憂え
それから学園では数日間、マデリア姫について集中的に情報収集した。
彼女は落としたまま逃げ去ってしまった本を、結局日を改めて借りていた。帳簿に昨日の日付と名前、本のタイトルが書かれてあったし、寮の部屋に侵入したときも机に積まれていた。
寮は警備を抜けることは簡単で、彼女の部屋なんかは魔道具なんかも設置されていない、一国の姫にしては無防備なものだった。
寮の構造や部屋から分かる彼女の気質、ストレートな言葉はないものの心が燻られるような添島くんとの文通内容などを見ていく。学園がある日とない日の過ごし方も、接触しないで集められる情報は全て調査していった。
分かったことは事細かく書簡にして魔国に送っておく。どう役立つかは私の預かり知らぬことだった。悪いようにならなければいいな、と私は思う。
人付き合いが得意でなく、魔法学園であるのに魔法を失敗してばかりしていた。生きづらそうな人だ。それでも彼女なりに精一杯、事に取り組んでいて応援したくなるような人だった。
情を移しつつも、一先ず王女の調査は終える。後残りは半魔の噂とヘンリッタ王国の貴族である友人についてだ。
前者は王女の授業で担当していたので教師の顔と受け持つ授業を既に調査済みで、残るは研究室か本人に半魔がいるかどうかの事実確認だけだった。
後者は交流を重ねて、仲は深まっていると思う。あちらはぐいぐいとくるので、押され気味な私の緊張が解けてしまえば気安さができた。ヘンリッタ王国の内情についてはまだ訊けてもいない。どんな訊き方をしても、直ぐ察されそうだからだ。
私の性根が足りないだけである。ぼちぼちやらねばと思い、もう直接的に訊いてみる。
「ヘンリッタ王国と魔国ファラントって、友好を結べると思う?」
「それは仕事か?」
「うん」
「申し訳なさそうにしなくていいぞ。そうだな、互いに情報交換でもするか」
「お手柔らかにお願いします」
「それは保証できないな」
猛獣に食われる草食動物になった気分である。取り敢えず王国の事情に一番詳しそうなアイゼントに一対一に立ち向かいに行ったのが過ちだった。使者を送っていることは秘密にすべきことなので仕方ないことではあるが、婚約者であるチェイニーにも立ち会ってもらえばよかったと後悔する。
とはいえ不慣れな私に、彼は先に情報を公開してくれた。
「確か使者については知っているんだよね」
「ああ。父上から伺っている」
「なら話は早いね。魔国についてどんな意見が出てるの? 否定的な意見が強かったりする?」
「いや、半数以上は肯定的だぞ。使者の魔族が人族の姿に似ていて礼儀が備わっているのもあるし、魔国とは国を三つ挟んで位置しているからな。危険は低いと、まあ正直に言えば侮っていることも理由にはある」
「じゃあ国交は結べる?」
「それは分からないな。王の意向によるし、民の不安がある。それだけ利益があるかによるな。それさえあれば民の不安はどうにかなるし、否定的な貴族なんか手のひら返しだろうさ」
「王様はどう考えているの?」
「さてな。会議では静観している。父上は何か考えを聞いているだろうが、私はそこまでのは知らない。だが、魔族の真意が何かによるだろうな」
「真意もなにも、事情は説明されていると思うけど……」
「どこまで話を信用していいか、裏付けが一切できないからな。魔国はこちら側に行き来できるが、こちらからは魔国側に行くこともできない。これは大きな問題とされている」
「ああ、なるほど」
なら王国の使節を招いて、魔国を知ってもらえば問題は解決するのかな。
私は政治については疎いのでなんとも言えないが、解決策が見えて来たのではないか。
真意については一先ず、私から魔王様の意向を語っておく。
歴代の魔王のような破壊願望や世界征服は考えていない、国民をよく思ってくれる方だ。無理難題を言ってはくるが絶大に人望はある。
アイゼントからは魔国の今後の意向について訊かれるが、知らぬことは答えようがなく、魔国の勢力についてに変えてもらう。
魔王様が頂点なのはいいとして、その下の幹部のことだ。魔族は個々の力が強い中、幹部級となれば相当な強さとため重要視されるし、人国に置き換えれば貴族のような立場である。
戦争で名の売れた幹部しか知らないようで、名前やどういった人物、力の強さなど問われる。
「でも、どこまで言っていいのか私じゃ判断できないんだよね。確かモンディエさんとザッカルさんは武勇伝多いし、知られているよね」
「『金剛の破壊者』と『六臂の豪気』か」
「初耳だ。凄い強そうな名前だね」
能力や気質が本人の通りで、言いえて妙である。
「クレアにもあるぞ。『性悪の魔女』だ。これまでの所業が性悪であること、男を性的に誑かすことと、二つの意味がある」
「それ、本人に言う?」
頭を抱えて、泣きたくなる衝動を抑える。性的にとか、絶対あの指名手配の似顔絵が関係している。私は実際あんなに大人っぽくないんだよ。波旬の復讐で顔を曝しはしたが、夜なこともあって事実が広まっていない。
活動するには都合がいいことだが、心が折れそうになる。
「風評被害だ……」
「そのぐらい、クレアの名も知れているってことだ。まあ、一部のマニアに囁かれていることで、『魔女』の方がよく言われているから安心してくれ」
「マニアってなに!?」
「それは置いておいて、比べたらどっちが強いんだ?」
「…………負けたことはないよ。命をかけてまでは分からないけど、それでも私が勝つと思う」
「クレアは本当に異次元だな。公爵家にこないか?」
「さらっと勧誘しないの。後は私のお父さんとか? ゼノって名前なんだけど」
「前線まで出てくる先程の二名に比べれば知名度はとても低いが、噂では相当強いと聞いたことがあるな」
「ふふん。流石私のお父さん」
「クレアの強さは父譲りなんだな」
「お母さんも強いよ?」
「人族にして味方している方だろう。幼少時代、我が領にいたらしいな。一度会って見たかったものだ」
後のことは問い合わせてから情報を公開すると約束し、話は終える。
後日届いた書簡には、直接聞いてしまったのかと呆れられた文があった。そこまでぶっちゃけることができるほど、仲がいいとは思っていなかったらしい。魔王様の自筆だった。
そこに同封してあった手紙を、アイゼントには渡しておく。
これにて学園でやるべきことの一つが終わった。後は半魔の噂だけである。
研究室に入り込む算段をつけておく。あの強固な守りを破ることはできはする。時間はそれなりに必要になるので、授業を行っているタイミングで実行だ。
憂いは半魔がもしいるとして、生存率の低さである。噂が発生したときからは一か月以上も過ぎているので、もし実験体とされているならば生きていない方がおかしくない。最悪の想定をし、覚悟は事前に決めておく。
他にも憂えはエブスキーのこと、そして勇者のことにあった。
王女が借りようとしていた本を読んでいた際、疑問に思ったことを魔国に問い合わせていた。
気になる点があったのだが、勇者の数が異なっていたのだ。魔国側では六人と観測しているのに対し、五人となっていた。アイゼント達にも尋ねたが五人といっている。
魔国側の答えは歴史から抹消されているからだろうとのことだった。
初代勇者はあまりの強大な魔王だった故、異界から力を付与して招喚された者である。女性の剣士だ。暗黒時代に龍すらも仲間にして光をもたらした存在として、勇者のなかでは一番有名どころである。過去に私が絵本で呼んだことがある人物だ。
二代目はこの世界の住人による、唯一の勇者だ。
三代目は魔法使いの男である。この二人は初代と比べて文献が殆ど失われており、この他に特筆すべき内容はない。
四代目はモアーヴルさんが仲間であった、男性の剣士だ。数多くの末裔を残したことで、現在でも影響を残している。勇者に巻き込まれ、一人の女性と共に招喚された。
五代目が、件の歴史から抹消された男だ。どうやら人国とは反りが合わず、勇者であることを放棄して勝手気ままに行動していたらしい。魔国に旅行しにきていたのを、一部の魔族が証言していた。
そして最後の六代目には、この私となる。死した状態で添島君と共に招喚された。おそらく魂と肉体が乖離し、新たな肉体に宿り転生している。イレギュラーな存在だ。
五代目に関しての疑問は解決し、憂えに関してはそこから発展したところにある。
全員が早死にしているのだ。魔王と討ち死となった者を除外しても、五代目でも五十は生きてはいない。
光魔法を扱えることは魔王と対峙することで必須の能力であり、あるからこそ勇者と言われる所以である。だから銘々が保有する魔力は決して少ないことはないはずで、魔力があればあるほど長生きをするのがこの世界の体のつくりだ。
そうであるにも関わらず、五十はあまりにも短い姓である。人族である賢者グローサー・ライザッツは現在、百五十を超えている。老爺の外見であるが、百のときにはまだ若い姿を保っていたと聞く。
異界の体は魔力を得てしても、寿命が変わらない。また短くなってしまうのだろうか。魔王との戦いで消耗してしまっていることも考えられる。
だが、その他の理由があったりするのではないか。えも言われぬ不安感が私にはあった。
絵本では、勇者はいつも魔王を斃したところで完結している。その他の文献では褒美としてとある島を所領として与えらていると述べられているが、その一つしかなかった。
魔国での情報は既存であるので人国側の情報に頼るしかないのだが、魔法学園の蔵書では勇者関係についての情報は乏しかった。
どうすることもできず、不安は大きくなる。
「でも今は、エブスキーの方が重要だよね」
用事は速くても明日には済みそうだ。心を傷つけないで告白を断れたらよいものだが、どうにもできないことである。
「悪い人ではないけど……」
友人の位置づけにある彼に考えを費やす。
好きになっていたら、こんなに悩む必要はなかったのだろうな。




