恋愛相談
チェイニーは彼女自身の手首にあるブレスレットがシャラリと鳴ったのに、ほんの少し口角を上げていた。
「私だけではなんだから、事情を知っている者を紹介してあげるわ。……ちゃんと恋愛相談になるかどうかは分からないけど」
私が知っている人だということで首を傾げるが、指定された場所まで会いに行く。
「これはこれは。ようやく私の出番ということですか」
チェイニーの専属執事を務める、アルベルタさんだ。寮を利用するチェイニーなので通常ならばヘンリッタ王国の男爵邸にて控えているらしいが、何か役に立つかもしれないと私のために帰宅させないでいたという。
彼とは波旬の復讐のとき以来で、あまり話をしたことがなかったりする。初対面の時のチェイニーに蹴られて喜んでいた様子から、距離を置いていたのである。だが、チェイニーのいない場であれば、彼はただの優秀な執事となる。
私は安心してアルベルタさんを頼ることにした。大人であり、既婚者でもあるという。
エブスキーが相手のことはぼかしつつ、恥を忍んで悩みを語る。
「好意のある相手を傷つけずに断りたいとのことですが、なんとも難しいことを考えておりますねえ。とはいえ、私としてもお嬢様が仰った内容を実行すればよろしいと思います。なので、私としては己の経験談をさせていただきます」
「宜しくお願いします」
「それではさっそく――私は恋愛結婚だったため勿論初恋をしているのですが、失恋したのです。ご存じかもしれませんが私には少々偏った性癖がございまして、相手にそれを求めたところこっぴどく、それはもう盛大に振ってくれまして」
「……そ、そうなのですか」
あっ、やっぱり全然安心できない。
荒くなった呼吸に危険を感じる。引いている私に気付いたのか、なお荒くなってしまってチェイニーを呼び出したくなった。
授業中で無理なことなので、話を早々に終わらせてもらうために感情を殺す。下手な態度を出すのは悪手である。
「頬を握りこぶしでぶん殴ってくれたことは今ではとてもいい思い出ですが、当時はその後で相当ショックを受けました。あのときの私はこの世界にはもっといい人がありふれているとは知らなかったのです。いまの今の妻は相性がよくてですね、私は運に恵まれていますよ。妻と同等の容赦ない攻撃をしてくれるお嬢様に仕えることもでき、私は人生最大の幸福者でしょう。ああっと話がずれましたね。失恋をして私はなぜ受け入れてくれないのか、悶々と考えることになりました。嫌ってはいなかったと思うのですよ。最初は好意的に接してくれまして、段々互いを知っていく内に距離は置かれましたがそういうプレ――」
結論だけ言っておくと、アルベルタさんの話は一割は有益なことではあった。それ他については精神上、語らないでおく。
男性視点での話は新鮮なものだった。私は魔国で女性から話を色々と聞いていたので、失恋後の男女の心の有り様の違いというものが分かった気がする。
参考にはさせてもらうとして、もう一度チェイニーの元に戻るとする。アルベルタさんについて物申したい気分であった。
その途中、またしても知り合いと出会うことになる。
「やっほークレア!」
「ミーアさん! どうしてここに?」
「今度こそ休暇を貰ってね。でも何か必要があったら呼ぶかもしれないからって、ここに待機しつつまったりしてるってとこ」
アイゼントにそう指示されたという。彼もまた、チェイニーと同じように私のためにいてもらっているかもしれない。
「確かにそうかもね。クレアは忙しいって聞いてたんだけど、今の時間は空いてるの? せっかくだし話でもしようよ」
チェイニーの元へ行くのは後にもできるので、そうすることになった。
お互いや母であるメリンダ、セスティームの町にいる皆の様子を教えあう。皆には手紙を送ったが、今頃届いているころだろうか。郷愁にかられ、皆に会いたくなる。
「それにしてもクレアが恋愛ね~」
「意外ですか?」
「昔っからそんな気配なかったからね。背も大きくなったし、もうそんなお年頃なんだよなあ」
悩みをポロッと溢したら、ミーアさんが食いついたので「いいね、いいねえ」と羨ましがられる。
「今何歳なんだっけ?」
「最近十五になりました」
「青春まっただ中だ! 人生の先輩から助言させてもらうけど、今の内から真剣に相手を探した方がいいよ。じゃないと、私みたいに行き遅れになっちゃうからね」
遠い目をしているミーアさんだが、見た目は全然若い。だが、母と冒険者を組んでいたことを踏まえて年齢を数えてみると、三十代だろうか。
彼女は魔力は少ないことから、一般的な寿命の長さである。
「真面目な話、いい人いない? セスティームの町では女として見れないとか言われてるんだよね。……私が童顔だからって、散々ないいようじゃない!?」
「私はミーアさんのことかわいらしいと思いますよ」
「それが男からみたら子どもっぽいみたいなのっ。それでもいいって言う人はいるけど、私は騎士だし体を鍛えてるでしょ? 結構筋肉がついてるからさ、それで冷められたりするし……」
「出会いがなかっただけですよ。今までなかった分、この先いっぱいよい方と出会えます。きっとっ」
「ははは……。ありがとうね、クレア。でも最後の取って付けた言葉はいらなかったかなあ」
完全にいじけてしまったミーアさんは涙目である。こんなつもりじゃなかったのに、と他の言葉をかけるが効果はない。
なすすべなく背を擦っていると、落ち着いてはくれた。ただそこから「婚活してくる!」と飛び出して行ってしまって、私は応援しか手伝えることはなかった。
「皆、恋愛に苦労してるんだね」
「クレアも大変だな」
「! なんだ、アイゼントかあ」
「ミーアのおかげで簡単に見つけられたが、結構目立ってたぞ。私も恋愛相談に付き合ってやるから、場所を変えよう」
面白半分に言われる。どうやらチェイニーから話を聞いたらしい。
アイゼントは今日はもう授業がないそうで、余裕たっぷりに「エブスキーはどうだ?」と尋ねてくる。
「あいつはいい男だと思うぞ。母国で開かれていた夜会で知り合った仲でな。魔法の縁もあって、この学園まで共に留学して今では親友だ」
「そうだったんだ」
「ああ。傲慢だって噂があったが、会ってみれば謙虚すぎる奴だった。エブスキーなら幸せにしてくれるぞ。例え、クレア自身に好きだって気持ちがなくともな」
「……! 聞いてたんだね」
「見ていれば分かる。クレアは分かりやすいからな。諜報とか能力以外向いていないぞ」
「自覚はあるよ。アイゼント、そこでは私は幸せになれないよ。夢を叶えることが私の幸せだから」
「別にエブスキーのところで叶えられないものではないだろう。色々尽くしてくれると思うぞ? 具体的には俺から言うことじゃないから言わないが」
「そう、かもしれないね」
「クレア」
「なあに?」
「エブスキーはずっと想い続けてきた。それこそ私と出会う前から一途に、再び会えるともしれない相手にだ。だからその事実だけは受け止めてやってくれないか」
あまりの真剣さから、彼はエブスキーのことを案じていることが強く伝わってきた。
「無下にはしないよ」
それが私の精一杯な答えだった。




