話がしたい
諜報員により知りえた情報はとある決断をするに至った。使いを立てたケルベロスが俺様のいる玉座の間まで戻ってくる。巨体の背には相変わらず元気そうな双子がいた。
「まおー様!」
「呼んだ?」
「ああ、よく来てくれたな。チルン、フラン。二人には極秘任務をつかわす。ファンディオナ大公国まで行ってきてくれるか」
「極秘任務!?」
「いくいくっ」
「じゃあ頼んだぞ。……いいか、極秘任務であるからには俺様以外は誰にでも秘密だからな。行先にクレアがいるが、お前ら二人がいることも知られてはならん」
「挨拶もしちゃ駄目ってこと?」
「そうだ。いつも通りキシシェには付いて行ってもらうから、一緒に行動するんだぞ」
「分かった」
「任せといて!」
任務内容を伝えた後、わーいと走り去っていった。入れ替わりに補佐官のビナチュリーナがやって来る。
「……魔王様、何を企んでいるのですか」
「なに、現状を変える一手だ。うまくいかなかったらクレアに後始末させる」
事が済んだ後に説明してしまえば、渋々ながらもやってくれるだろう。精神魔法を使うには抵抗感があるようだが繰り返し使うようになっているし、叶えたい夢を考えたらそうせざるを得ない。
「何でもかんでもあの子に頼りすぎでは? またゼノ様に殴られますよ」
「ああ。だから告げ口するなよ」
「嫌ならしなければいいですのに」
「そのぐらい価値があることだ。でなければこの国はずっと変わらん」
「具体的には何をさせるつもりで?」
「一国の姫を襲わせる」
「…………御冗談を」
「相手にしてみれば似たようなものだ。さて、どうなることか……」
魔王の責務として、どんなに非情なことであっても利用できるものは利用する。だからこそ結果は伴わなければならないが、先の未来はマデリア王女次第だった。
*
いつも通り学園での友人に会いに行く途中、学園の雰囲気が妙に浮ついているのに気が付いた。生徒の話し声に耳を澄ませば、近日行う学園祭のことである。
私には関係ないことだ。残念だが、その日が来る前に仕事はすべて終えていることだろう。今日には半魔の噂を確かめに行く。
その報告も兼ねて三人には話がしたかった。学園ではよくしてくれて、お陰で諜報が捗った。下手したら別れを言う暇なく、学園から去ることになる。
貴族だからと初めは距離を置く私だったが、またいつか会えたらいいなと思う。そのぐらい、気の置けない仲になった。エブスキーにも、そうできたらいいなと個人的には思う。
「先に話がしたい」
そんなオシム気持ちが表情に表れていたのだろうか。エブスキーが二人に断わって、私を人の耳に届かぬところに連れていく。
「僕と学園を回ってくれないだろうか」
紫を基調としたブレスレットを差し出される。学園を回ることと何か関係性があることを察し、受け取らないままに意味を問う。
「これは?」
「学園祭では男女でペアを組む際、お揃いで同じものをつけ合う伝統があるんだ。当日やその前からも身に付けておいて、ペアがいることを周知する意味合いがある。嫌でなければ、受け取って欲しい」
「……私ね、今日には学園での用事は終わりそうなの」
彼はぐっと歯を噛み締める。緊張が増しているのが、手に取るように分かった。
「やはり、そうか」
「でも、機会を与えるって約束しちゃったからね」
「っなら」
「今度は約束できないよ。私のことで大きな騒ぎにならないでいたらの話になるから、期待しない方がいいかも」
ブレスレットを手に取る。そのまま右手につけると、ピッタリの大きさだった。
「期待はしてしまうからな。騒ぎにならないことを祈っておく」
私次第で学園祭に行けるかどうかが決まる。噂調査は頑張ることではあるが、やる気を出せば出すほど私が学園祭に行きたいように見られるのではないか。
そう考えてしまえば意気込むことはできなくて、変な気分のまま件の研究室の前に到着する。
コルネリア教師は授業をしに出掛けたことは確認済みだった。
金属製の扉には鍵がかけられている。それを無理に開ければ撃退のための攻撃魔法が飛んでくる仕組みまで組み込まれているのが、部屋に刻まれた魔法陣である。
攻守優れていると褒めたいところだが、生徒が悪戯心で入り込もうとした場合は想定しているのだろうか。アイゼントがする直前で止められて良かった。
そのときコルネリア教師は研究室内から出てきたとのことなので、よほど警戒しているか、察知する魔法がかけられているかの可能性が高かった。
授業の場にいる彼女が駆けつけてくることを念頭に置いて、魔法陣の無効化に挑む。携行に優れた杖を取りだし、魔法陣に魔力を注ぎ込む。
光り輝くが、魔法発動のためではない。一つ一つ丁寧にも急ぎで、効能を止めていく。半刻も経てばまた復活するが、破壊まではする必要のないことだ。時間は要するが、事を大きくしないようにする。
一時的に無効化し、鍵穴に合わせて氷魔法で鍵を作成する。ガチャリ、と音が立つ。ここまでは予定通りだった。
「さて、本当にいるのかな」
研究室は整理整頓が行き届いた状態であった。噂にあった解剖はしていないらしく、文字を綴られた紙が多い。とはいえここでは理論というだけで、紙にはスケッチされた魔物が見られた。
コルネリア教師の噂から想定していた人物像とは大きく異なった部屋の在り様である。
私は興味を持ちつつも、目的を果たすため魔力探知をかける。魔法陣で阻害されていたので、現状ならいくつも反応が返ってきた。魔石が数多くある中、一つだけ人の魔力がある。
机の下に隠れるその者は小さな男の子だった。薄紫色の髪と瞳は半魔を意味している。
「初めまして。私はクレディア。貴方は?」
震え、涙を浮かべる子どもに対してしゃがみ込んで、高さを合わせる。偽装の魔法を解除してしまえば、紫紺の髪が視界にちらついた。
「……ミカル」
「そう、ミカル君ね。どういう理由でここにいるか、説明できる?」
少しの安堵を見せ、おずおずと机の下から出てきた少年は言葉を探しているようだった。辛抱強く待っている間に、扉の方から大きな音が起こる。
「随分とお早いですね」
「……お前、何者ですか」
私は男装姿に戻してある。生徒に見えているだろうが、魔法陣の無効化するのは学園内で優秀であるアイゼントでもできなかったことだ。
早々に見破ってみせて、コルネリア教師は杖を向けてくる。肩から大きく上下させていて、荒い呼吸だった
「先生。この人、魔女さんだよ」
私はこの子を庇うように立っていたが、ミカル君は彼女の元にかけていった。
コルネリア教師は杖を下ろさない。面目が立たない私は、苦笑してしまった。
「一旦話でもしますか? 争うのはそれからでも遅くはないでしょう」
杖がなくとも魔法は使えるが、争う意思はないことを示すために床に置く。
「……魔女である証拠を見せてください」
「これでいい?」
少年には二度目の姿を曝け出す。コルネリア教師ははあーっと深いため息をついて、ソファアに座り込む。どかりと大胆な様だった。
「貴方も腰を下ろしなさい。お茶請けなどのもてなしはないので、期待しないように」
「ええと、ありがとうございます?」
豹変した態度に戸惑いつつ、手近にあった椅子に座り込む。ミカル君はいそいそと彼女の隣にいった。
「さあ、無断でこの部屋に入り込んだ相応の理由を聞かせてくれますか? 私、他人に私室に入り込まれるの大っ嫌いなのですよね」




