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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
ソレノシア学園

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289/333

濃藍の湖

 私はブレスレットを外した。もうつけておく必要もなく、その資格もない。二度とつけることはないだろう。

 だが、何度だって手に取って、彼の想いを思い出すはずだ。照れくさくて苦しみもあったけど、想いをもらうことは嬉しいことでもあった。それをなかったことにはしたくはない、とひとりでに感じる。


 学園の敷地内を散策していた。ただ何かをしていたい気分で、だから歩き続けていた。

 無作為なので、最終的には湖にまで来てしまう。その濃い魔力故の危険さとは異なり景観は美しく、大小の星を濃藍の水面に映している。魔力の流れがあったので目で追ってみれば、視界の暗さから気付けなかった洞窟を発見した。湖の奥の方に、ポツンと存在している。


 あの中に何があるのか。やっぱり興味はあるが大勢の迷惑を考えれば見に行こうと思えなく、またできない。

 風の影響もなく、水面が揺れる。誰かが魔法で干渉した。ひっそりと現れた賢者に、私は杖を構える。


「魔女よ、久しいの」


 色だけ偽装した私であるが、以前顔を曝しているから見破られたことに驚きはない。

 賢者も大振りの杖を構える。


「今度こそは逃しはせぬよ。確実に、絶対的に。真性の勇者であるが故に」

「貴方がその気なら、受けて立ちましょう」

「やる気は十分よな。だが、必要ない」


 余裕のある態度は不気味で、私は最大限に警戒する。賢者は気にすることなく、魔法で先制することもなく、言葉を放つ。


「――動くな」


 ただそれだけで、私は動けなくなる。硬直して足と手が自由にならない。

 呼吸も止まったが、数秒してひゅっと音が鳴る。辛うじてできるようになった。だが、それ以外はどうにもなっていない。


「効きが悪いの。転生体だからか、まあ何でもよい。後でいくらでも調べられる」

「な、にを」

「とにかく今は沈め」


 冷たい水に足をとられる。視界が転回して体半分が水に濡れ、流され、全部がつかる。





 ゴポリ。息が苦しくなるのは速くて、肺から空気を吐く。


 湖はその中であっても綺麗だった。濃藍だけがあって、その他は何もない。魔物も、魚も、植物も、私があるだけだ。

 気泡が何個も浮いていき、私は沈む。


 何をされたのが、今になっても分からなかった。時間が経つにつれて体は動くようになるが、この程度ではどうにもできない。死んでしまう。

 濃密な死の気配に私は怯える。嫌だよ。二回目だって、死にたくはないんだ。


 助けて。誰でもいいから、お願い。


 私は自分でも模索し、リュークに救いを求める。場所は直ぐ近くにあってちょっと安心し、そのまま意識が薄れていくのをまだ駄目だとなんとか耐える。

 視界にあるだんだんと大きくなっていく影に、私は必死に手を伸ばした。ぐんと引っ張り上げられる感覚を最後に、私の記憶は途切れる。


 *



「増援が次々と……鬱陶しいの」


 風魔法を纏って三人の学生が到着する。対峙までされれば、放っておくこともできなかった。置き土産とばかりに炎を置いていったエルフには、前回もそうだが邪魔立てしかしてこない。

 炎は勝手に消え、そのタイミングで学生の一人であるアイゼントが泰然と話しかけてくる。


「これは賢者様ではないですか。なぜこのような場所に? 学園祭を見にいらっしゃっていたとは知りませんでしたよ」

「ほほほ、秘密裏に来ていたからの。儂なんかが若い者の楽しみの妨げになってはいかんのでな」

「いいえ、賢者様ほどの方がそのようなことありません。それはそうと、なぜこのような場所にいらっしゃるので?」

「この湖に興味があってな。そしたら侵入者がおったから、撃退していたのよ」

「なんと、そのようなことが……」

「ではここからは僕らが引き継ぎます。賢者様自らが手を出すほどでもないでしょう」

「さて、それはどうかの。相手は魔女であるぞ」

「あら、なんて幸運。私、一度魔女とやりあいたかったのです」


 アイゼントを除く二名が魔法を展開する。にこやかにいるが、目が笑っていない。

 白々しいやり取りを交わしたが、引かねば儂に遠慮なく攻撃してきそうだった。そのぐらい理性的でない。見逃してやろうかと思っていたが、やめてしまおうか。


 人知れず殺す算段をつけたところで、こちらを窺う人の気配を感じ取った。あの不肖の弟子か。魔力探知でその質から当たりをつける。

 別に口止めは容易いだろうが、結局全員を見逃すことにする。弟子のせいで気付かされたが、儂は頭に血がのぼっていたらしい。

 ようやく魔女の素材を手に入れることができると思ったのにこの状況だ。こやつらを殺したとて、あの助けに行ったエルフと、もう一人の少女はともかく小龍がいる。あれらを撃退するのは賢者の名をかけて自信はあるが、時間が要することになるしなにより目立つ。


 魔女の協力者と正直に言ったとしても、他国の貴族という不安要素がある。

 仕方なし、と今回もまた諦める。アイゼントの表情がわずかに弛緩したのも見逃してやった。


「せめて生きておれよ」


 湖が洞窟へと波打っていた。あそこにいる存在は聞いたことはある。この程度の騒がしさで動くことはないと高を括っていたが、そのようなことはなかったらしい。それとも別の要因でか。儂は小龍にと目を眇める。


「儂はもう行く。おぬしらも立ち去った方がいいぞ。何が起きるかは、予測はできん」


 *



 それはクレアを見つけ出したところで劇団員に引きずられる形で学園から出ることになり、打ち上げやらなんやらから逃げ出して帰っていないクレアを迎えに学園内に侵入したときのことだった。


「嫌な予感がします」


 リュークと共に勝手に付いてきたロイがとある方向に駆け出す。こいつはクレアのことになるととてつもない才覚を表す。素直に後についていくと、途中でロイの顔見知りである女に出会い応援を呼んでいた。俺はその傍目に水のさざめく音をかすかに聞く。

 リュークが全力で飛び出していったことに、ロイを置いて俺は続いた。開けた場所に出ると、クレアの姿はなく代わりに賢者がいる。


「まさか、主が負けてしまったのですか」


 遅れてきてなお呆けるロイと異なり、俺はやるべきことをやった。リュークがまっしぐらに湖の上にいったということは、クレアは湖の中にいるということである。


「サラマンダーッ!」


 後のことは任せ、湖に飛び込む。慣れぬことだったが、潜水は経験したことがある。泡のたつ場所を辿って、クレアを発見する。なんてざまでいるんだ。

 泡もなくなって息をできないでいる状態のクレアの手を取り、体を引き寄せる。あまりに深いところまで沈んでいたようで、見上げれば水面が遠いことに苦々しくなる。


 そして、俺は水の流れに呑まれる。唐突だった。クレアと離れぬようにするだけで精一杯になっていると、流れがやんで俺は思いっきり息を吸い込む。そこはもう水中でなく空気があり、地面がある。

 クレアを先に引き上げ、俺も地に足をつく。洞窟があったのだが、そこからリュークが出てくる。


「ガウウ、ガウッ」

「っ信じるからな!」


 洞窟内へと誘導に、濃密すぎる魔力に本能が逆らうのを抑えて従う。後方からロイの荒い息遣いがするのに「おせえ!」と怒鳴り込む。流石に理不尽なことであったが、クレアはそのぐらいに生命が危うい。

 クレアの体はずしりと重たくなっていた。体から一切の力が抜けているからだし、服も、おそらく体内にも水を含んでいるからだ。


 洞窟内は真っ暗だったが、炎と共に顕現したサラマンダーにより一気に明るくなる。手の内にいる女は真っ青な顔色になっていた。


「クレア! おい、しっかりしろ、クレア!」


 意識はないままで、呼吸もしていない。

 まさか、死んでしまうのか。


「諦めるな! まだ助かるッ」

「じゃあどうすりゃいいんだよッ!」


 サラマンダーの炎のお陰で洞窟内は熱いぐらいの暖かさはあるが、クレアの体は冷たかった。


「僕の知識をハルノートに」


 だから、絶対に助けるんだよ。


 初めての感覚だった。見知らぬ知識と、俺を案じるサラマンダーの想いもついでに流れ込む。

 自身で獲得したものとは違う知識は違和感だった。ただ、今はそんなことどうだっていい。


 震える手つきで制服の上着を脱がしていたロイをどかし、俺は迷わず知識の通りに実行する。

 額に片手をやり、顎を持ち上げる。口だけを空気の通り道にもして、俺はそこに息を吹き込む。


「な、何をして――」

「うるせえ! お前は黙って見てろッ」


 ただただ必死だった。端から見たら口付けだったとしても、色欲に狂っていると思われても、命を落とすか落とさないかの瀬戸際では何もかも時間が惜しい。

 胸の真ん中に両手を重ねて肘を伸ばしつつ三十回押し、もう一度息を吹き込む。二人でやれれば良かったが、ロイは使い物にならない状態にある。主、主と耳に障る泣き声だった。


 俺は人工呼吸と胸骨圧迫を繰り返す。心臓付近に魔石があることにより、体の構造は人族と異なるかもしれない。これが正しい応急処置なのか知れず、助かるのかも知れない。

 自然と浮かび上がった考えも気に障って、奥歯を噛み締める。


「死なないでくれ」


 好きなんだ。俺はお前にそのことを伝えられていない。

 だから、死ぬな。


 身勝手に自分のことばかりで、泣き言を溢す。齧り付く口付けまがいの後、変わらず何十回目かも分からない胸骨圧迫を行う。


 クレアが水を吐き出したのはそんなときだった。水が気管に入らぬように顔を横にする。


「は、るのーと……?」


 薄らと開けた瞼は直ぐに閉じていった。慌てるが、息は吹き返している。


「主は助かったのですか……?」

「一旦はな」


 まだ安心はできないが、ほっと息をつく。

 そして身の毛がよだった。


 今は剣も何もない。持っていたが湖に飛び込む前に捨ててきた。

 サラマンダーにしか頼れない状態で、クレアとロイの前に庇い立つ。俺の身長をはるかに超えるその存在は、影を炎の光に照らされて正体を顕にした。

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