魔法対決
私は随分遠回りになってしまったチェイニーの元に行き、執事のアルベルタさんのことできちんと物申しにいった。矯正しようがなくむしろ悪化する一方になる彼の性癖なものだから、不毛な結果になったのは余談である。
そして、学園祭当日となる。
学園祭は二日かけて行われる。
日程として一日目は全学生を収容できるスタジアムで、各学年の代表者で魔法対決や学生の研究発表などが行われる。そうして皆でわいわいやって、二日目は各人が好きなように学内の催し物を行ったり見て回る。
エブスキーと学園祭を回るのは二日目となるのだが、私は一日目から強制的にお呼ばれされていた。誰から、と訊かれるならあの貴族友人三人である。なんと、三人とも魔法対決の代表者として選ばれたらしい。
「凄い!」
「全員が年下の上手な魔法使いを知って育ったからな」
「だから努力の基準が違うのよね」
「同級生が褒め称えるが、素直に喜べないよな」
「私のおかげだねっ」
「誰もクレアのこととは言ってはないが……まあ、違わないがな」
視線で集中攻撃されるので、代表者は別の場所で待機だから観客席に逃げ込む。自由席だったが、生徒でもないのに前に陣取るのも気が引けたので後ろの空いているところに座る。
学園祭の開催の喝采の盛り上がりには驚くものだったが、皆楽しそうに笑っているから私もつられる。お偉い方の話がされてようやくといったところで魔法対決が行われた。
学園は六年制で、一年生から順番に繰り広げていく。学園祭とは別に魔法大会があるそうだが、そちらは全員参加の進路にも関わることだから真剣勝負で負傷者も出るそうだ。
といっても、学園祭も負けは譲らぬと代表者は真面目な表情である。はらはらとしつつ対決を見守る。教師が怪我しないように見張りかつ治療の準備が万全でいることを知ったら、私は生徒の話に耳を傾ける余裕も出てきた。
因縁があるもの同士の戦いだとか、この勝負が見れるなんてと生徒の情報には詳しくないからより観戦が面白くなる。
友人三人は同学年で六年生だ。出番までは結構時間があったが、あっという間にチェイニーとエブスキーが登場した。対戦の組み合わせは事前に知らされていたので驚きはない。
一学年四人ずつ選出され、二名と分かれるトーナメント形式である。チェイニーが火と土魔法を、エブスキーは風魔法をぶつけ合う。
どちらが勝つのだろう。
土があるので魔法の相性としてはエブスキーが悪いが、彼は魔法の媒介として一般的な杖ではなく剣を用いる。杖がありなら剣での攻撃もありである。彼は魔法剣士のスタイルで火の熱さに怯むことなく果敢に接近していく。
チェイニーは負けじと地面から土の柱を発射させ妨害した。その発動タイミングを風魔法で察知し、危うげながらも避けてみせる。予想済みなのか避けた地点にて火を設置して焙らんとする熱戦だった。
一般的な魔法使いを超えた実力だった。当たり前のように全て無詠唱だが、他の生徒はそうじゃなかったよね?
他の生徒との差を浮き彫りにさせる戦いに、教師までも息を呑む。というか、だらだらと冷や汗をかいているの見てしまった。
多分、過去にも例にみないような実力なんだろうな。一撃で死なぬような威力に抑えられているが、魔力操作も練度が相当高いので、派手な戦闘の裏で緻密な戦いも繰り広げられているのが分かった。
勝負はチェイニーの負けで終わった。接近されきれないよう工夫はしていたが、身の動きを軽くする風魔法では難しかったようだ。
主に剣で、魔力が多くないことから補助で風魔法を扱う程度の母と戦闘スタイルの重なりを考えつつ、不機嫌なチェイニーが私の隣の席に座り込む。
「お疲れ様。見てて惚れ惚れしたよ」
「……悔しいわ」
「うん。でもよく頑張ったね」
癖でつい頭を撫でてしまったが、素直に受け入れてくれる。
ぎゅっと唇を結んでいてかわいらしい。そう言ったら怒るかな。当然じゃない、とも言いそうである。
「私が後一年早く生まれていれば……いえ、言い訳ね。エブスキーにとって今回は負けられない戦いだから、いつになく本気なのよ。分かる、クレア?」
「…………いつもどのくらいの強さかは知らないけど、なんとなくは」
「ふふっ。とっても愛されているわねえ」
「愛っ!?」
「だって好きにしては重いもの」
会話している内にもアイゼントが対戦している。相手の生徒は可哀そうだった。彼も二人と同等の実力をもつので、一瞬で片が付いてしまう。容赦がない。
「アイゼントらしいわ。魔力と体力的にエブスキーが完全に不利じゃない」
「あ、でも一旦休憩に入るみたいだよ」
「流石に見かねたのね。私としてはエブスキーに勝って欲しいところだけど、クレアはどう思う?」
「婚約者を応援しなくていいの?」
「応援はするけど、私に勝ったエブスキーが勝てば私がアイゼントに負けたことにはならないじゃない。それよりどうなの?」
「ううーん……じゃあ、アイゼントで」
「照れてるわね」
「ほっといてっ」
休憩の時間を生かして、学生の研究発表を行われていた。私は新しく作られた生活魔法や、効率的な魔法陣の仕組みについて熱心に聞くことになる。こういうの、とっても大好きだ。
「明日展示されるみたいだし、エブスキーと存分に見てきたら?」
「そうするっ」
呆れられている気配がするが、そんなこと知ったことではなかった。明日が憂鬱と感じていた部分が吹っ飛んで、鼻歌を歌いたくまでなってしまう。
「ほら、クレアしっかりなさい。もうそろそろ始まるわよ」
そしてアナウンスが入り、最期の対決ということで生徒の盛り上がりは最高潮となる。
「声援凄いね……」
特に女子の黄色い声援が。
「あの二人、見目よくて性格も、まあ悪くはない方だから」
なるほど、と思っていると、二人の視線がこちらを向いた気がした。あっ、これ駄目なやつだと闇魔法で私は存在を薄くする。するとチェイニーに生徒の視線が集中砲火だったようで「ちょっとっ」と怒られた。
「隠れたでしょうっ」
「ご、ごめん。だって」
「もうやることは終わったのだから堂々といなさい。明日には大々的に見られるのは確実なのだから」
「そうなの!?」
「さっき説明したでしょう!?」
「そんな直ぐに考えは及ばないよ!」
「このにぶちん!」
「はうっ……」
まさかチェイニーがそんなこと言うなんて思ってもいなくて、ちょっとの間立ち直れないでいると対決は始まってしまった。ビシバシと叩かれたのが、結構痛かった。
こんな風に容赦がないから、アルベルタさんは喜んじゃうんだよ。
先程の対戦では杖を携えていたアイゼントだったが、相手に合わせて媒体は剣に変えていた。魔法対決なのに、なんと剣と剣とで火花が散る戦いが開かれる。
「先生が頭を抱えているのは面白いわね」
「一応は魔法を使っているみたいだけどね……あ、本格的に始まるみたい」
互いに身体強化だけだったのを、先にエブスキーが剣に風を纏う。応対してアイゼントも水を宙に生み出した。
水魔法を扱うアイゼントで、私は治療以外で使われるのを見る機会が少なかったため、その戦い方は興味深いものだった。
足場を泥に変えたと思ったら、川の勢いで押し流してしまうこともある。攪乱のため、水の鏡を生み出してもいた。
魔力量としては、回復薬にて元通りの量に戻っていたエブスキーでも、アイゼントには劣る。惜しみなく魔力を使って圧倒されるエブスキーは、何か大きな声で言いつけていた。私のいる席にまでは届かないが、ざわざわと色めきだつ前席の様子に、聞こえなくてよかったと心底思う。
「クレアなら魔法で知れるでしょう?」
「いいの。聞こえないってことは、聞かせたくない話なんだよ」
「あら、愛する人だとか証明してみせるとか聞こえてきたわね」
「口にしなくてもいいっ」
そんなことしなくとも、私にだって聞こえちゃったよ!
なんでこんなにも揶揄ってくるのだ。本気で怒ったのが伝わったのか、チェイニーはおろおろと狼狽える。婚約者より友人の方で取り乱すので、経験の差なんだろうなあと私は察してしまった。
エブスキ―とアイゼントの戦いは過激になっていく。体をかすって血が出ているし、見えないところでは打撲もできているのではないだろうか。
自然とチェイニーと話をするのも止め、その戦いに見入る。
風と水の暴力が衝突して散開する。雨のように降り注いでいる中、両者剣に魔法を付与して振り上げる。教師が止める暇なく、勝敗は無事決した。
吹き荒れた強風に、アイゼントが吹き飛ばされていく。倒れたまま魔力切れだと手を上げ降参したのを区切りに、わあっと皆が健闘を讃えた。
私も精一杯の拍手をする。それを今度はずっと見ていたエブスキーが、破綻した笑みを浮かべて力がつき、地面に倒れたのはご愛敬である。
手を差し出され、うぐっと身を引いてしまう私は不慣れなのだから許して欲しいと思う。
「あのエルフにはしていただろう?」
「……うん」
そうなれば断れることもなく、手を重ねる。指と指を絡められて、体温が一気に上がったに違いない熱を顔に持つ。
「恥ずかしい……」
「僕は嬉しいよ」
なんでそんな余裕なんだってちらりと見遣れば、彼の顔は真っ赤になっていた。ばちりと目が合って、互いに逸らす。
ぎこちなく私とエブスキーは歩みを進める。かくして学園祭二日目が始まったのだった。




