罪な女
「ほら、しっかり歩け。おぶられたくないんだろ?」
「うん……流石に、恥ずかしいから」
贈りものは全て購入したことで、どっと眠気が襲い掛かってきた。普段も夜更かしはするが、徹夜は初めてのことで歩きながら眠れてしまいそうである。
荷物は魔法の鞄で仕舞い込んでいるので安心だった。ただ物取りにはあわぬよう、肩から下げている鞄のベルト部分を握りこんでおく。片手はハルノートに引かれるがままになっていて、端からすれば幼子のようで既に恥ずかしい状況にあることには今の段階では気付けなかった。
「クレディア?」
そんなきに彼と遭遇した。丁度私達が留まる宿から出てくるところであった。
「エブスキー? なんでここに……?」
「会いたかったから。その、今日は学園で顔も見なかったからな」
「そっかあ」
真っ直ぐな言葉だとぽやぽやとしながら考えていると、急にエブスキーの姿が見えなくなった。ハルノートが遮っていて「誰だあいつ」と低い声を出す。
「誰って、エブスキーだよ。そういえばまだ話していなかったっけ?」
「クレディア。僕にもその男を紹介して欲しい。といっても予想は付いているが」
「ハルノートだよ。私の冒険者仲間なの」
「そうか。だが、それにしては距離が近く見える」
「これは……ハルノートが優しいから」
面倒だろうにわざわざお世話を焼いてくれている。
私は眠たい目をこする。紹介はまだまだ不十分だが限界だった。宿が目の前にあるという魅惑があるのもいけない。
「ごめん……紹介は明日でいい?」
「お前はもう寝てこい。部屋まで送っていく」
「ありがと……」
「クレディア。押しかけてすまなかった。また明日、楽しみに待っている」
「ん。またね。……わっ」
「ったく、見てらんねえな」
敷居をまたぐことを忘れてしまって転びそうになるのを、ハルノートが阻止してくれた。そのために抱きかかえてくれたのだが、そのまま階段を上がって部屋に直行する。
横向きで上半身と下半身に腕が回されていた。落ちないようにしっかりと抱え込んでくれていて、体温が伝わってくる。
「これ、おんぶじゃないけど……」
「あの野郎しか見てねえからいいだろ」
「なんか、嬉しそうだね?」
というか、あくどそうな笑みだ。
すると、むっと口を形を変える。
「嬉しくはない。気分はいいが、悪い方だ」
「なにそれ。意味わかんないよ」
だが、ちょっとおもしろい。
体温が暖かくて意識が薄れていく。ロイとまた何か言い合いつつ、寝台にまで下ろされた。バタンと扉が閉まった音が眠る直前の記憶となる。
次に目が覚めれば、もう未明でうっすらと空が明るくなっている。日頃の疲れもあってか、いっぱい寝てしまった。
ロイとリュークを起こさないよう、静かに携行食をつまみつつ作業をする。届いていた魔道具の供給は全て終わらせてしまって、ここまでで得た情報を書簡として紙に纏める。
魔道具は人国で活動している者には送り済みだ。後は魔国に保管する用なので、ついでに書簡も第一報として送ってしまうことにする。机にちょこんといる夜禽に預け窓を開けてしまえば、あっという間に姿が遠ざかっていった。
後は細かな作業をしている内にロイが目覚める。
「おはよう。いつもこんなに早いんだね」
「はい。もう体調はよろしいのですか?」
「ばっちり」
「それはよかったです」
ロイは朝に強いらしく、はきはきと答えて身支度を済ます。いつも通りのメイド服になったところで、徹夜の件は怒られることになった。
「主はもっと自分の体を大切にするべきです。昨日帰ってきたときのことは覚えていますか? あんな状態になるまでハルノートに付き合わなくてよいのです。後、私も主とデートしたかったですっ」
「デートって、ロイはおませさんだね。買い物なんてこれまで何度もしていることなのに。はい、これ。日頃のお礼。いつもありがとうね」
「あ、主……っ。ありがとうございます! 家宝として大切にします!」
「ちゃんと使ってね? 飾ったり、持ってみたり……うん、ロイはかわいいね」
私の望みは達せられた。ロイとぬいぐるみのツーショットである。ぬいぐるみに似た柔らかい髪に触れ、よしよしと頭を撫でる。
「ガウ―」
「おはよう。ちゃんとリュークもあるよ」
「ガウガウ!」
「朝ごはんがあるからまだ駄目。この果物、特産品で数が少ない貴重なのものだから、ゆっくり味わって食べるんだよ」
「ウー!」
喜ぶ顔が見れて私も嬉しくなる。
ハルノートの分は学園での諜報が終わった後でいいと言われているので、完成したときが楽しみだ。そのための手芸の腕が私にあるかは分からないが。解れた部分を手直しするぐらいしか経験がなかった。
「いいか、エブスキーには極力つるむな」
なんて無茶な。
ハルノートは朝から渾渾とそう言い聞かせてきた。エブスキーについて説明しようとしたが、あれから私を送った後互いに話したらしい。だから彼にも説明する必要はないと、ご機嫌斜めな様であった。
「ハルノートって、相性悪い人の方が多いよね」
「いえ、これは相性のよさがどうこうの以前の話ですよ。……主、男がピアスを贈るその意味を知っていますか?」
「知らない。どういう意味?」
「言ってしまえば独占欲です。今回のこともそうですが、前からあのエルフは勝手なことが多いですよね」
「確かに?」
「多いのです。いいですか、主。なによりも自身のことを一番に考えてください。相手の気持ちを思いやるばかりで、自分のことを疎かにしては駄目ですよ。嫌なら嫌、とはっきり断るのです」
「なんか話が飛躍している気がするけど……うん、分かった」
というか、元より無理な話だった。エブスキーとの付き合いは、アイゼントの友人の関係によりしないではいられない。恋仲の方は依然、断るつもりではいるが。
昨日のこともあり、学園に来て最初にエブスキーにと会いに行く。彼は真っ先に私の身を心配した。
「クレディア、ハルノートに何か変なところを触られていないか?」
「全然そんなことないよ。それより、ハルノートに何か失礼なこと言われなかった?」
彼は誰に対しても突っかかっていくような感じがある。エブスキーは明らかな作り笑いをする。
「言われたが、僕自身も色々言ったからな」
「ハルノートは言葉が悪いだけで、性格はまあ、そこそこは悪くないんだよ。だからあんまり厭わないであげて」
「ごめん。それは無理だ。……あんなに気を許しているのを見て、嫉妬しないでいられないんだ」
不仲の原因が私にあると知り、顔が一気に熱くなった。惑ってしまってエブスキーも見ていられなくなり、私は距離を置いて傍観しているチェイニーとアイゼントの元に緊急避難しに行く。
彼女は「あらあら」と愉快そうに声を上げた。
「……なあに」
「不満そうにしないで。恋愛はね、するより見ている方がとっても楽しいものなのよ」
「って言ってるけど?」
「チェイニーは二人っきりのときは甘えてくるぞ? 照れ屋だからな」
「誰がそんなことをするって? ぶん殴るわよ」
「ははは。まあ、それよりもエブスキーに何か言ってやれ。流石に憐れだ」
「…………うー」
「じゃあハルノートのことはどう思っているんだ」
「大事な仲間」
「恋愛感情では見てないのか?」
「そういうのじゃないよ。だって……ねえ?」
「だっての意味は分からんが、そういうことらしいぞ。良かったな」
「気を持たせるなんて、罪な女ね」
「あっ。そういうつもりで言ったんじゃないっ」




