おばあちゃんの弟子
門から少し歩いたところに、私達が住むところとなる家はあった。
建てられてから長年経っていることが分かる使い込まれた家ではあったが、丈夫に作られているのかしっかりとした印象を受けた。
そして家の前には看板が置かれていることから、薬屋としても使われていることが分かった。
スノエおばあちゃんは家兼薬屋の扉を押し、かららんと音を響かせ中に入っていった。
私も躊躇いながらもそれに続く。
入って直ぐにカウンターの奥の棚に置かれている数々の薬に目を引かれた。
色鮮やかで透明な液体が瓶に容れられ、店内を照らす光を反射し輝いて見える。
種類は豊富で、ほとんどが見たこともないようなものだった。
なかには黒っぽい濁ったような色をした怪しげなものもある。
他にも植物が観賞用に飾られていたりして見ていて飽きない。
私は店内をぐるりと見渡していると、とたとたと軽やかな足音が聴こえてきた。
それは店の奥からのようで、ガチャリと扉が開けられて出てきたのは私より二歳ぐらい年上の少女だった。
「お帰りなさい、スノエさん。えーと、その子が?」
「遅くまですまないね。この子が朝言っていた娘さ」
ずいっと前に出され、挨拶するように促されれる。
私は事前におばあちゃんに二人の弟子がいることを教えられていた。
だが思っていたよりも幼い女の子だったことに、多少戸惑いつつも挨拶する。
「クレディアです。これからお世話になります」
私はおばあちゃんの家で暮らすことにあたって、仕事の手伝いをすることになっている。
人手が足りないようで、使えるもんはなんでも使いたい現状だそうだ。
これから何度も顔を会わすだろうから、好印象に映るようしたがどうだろう。
フードを被っているが、怪しいとか失礼な奴だとか思われてないだろうか。
「私はエリス。弟はいるけど妹はいないから、うれしいよ」
にっこりと花のように笑う様子から、心からの言葉だと分かった。
こんな顔の見えない人にそう言ってくれるなんて、なんて心が綺麗なんだろう。
私だったら絶対に怪しむのに。
「スノエさん、帰ったんですか?」
また店の奥にある扉が開き、背の高い男が登場する。
この人も弟子だろうか。
「あれ、だれです? そのちっさい子」
男はそう言う。
私のことは知らない様子だ。
「あんた……話を聞いてなかったのかい?友人の娘の子さ。朝話しただろう?」
「なんか話していた気がしますけど、薬の調合で忙しくて……」
「ニト、忙しくてもちゃんと話は聞かないと。それだから頼りないってよく言われるんだよ」
ニトと呼ばれた男は、二人に呆れたように見られている。
これだけでなんとなく人柄が分かる構図だ。
だけどそこには良い関係が築かれている。
「ああもう、そんなこと言われなくても分かってますよ。気にしてるんですから。
ええーと名前は………そう、クレディアちゃんね。俺はニト。一緒の家で暮らすことになるのかな?これから宜しく」
スノエさんの家ではニトさんも住んでいるようだ。
エリスさんは家が近いようで自宅から通っているようだが、これまでいたらしい弟子は共に住んでいたようだ。
なら私もスノエさんの弟子のような形になるようなものだろうか。
年の近そうな幼いエリスさんはともかく、ニトさんは先輩とか言ったほうがいいのだろうか。
丁度、高校生男子とニトさんは雰囲気が似ていて先輩と呼んでも違和感はない。
「よろしくお願いします。ニト先輩」
「先輩!?あと女の子!?」
先輩は予想以上に驚いていた。
男と勘違いされていたことは、服装や荷物の多さ、初めて言葉を発したことから不愉快はない。
顔を隠しているし。
だが先輩呼びは駄目だろうかと思ったが、戸惑いながらも喜んでいるようだった。
「響きがいい」「頼りになる感じがする」と先ほどから呟いている。
嫌がっている様子ではないのでほうっと息を吐いた。
「私はエリスで呼び捨てでいいよ」
先輩は放って置かれ、にこやかにエリスは言う。
笑顔が似合うなぁと和んでいると、「負けないから」と耳元で小さく言われる。
ん?とよく分からなくて首を傾げていると、視界に先輩がいることを見て何のことか理解した。
「エリスは先輩のことが好きなんだね」
「声が大きいよ!?」
エリスの方が大きいと感じたが黙っておく。
幸い、先輩は未だ自分の世界にいて私達のことは気付いてはいない。
「大丈夫。ニト先輩のことは何にも思ってないから」
あえていうならいい人そうだなという感想だけ。
嫉妬したんだろうなと思う。
初対面の私でさえ、先輩の舞い上がりは凄いと分かる。
私は前世から恋はしたことがないし、正直にいうとよく分からない。
だが恋する乙女の大変さは、友達や読んだことのある本の内容からなんとなく分かる。
先輩を奪われないように必死な様子に思わず生暖かい目で見ると、早とちりをして自分の好きな人がばれてしまったエリスは顔を真っ赤にしてもじもじと恥ずかしそうにした。




