いけすかない ※ハルノート視点
本日二話目。
二人が手を、よりにもよって恋人つなぎをしているのを見て、俺の感情は煮え滾った。
「糞野郎がッ」
「少しは抑えてください。主に気付かれますよ」
直截晴らすことのできない感情に物に当たろうとすれば、人化しているリュークがふるふると首を振る。四、五歳の見た目のガキに諭されては抑えるしかなく、二人を追うべく学園内を移動する。
怪しがる目が多いが、この奇抜な格好のおかげで不審者とはされなかった。
「劇団の一員として学園祭に入り込むとは考えましたね」
「その代わり、時間が来れば抜けねえとならないがな」
「宿にいないで何をしているかと思っていましたが……必死ですね」
「好きに言ってろ」
学園祭の催しとして劇団が招かれていたが、一人病気で欠けてしまったらしい。そこで俺の見目に目を付けた劇団の者が熱烈な勧誘をするもんだから、話を聞いて二つ返事で了承することになった。
端役だったが、劇団内に替えの利く者がおらず困っていたらしい。人助けには興味がなかったが、ちょこちょこと学園に向かうクレアと学園祭の話でピンときたのだ。
あのいけすかないエブスキ―とやらを想起し、嫌な予感からロイに聞き出せばそいつと学園祭を見て回るという。
完全にデートじゃねえか。
俺のときは違って、クレアはちゃんとそう認識しているらしい。なんて奴だ。エブスキーは勿論だが、クレアもクレアである。
「揃いのブレスレットまでして……サラマンダーなら自然に破壊できるか?」
「だから、主に気付かれますって。何と言われるか分かりませんよ」
「お前も売り子として入り込んでいるくせに」
「私はちょっとしたおこずかい稼ぎと言い訳できるので。それにハルノートと違って、主を慕っていることは隠していませんし」
「くっ」
「今頃焦るなら、さっさと告白しておけばよかったのです」
「好感度上げる努力をしていたんだよ! それに邪魔してきたお前が言うかっ」
「私のせいにするとは呆れた者ですね。私とて、主に相応しい方であればしませんでしたよ」
「じゃあ、あいつは相応しいとでも思っているのか?」
「ランドルハーツ様はハルノートと異なり、謝罪ができる方なので。とはいえ、嫁ぐことになれば貴族のしがらみが付きまといますから、どっちもどっちです」
俺も言えたことではないが、侯爵の位をもつ貴族相手に鼻で笑うロイは不遜だった。
俺は奴との初対面を思い出す。
今にも眠ってしまいそうになるクレアを寝台まで、ロイに見張られつつ送り届けた後のことだった。
言葉にしなかったが、絶対に待っていると確信があった。お互い様だったようで、そしてあれこれと物を言い合う。
どういった関係だから始まり、触るな会うな、てめえが気に食わないこちらもだに続いていった。
『僕は何一つ、譲るつもりはない』
そのつもりなのは俺とて同じで、だが、こうして一歩先をいかれている。
何より憎くなるのが、クレアの姿である。
「なんであんなにしゃれてんだよ……ッ!!!」
めちゃくちゃ綺麗じゃねえか!
最近の偽装用の男装ではなく、昔のように薄鈍と色だけ変えただけの変装だ。それに制服を着こんで膝丈のスカートを歩くたびにふわりとためかし、色白の脚をちらつかせている。
髪も編み込みして一つにまとめ上げていて、普段じゃ絶対に見れない姿だった。
「力作です。チェイニー様が今日のためにあの制服を貸してくださって、私も気合いが入りました。ああ、見事です。主……」
「流石だと褒めたいところだが、なんで俺のときもやってくれなかったんだよ」
「デートがあったなど、知るはずもなかったのに無理ですよ。事前に言っておけば、ハルノートのためではありませんが前日から主をいつも以上に磨き上げていました」
俺はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろうか。いや、言っていたらロイも付いてきた可能性が大なので、元から無理な話だったのだろう。
あんな格好を見せる相手が奴であることに怒りが再燃する。クレアはとても楽しそうに、そしてたまに耳まで赤くさせられている。
イライラして仕方がなかった。
「行き過ぎた嫉妬は醜いですよ」
「…………ふん」
「最初の出会いは似たもの同士なのに、こうも違うものなんですねえ」
奴も俺も第一印象は最悪だったと、ネチネチとロイがうるさかった。
主にマセガキと言っていた、と俺でも覚えていないことを嘲笑してくるのでぶん殴って沈めたくなる。
だが、リュークが先走ってクレアの元に行こうとするので、気を収めて大人しくしていろと首根っこを掴んでおく。
「あう、う!」
「リューク、今日は主には内緒と言ったでしょう?」
「うー……。あうあっ」
「おいこら、元の姿に戻んなって。もっとえらいことになる」
指名手配をかけられているクレアなので、リュークも俺達も含め行方を感ずかれないようにしなくてはならない。一部の者には共に行動していると知れているに違いないのだから。
だから冒険者稼業をしても、ギルドでは依頼を受理などせず狩った魔物の換金しかしていない。
その場合だと、個人識別のタグを見せずとも金にはできるのである。ただ評価だけはされなくはなる。
リュークが小龍になって、窓から外へと飛びさってしまうのを羽織っていたマントで捕らえて隠す。あまりに暴れるので騒ぎを危惧し、クレアから離れることになった。
「リュークは何がしたいんだよ」
「ガウウ、ガウ!」
「……さっぱり分かりませんね」
「ウゥウ!」
リュークは人化の術を覚えてからも、一向に話が通じないままだ。身振り手振りで、窓の外を指差すので小さいロイの代わりに覗き込む。
「ああ、湖からの魔力か。あれはほっときゃいいんだよ。ほら、今の内に人になっとけ」
「……ぅ」
「あ、ハルノートさん! もう、探したんですよっ。劇も始まる前からそんな姿で歩き回らないでください。ほら、行きますよ」
「チッ。もう時間か。じゃあリュークを頼んだぞ」
「はい」
ベタベタとすり寄ってくる顔もうろ覚えな女に離れさせ、最後にクレアを見遣る。
どうせ劇は見にこねえんだろうな。
行われる劇場とは正反対に行く後ろ姿に、別にこれでいいのだがもやもやとした感情を持つ。
俺は仲が進展しないよう、強く願うことになった。




