変人教師
「つまり、半魔の噂を確かめに来たと。こうしてお望みの半魔がいた訳ですが、この後はどうするつもりなのですか?」
「保護を考えていました。この国に限ってではないですが、半魔には生きづらいでしょうし。……ですが、そんなに懐いているのならば、悪手かもしれないですね」
ミカル君はコルネリア教師に懐いていた。とげとげとした雰囲気を醸し出している中、あんなにべったりと近くにいられるなと思う。
私の事情を話したところで、今度は彼女の番である。
「私はこの子を検体として貰い受け、保護しています。話は長くなりますよ」
「構いません」
「私は嫌なので端的に言いますと、とある商家から半魔が生まれたのですよ。人族を先祖とする中で、です」
「理由は判明していますか?」
「先祖返りと考えています。その商家は今でこそ拠点をファンディオナ大公国ですが、かつてはウォーデン王国だったようなので。……高い金を払わされましたよ。名前を教えるので、襲いに行きませんか。ついでとばかりにその金額分を取り戻して欲しいのですが」
「……しませんよ。私をなんだと思っているのですか」
「人族を脅かす魔女ですが?」
「誤解です……。いや、事実な部分もありますけど」
「なら本当でしょうに。なに善人ぶっているのですか」
辛辣な人だ。言い返すことなく、ミカル君を眺める。
細い体ではあるものの、瘦せ細ってはいない。清潔な衣服であるし、何より表情が和らいでいた。
とてもそうには見えないし口にもしないが、彼女が大切に庇護してきたのだろう。この研究室は半魔を閉じ込めるものではなく、守るためだったのだ。
最悪の想定はしていたが、事実はその真逆であった。
「一つお聞きしたいのですが、半魔をどう思っていますか」
「興味深い対象です。魔族の体の作りと同じであるようでいて、異なる部分があります。色が紫であるのもその一つで、興味はつきません」
「やっぱり魔族の血が濃いと、色も濃いとかあるのですか? 私が今まで見てきた中で、その傾向があるのですが」
「さあ? 私は半魔をこの子と貴方しか見たことがありませんので」
「そこで私をじっと見るのはやめてください。間に合ってます」
内心で研究対象に良さそうだと思っているのがバレバレである。私は既に父の研究仲間であるシュミットさんにやられているのだ。
二人は似た性格なので、もし会わせたら研究内容も被っていることだし意気投合しそうである。
「ミカル君、コルネリア先生といて酷い目に合ってない? 大丈夫?」
「貴方は私をなんだと思っているのですか」
「変人です。人柄は噂通りなんですね」
「私は貴方と違って否定はしませんよ」
それは否定した方がいいよ。
ミカル君は私達のやり取りにより顔を往復させていた。これではいけないと、私は冷静になって口を閉ざす。相手のペースに流されていた。
「先生は優しいよ?」
「本当?」
「うん。後、結構めんどくさがりや」
「先生……」
「その格好でそう呼ばないでください。腹が立ちます」
「酷いっ」
私は気が抜けていった。彼女は半魔全員に味方している訳ではないので、指名手配される私に敵対する可能性はあるのだが、こんな調子では身が入らない。
攻撃されても対処可能な範囲なことも原因ではあるが。
「……どうします、争いますか? 私としてはしたくないところです」
「私もですよ。魔法に自信はありますが、あの魔方陣を簡単に突破する者を相手にしたくはありません」
「そうですか。なら、今日あったこととお互いの存在は秘密ということでいいですか?」
「貴方とミカルですか」
「はい。懸賞金が欲しいなら、それ相応に覚悟してもらいますけど」
「私は自分の身がかわいいもので、高すぎるリスクを負うつもりはありませんよ」
心底疲れたと顔に出ていた彼女は、優しい眼差しになってミカル君へと向いた。
言われたい放題だったのに彼女を憎めないのは、そんな一面があるからだ。
「ミカル。この先はどうしますか。貴方が望むなら、この魔女が安全な場所に連れていってくれますよ」
「ここにいちゃだめ?」
「別に構いませんよ。ただ、こんな場所にずっといては幸福は得られないでしょうね」
「僕、今が幸せだからいいよ。先生と一緒なら、毎日が楽しいんだ」
「……そうですか。そこの魔女、そういうことですので」
「はい。良かったですね」
「ミカルの将来を考えれば、そうでもないですけどね」
「私、また来ますね。そのときまでに偽装の魔道具を作成しておきます」
「私は大してお金は持っていませんよ。すぐ資金として消費してしまうので」
「ただでいいですよ。私からの支援です。……ミカル君、私は同族の半魔の居場所を知っていてね。だから会ってみたいとか、先生に愛想をつかしたりしたら教えてね。忙しいからここにくる頻度は少ないかもしれないけど、定期的に来ようと思うから」
「マジですか?」
「手紙のやり取りとかは難しいのです」
そんなに嫌なのかな。プライベート空間にしているけど、ここ研究室だからね?
「魔女との繋がりがあるとは良かったですね。色々と搾り取っておくのですよ」
「まあ、魔道具には期待していて。後必要になる魔力は、直接注げに行けない分、魔石で送るのでその手配をしておいてください。闇属性なので」
「ならば今この魔石に注いでくれませんか。私の研究分として」
「いいですけど、ミカル君のために使ってくださいね?」
*
クレディアはミカルに、偽装した際の好みの色を見せて決めてから去っていった。
魔女の称号に相応しい力を持つ者なので、私の心の平穏のため二度とくるなと思うが、ミカルのためにそんなことは言ってられない。
虚飾の自分を崩し、だらりとした体勢となる。いつも通りなので、ミカルは平常通り「何か飲む?」と訊いてきた。
「いつものを」
「分かった」
酒である。飲んでいなければやっていけれない。
瓶からラッパ飲みし、安っぽい味に満足する。子どもの前であるが、悪酔いしなければ別に毎日飲んでいてもいいと思う。
「ミカルはいいやつだなー。お前ぐらいだ、私にあんなこと言うのは」
空っぽになった瓶を置くと、律儀に片付けてくれる。商家では家族に恐れられつつも、奴隷のように扱われるという器用なことをされていた。そのときの振る舞いを、ここでも変わらず行っている。
直したらいいと思うが、私が楽ではあるので止めさせていない。本人がやりたいなら、させておけばいい。
「先生、授業はもういいの?」
「酒与えてから言うかー?」
「魔法で解毒できるでしょ? 皆待ってるかも」
「いい。どうせもう授業の終盤だから、行ったって何もできないよ。それより酒くれ酒」
「はーい」
「……いや、待て。ミカル、いつもの場所に隠れろ。急げ」
クレディアによって一時無効化された魔方陣は、まだその状態にある。最悪だ。
魔法をかける必要もなく頭がさえる。宙が揺らぎを経て、奴が姿を現した。
「久しぶりであるな。挨拶もよこさんから、儂自らが来てやったぞ」
「――師匠」
グローサー・ライザッツ。賢者の称号を冠する、魔法使いの頂点に立つ男。
元来貴族であるから為政者としてや、学者としても活躍している。年を食っている分経験が豊富であり、弟子も大勢いる。私はその中の一人だった。
「お久しぶりです。何か私にご用ですか」
手間隙かけてまで弟子の顔を見に来るはずがない。無駄にプライドが高いことを知っているので、内心の動揺を押し殺して裏を探る。
「いやなに、先程魔女が来ておっただろう。その様子を聞きにな」
「左様ですか」
「そこにおる子、出てきなさい。儂が来てもゆっくりと寛いでよろしい」
「ミカル、私の隣に来なさい」
「……うん」
奴は何でもお見通しだった。クレディアのせい、といいたいところだが、その以前から詳細を知っていたに違いない。
私の魔方陣も、真の実力者からしたら他愛もないものなのだろう。
というか、勝手に私室に入ってくるな。これだから嫌なのだ。奴は私を気まぐれに拾ったときから無遠慮である。
「それで? 魔女との話は楽しめたかの?」
「別につまらぬものでしたよ」
「そうは言って、何か有益なことでもあっただろう。いつもより気分はそう悪くないではないか」
「気のせいでしょう」
話の内容は聞いてはいないらしい。クレディアがいたからか、と当たりをつける。
クレディアがいたから国を跨いでまで学園にまで来ているようだが、クレディアがいたから察知されるのを嫌って盗聴はできないでいた。
余程、相手には自分のことを知られたくはないらしい。
「魔女はまた来るのかの?」
「さあ。私には分かりません」
「誤魔化すのはよしなさい。何のためにお前を弟子にしたと思っておる」
「理由があったのですか?」
「勿論よ。だからこういうときに役に立たぬとなれば、潰すまで。己を脅かす存在は少ない方がいい」
私以外の弟子が聞けば卒倒しそうな言葉だ。こんな奴が賢者であるから世も末なのだ。
「…………魔女はまた来ますよ」
「そうか。なら、これを設置しておきなさい。ウォーデン王国からここまで飛ぶには、魔力が消費しすぎて敵わん」
「嫌、と申すなら?」
「それならそれで構わん。だが反抗期があんまり長いと、老体には堪えるのでな。周囲にお前のことを溢してしまうかもしれん」
「設置ぐらいしますよ。適当に置いておきますよ」
「いや、そこに置いておけ。分かりやすいであろう?」
「はあ。そうですか」
魔道具は部屋を一望できる端に設置することになった。脅しばっかりしてきやがって。
また空間魔法を使って消えていったのを見届け、その魔道具を解析する。
ミカルが先生先生と心配そうに呼ぶが、まずは私室に何か仕掛けられていないかも調べてからだ。
魔道具は奴が言った通り、空間魔法の補助のためであった。
今度空間魔法でとんでくるときのために、凶器でも仕掛けておこうかと考える。
ただその対策はしているだろうし、ミカルがいるのに危険なものを置いてはおけない。
それにこの魔道具は使うときは来ないだろう。私への過分な牽制のために、設置しただけだ。おそらく私がクレディアに事情を話すことを想定し、彼女のためにも使われることはない。
もっと別の場所に設置し使った方が危険はないのに、わざわざそうする必要はない。
「さっさと破滅しろ」
クレディアならば、師匠と遣り合えるのだろうか。あんまり期待はしないでおく。
奴からの支配は、私が弟子になった瞬間からずっと続いていた。




