寮の多さにうんざりしてしまった。
それからはエリスが連れて来てくれた人達と話に花を咲かせた。仕事中、抜け出してきてくれた人ばっかりで驚いてしまう。
幼い頃、度々遊んだイオやネネも来てくれていた。イオは父と同じく兵士になれたそうで、誇らしそうにしている。エリスの家族はネオサスさんを筆頭に母や弟と勢ぞろいで、他にも近所の方やどこからか聞きつけた顔見知りの冒険者もいた。
話はどこまでも終わりそうになかったが、フードをとれという要求が出てきたところでスノエおばあちゃんが皆を追い返してしまった。元々薬の副作用の心配により長話はできなかったが申し訳なくなる。
帰り際、ネオサスさんにはソレノシア学園に潜入していたときのミーアさんの近況を伝えておく。未だ帰ってこぬ同僚の事情は有名らしい。
長期休暇で出かけたのを後を付けられた挙句、護衛の仕事をさせられていたからなあ。今も無茶ぶりをさせられているかもしれない。私と賢者の件に、貴族友人である三人が居合わせていたらしいので、護衛対象であるアイゼントからあれこれと命令されているらしい。ハルノートが事情を伝えに行ってくれたそうだが、それでも忙しいことには変わりないとぼやいていたそうだ。
「ミーアさん、帰ってくる頃には疲れていそうなので、もしよかったら良い男性を紹介してあげてください」
「クレアも言われたのか……。分かった。努力はしてみる」
ぜひそうして欲しい。ミーアさん、忙しくなって婚活は上手くいってなさそうだから。
反対に、恋愛話として上手くいっている二人を友人であるネネから耳打ちされていた。
「エリス、ニト先輩と進展したの?」
「ふえ!? ……そ、そうなの。私ね、頑張ったと思わない?」
お付き合いするまでは至っていないが、二人でよく出かけたりしているらしい。めかしこんだエリスに合わせて服装も選んできているらしく、意識してもらっているのは確実という。
女として見てくれなかった時期と比べればとてるもない進展である。ニト先輩にバレないよう、こっそりとお祝いする。その反面、過去にエリスを好いていたイオは報われないと思ったが、それは私がいない間にきっぱりと諦めていた。……恋ってやっぱり難しいんだね。
「クレアもいい人ができるといいね。気になる人とか誰かいないの?」
「そう、だね。いないよ」
「あのエルフの男性は? ずっとパーティ組んでるんでしょ? 綺麗でカッコいい方じゃない」
「っ!? …………ハルノートとはそういうのじゃないよ」
「あ、嘘ついたでしょ。分かりやすいね」
「……今は、そっとしておいて欲しいなあ」
「なんで?」
ハルノートに対して、どうしていいか分からないから。
「恋愛よりも優先したいことがあるから、かな」
「そんなこと言ってたら嫁に行き遅れちゃうよ? 昔から恋愛に興味なかったのは知ってるけど、そろそろ考え始めないと。もう十五歳なんでしょう」
「まだ十五歳だよ。私は魔法使いだから寿命は長いし」
納得していないエリスの様子だったので私は逃げ出すことにする。ベリュスヌースに声をかけて、森にある家に戻る。
「薬の副作用はどうかの」
「眠くなってきたぐらいかな。でも耐えられるし、大丈夫だよ」
「それでもスノエのところで休んでおっても良かったものを」
「ロイが待ってるからね。それに、ハルノートも帰って来るかもしれないし」
彼は今でも魔国と行き来していた。事情は答えてくれないが何やら大変なことになっているらしい。そして、律儀に私の様子を見に来てくれるので、ベリュスヌースは一々空間魔法で土地を繋げるのを厭ってかの龍の住処に魔法を固定化して放置してしまっていた。これは誰彼構わず使えるということはなく、ハルノートに限定しているので心配はない。
膨大な量の魔力を必要とするのに、ベリュスヌースは度量が大きい。私達はお世話になりっぱなしだ。そんな訳でハルノートは好きなときに遠い地を行き来できていた。
「――そろそろ、話させてもらおうかの」
賢者の攻撃に通じるかもしれない、大切な話だ。
「これは其方にしか話すつもりがないことを心掛けておいて欲しい。リュークは仕方がないがの」
リュークは現在共に行動していない。父龍であるエードゥアルトの元で過ごしている。ベリュスヌースの計らいで、特訓をさせられていた。
人語を習得させるとのことで、私は快くリュークとお別れしてある。もうそろそろ人語で話してくれてもいいと思っていたので、甘やかすのはやめていた。
「するのは我の昔話よ。あんまりにも遠い過去で長くなるだろうが、よくよく聞いてもらいたい」




