世界大震撼
もはや、避けられぬことであった。
友であり政務に関わらせているゼノと、補佐官のビナツュリーナも意見は同じであり、故に召集した幹部の前に俺様は宣言する。
「戦争だ」
知らされていなかった幹部は、表情を明朗とする者と、陰りとする者とに分かれる。前者は魔族らしい本能を持つ戦闘狂、後者は過去に迫害を受けてきた力なき弱者である。
どちらにせよ、心が浮き立つ幹部を威圧する。幹部であろうとも、俺様相手では恐れ戦く。ここにクレアがいれば、屈しない姿が見れていたかもしれない。
「勘違いはするな。これは、我ら魔族の名誉のための戦争だ。人であるが獣の立場に甘んじてきた魔族を世界中に認めさせる」
きっかけはウォーデン王国の姫であった。だが、そうでなくとも近い内に戦争は起こっていただろう。遅すぎたくらいだった。
飽きずに魔族を目の敵にし続ける、相いれなかったウォーデン王国とレセムル聖国。地理的にその二国に挟まれるファンディオナ大公国は、小国故に全面的な援助を強いられている。普段は島に閉じこもる勇者の末裔は本国であるウォーデン王国にて滞在しており、大きな動きを見せていなかった賢者は波旬の復讐の地に来るなどここ最近活発に、クレアに対して直接的な動きをした。
そして姫が攫われたという事実無根な現状により、聖剣を得た勇者は魔族に確固たる敵意をもつ。
戦争は避けられない。何も知らない世界は魔族を悪と見ている。だが、魔族には避ける必要はなくなっていた。時期的には早いと文句を言いたくはなるが、最低限のラインは遠方の他国と協定できていた。
俺様が魔王となり、過去に二度戦争が生じた。十六年前の第一次戦争、七年前の第二次戦争だ。
人族の攻めに対し徹底的に守りに入っていたが、攻守逆転だ。今回はこちらが攻めとなってみせよう。
人族は第一次と第二次を勝手に魔王征伐と、戦争ということすら認めずにいた。後の歴史にて人族の勝手を許しはしない。今回の第三次は俺様が名付けてやろう。
「光魔戦争だ。光が人族で魔が魔族という意ではない。魔族が光という、長年の願いであった名誉を得るからだ」
「キザだな」
ゼノはそう言うが、内心面白く思っているのだろう。珍しく、固まっていた表情筋が動いている。それほどまでに人族にはしてやられてきた。
「全兵力を動かすぞ。待ち遠しの逆襲の始まりだ」
*
燦燦という日差しは木陰によって和らいでいる。窓の内から、つまり家の内から眺める景色はとても懐かしかった。
小さな庭があり、その奥には木々が茂っている。自然に囲まれていて、かつてならそこに魔物という脅威が潜んでいた。今ばかりは付近の魔物は追い払われていて、ただ穏やかなだけである。
私は幼き頃の住まいであった、セスティームの町の郊外に位置する森の中の家にいた。元々は薬屋を営んでいるスノエおばあちゃんの物置き場といった用途のために建てられているため、見ないうちに部屋の在り様は変わっているところが多々ある。見知っているのに違う所々を、違和感としてもつことになった。
どこが変わっているのか、変わらないままなのか。気分の赴くままに部屋を徘徊する。そーっと音は立てないでいたが、目敏く気付かれてしまった。ロイが部屋に飛び込んでくる。
「主! 大人しくベットで横になっていないと駄目です!」
「歩くぐらい大丈夫だよ」
「駄目です!」
「でも――」
「ダ・メ!」
「…………はあい」
無精ながらもベットに入る。見張るつもりなのか、視線が痛かった。
「安静に、ですよ。スノエ様に言われましたし、ベリュスヌース様の好意でこの遠い地まで来たのですから」
布団を目いっぱい被せられ、私は口元が隠れたのをいいことに頬を膨らませて反抗しておく。
私は賢者により、後遺症を負わされた。謎の攻撃を受けた当初は思考を除く体の機能を止められ、そして湖に沈められ溺水までさせられた。
ただ今では魔力器官の一時的な停止によりその巡りが悪くなっているだけで、他は快調なものである。甲斐甲斐しすぎる、と文句を言いたくなる。が、心配かけたからには甘んじて受け入れない。というか、空間魔法を用いてまでこの家に隔離されてしまっている私だ。
後遺症から魔力を使えなくなっていることもあり、大人しくせざる状況に私はあった。
「でも、暇」
洞窟にいたときから一日も経っていないが、取るべき睡眠は十分にとった後である。それ以上の睡眠はやろうとしても難しいことだった。
「では本をお持ちします。安静に待っていてください」
取りに行くまでの時間は短いだろうし、わざわざ怒られることはしないよ。
横になっているのも飽きたので身を起こす。無為に時間を過ごしていると、部屋の扉が開かれた。ロイにしてはあんまりにも速い。
「戻ったぞ」
「あ……ハルノート」
ずかずかと入り込んで、椅子を引き寄せ座る。魔国側に報告など、すべきことをやはりベリュスヌースの手を借りた空間魔法で行っていた彼だった。
「体調は?」
「変わりなし。それよりハルノートの方だよ。不眠不休で動いてたんじゃないの?」
「魔国で仮眠は取ってある。それより話をずらすってことは、ほんとは体調良くねえんじゃなか」
「私、嘘は言ってない」
「疑わしいな。顔は白いし」
「それは元々の肌の色だもん」
「はっ。知ってる。だが念のためにな」
そう言って、額に触れて体温を見ていく。
ああ、ベットで横になったままでいればよかった。そしたら寝たふりにできたのに。
「顔が赤くなったな。熱あるんじゃねえか」
「!?」
絶対に確信犯だ。頬を吊り上げていて、私は睨みつけておく。それすらも面白いと、はくつくつと声を漏らしていた。
私はハルノートから告白された。好きだと唐突に、簡潔に。
答えを迫られたりはされなかった。聞き間違えや空耳ではないかと考えていたが、ただ彼は言葉にしなくともこうして行動で分からせてきた。誤解はできないし、なかったことにできない。意識してしまう自分が恨めしかった。
「やっぱり体調悪かったから、寝る!」
あれほど嫌がったベットにて布団に潜り込む。あ、そういえばロイが本を持ってきてくれるんだった。思い出して、こっそり布団から外を覗き込む。
ロイは既に本を腕で抱え、部屋の前で立っていた。なんだか複雑な表情をしていて、私は「ロイ?」と声をかける。きっと端から見たら布団のお化けだった。
「……はい、なんでしょうか」
ハッと体を揺らした後、いつものようににこやかにいる。ちょっと不思議に思ったので、おいでおいでと手招きして布団の中にへと取り込んでしまう。
「わあっ!? あ、主!?」
「やっぱり寝ることにしたの。本を読み聞かせてあげるから、寝れるまで一緒にいよ?」
「それ、やるなら私ですよね」
「いいの。私の方が年上で、大人なんだから」




