学園祭の終わり
「なんというか、慌ただしい学園祭だったね」
まだ終わってはいないが、ようやくゆっくりとできた時間を得てエブスキーと共に苦笑する。
学園内の会場にて会食が開かれて、ご馳走が振る舞われていた。といっても、真面目に食事を取っている者は少なく、学生は話に花を咲かせている。余興で演奏に合わせて踊っていたり、魔法を披露したりもしているので、なんともごちゃごちゃな様子になっていた。
私と彼は目立つのはもう懲り懲りだ、ということで会場の端にいた。時間帯は夜である。
正直、学生でもない私がただ食いのできる会食まで参加するのは憚っていたが、誰も食わぬのならとスイーツに手を出している。射的の景品であったつぶれた菓子を散々食べていたが、スイーツ系はまだ入る余地があった。甘いものは大好物である。
「それ」
「ん?」
「おいしそうだな」
「あげないよ」
「それは残念だ」
エブスキーは私と違ってお腹いっぱいなのは知っていた。昼間は散々買い食いしていたのである。貴公子であるから最初は意外だったが、学園祭中では貴族も平民も混ざって皆思い思いに振る舞っていたから、彼だけが例外ではないのだろう。
そんな訳でお腹を満たすためでなく、私が食べているものだから欲しかったに違いない。今日で色々私は学んでいる。食べ比べといって、もっていた食べ物を私の手ごとよせてかぶりつかれていた。そんなこともあって横取りされたものだから、私がまだ小腹が空いている理由もあったりする。
「お楽しみのところ失礼するわよ」
「チェイニーか」
「アイゼントも。どうしたの?」
「耳寄りな情報をと思ってな」
「クレアはこっちよ」
「私は聞いちゃ駄目なの?」
「いいけど一応ね」
エブスキーを気遣ってか、今日は偶然会ってもあまり話し込まないでいた。
距離を置いて内緒話をしている男二人は、エブスキーは眉を顰めアイゼントは朗らかな笑みであった。揶揄われているのかな。
話の内容は推測できないまま、エブスキ―が戻ってくる。
「癪だが、あいつからいい場所を教えてもらった。よければ一緒に行かないか」
「いいよ」
断わる理由はない。
チェイニーから「頑張って」とこっそり言われる。つまり、そういうことなのだろう。
話の種もなく、私は手を引かれるがままになる。屋外に出ると、夜はひやりと体を冷やしてきた。ただそんなことを気にしないぐらいには、この後のことで頭がいっぱいである。
「もうすぐだな」
何が、というまでもなかった。
見晴らしの良いところで立ち止まったと同時に、爽快な大きな音が聞こえる。その方向を見ると、鮮烈な炎が空を照らしていた。
「花火……?」
「ああ」
「この世界にもあるんだ」
「勇者の元居た世界の文化らしいな」
「うん。そうなの……懐かしいなあ」
次々と打ちあがる、魔法での花火に目を細める。どの勇者が伝えたのだろうな。
「綺麗」
元いた世界なんかよりも、ずっとだ。
どちらも同じぐらい素敵なものだろうが、見る私の心の在り様が違う。幸せを知っていたら、前世もそう思えたのかな。
幸せは大切だ。心が豊かになる。だから私は夢を叶えて、人生を幸せだけにしたいのである。
「今日まで僕の我儘に付き合ってくれて感謝する。今日という日も、これまで生きてきた中で一番楽しかった」
「私も楽しかったよ。学生になった気分を味わえて、それができたのはエブスキー達のおかげ」
「クレア」
「……うん」
逃げ腰だったのを、咎められる。それは私が感じた印象だけど、逃げ道を防いだのはあっているだろう。
彼はついに言う。
「妻として、僕と生涯を添い遂げてくれないか」
真剣なその顔は花火の色が移ってほんのりと赤い。
「私は半魔だよ」
「分かっている」
「魔法は得意だけど、それ以外は誇れるところなんてない」
「そんなことはない。僕はなによりもクレアの清い心が好きだ。様々な一面を知った今でも、それは昔からずっと変わらない」
「……美化しすぎ」
「そうかもしれない。僕はクレアに目がないからな。だから、それ以外をこれからよくよく知っていけたらと思う」
「私、結構めんどくさいからね」
「僕は全てを受け入れるよ」
諭しているのが、逆に諭されていて。こういう自分のことじゃなくて、彼自身で考えなくてはならないのに。私は臆病だな。
私もエブスキーの、様々な一面を見た。
私への想いを真っすぐに言うくせに、照れていること。射的で的に当てたときとか、子どもっぽく喜んでいたこと。行動的なこと。魔法が優れていること。それを謙虚に否定して、より高みに向けて努力すること。過去を振り返って、悪い点を自分で正せること。親友には手厳しいこと。素直なこと。心が強いこと。言葉は飾るけど、嘘ないこと。
「エブスキーの誠実なところ、私は好きだよ」
友人として、好きだ。
声と花火の音が重なってしまったから、もう一度明らかな言葉を出す。
「ありがとう。でも、ごめんなさい」
繋いでいた手をそっと放す。彼は追いすがって私の手を掴んだ。
「最後だから。花火が終わるまででいいから、どうか」
それで諦めるからと、小さな声だった。
花火は私達に構わず、どんどん打ちあがっていく。特大の花火が空を満たしたところで、遠くの方で歓声があった。会食の場からあまり離れていないらしいことに、私は思考の片隅で思っていた。
*
高望みなのは分かっていた。親友に出会って彼女を知り、再会できたことで運は使い果たしている。
それでも彼女が僕の我儘を約束として交わして機会をくれたから、諦められなかった。
なんて様々な表情を見せてくれるのだろう。意識して欲しくて、触れたくてその想いのまま行動すれば怒ってしまったのも、全然恐くなくて可愛らしい。
綺麗な容姿だが、性格は可愛らしい一面が多い気がする。異性からの好意に慣れていないからかもしれないが、もし僕が貴方の初めてを貰っていたなら嬉しい。あの男に手を繋がれていたり、抱きかかえられていたりすることを真似ている部分があるから、もしあっても少ないだろうが。
「諦めるから、か」
僕は一人独白する。上がっていた熱はとっくに冷めていた。
あの柔らかな感触を覚えている手を、もう片方の手で握りしめる。そこでブレスレットが空しくも存在を知らしめていた。
「ああ、くそっ。諦めきれない……!」
彼女こそが誠実で、僕のことで一杯に悩んでくれた。僕の我儘に付き合ってくれる暇も、恋をしている暇もないのに。
僕はクレアのことをずっと好きでいるだろう。貴族の義務で別の女性と結婚し跡継ぎをなしてもずっと、年老いてもだ。その確信が僕にはあった。
だからその想いを、次に会うときには秘めておかなくてはならない。僕と彼女は友人になった。彼女は気まずくとも別れの挨拶にきてくれる可能性は高いので、遅くとも明日までには。
誰かの足音を耳で拾い、相手を睨みつける。肩を竦める親友がいた。
「一応結果を聞いておこうか」
「見ていたのだろう」
「見ていたさ」
会場辺りから有意義に見ていたのだろう。この場所を教えたからにはそんなことだろうと思った。
「お前はよくやったよ。クレア相手によくあそこまで迫れたものだ」
「受け入れてもらえなければ意味はない。この婚約者持ちめ」
「お前もそうなるだろう? それとも結婚はしないのか?」
「家のためにもそれはしない。僕の相手になる方には無理を強いることになるかもしれないがな。……ああ、今からそんなことを考えさせるなっ」
「いいじゃないか。その調子で鬱憤を晴らしていくぞ」
アイゼントは汚れるのも構わず、地面に座り込む。酒瓶を二本持ってきていて、一本を僕に寄こしてくれる。
「さあ、振られたことを厭って、乾杯!」
瓶を軽くぶつけて一気に喉に通す。口に合ったことから、わざわざ高い酒を買ったのだろう。親友の心遣いに感謝しつつ、再度仰ごうとすれば瓶を取り上げられた。チェイニーにである。
「何をする」
「真面目な話。クレアが危ういから助けに行くわよ。ほら、解毒もしたからさっさと立ちなさい」
「なんだと!?」
「場所はどこだ」
「件の湖よ。ついてきて、急ぐわよ」




