でえと
学園の制服には不自然なのでしていないが、普段の男装には帽子を被っている。食事中外していたことから位置を調節していたのを待って、彼は手を繋いだ。
先程私が一瞬記憶を飛ばしていたのもあって甲斐甲斐しい。甘やかしてもらいつつ、早速雑貨屋に入る。
「ハルノートは結局欲しいもの考えた?」
「パッと思いつくのが食いもんか酒なんだよな」
「やっぱり消費物かあ」
そうはいいつつ、ハルノートも一通り商品を見ていく。
「ロイには形があるものがいいなって思ってるんだよね。ペンとか、結構マメに日記つけてるし」
「へえ。らしいっちゃらしいな」
「野外では書かないけど、宿とかではね。でも実用品じゃなくて、もっと女の子っぽいかわいいものの方がいいのかな」
まず女の子が好きそうなのはどんなのだろう。
私自身女なのに疑問を持ちながら探していく。私は魔法関係のものとかなら詳しいが、そういう普通の女性が好きそうなものには前世も含めてあまり接してきてはいない。
うんうんと唸りつつ、装飾品の置き場にまで巡っていた。大きなリボンのついた髪留めを一つ手に取り、いたずら心で彼に合わせてみる。
「あはは。かわいいよ、ハルノートちゃん」
「うっせえ。……ほら、こういうのはどうだ?」
今度は私に合わせられる。見せてもらうって、「うーん」と首を捻る。
「ロイにはちょっと大人っぽすぎるかも?」
「お前の好みでは?」
「私? 嫌いじゃないよ」
「ふうん」
置いて、次の装飾品を見ていく。ロイとは普段は仲が悪いのだが、今日はどうしたのだろう。中々表に出さないだけで仲間を大切に想う気持ちは持っているだろうが、そういう理由ではない気がする。
疑念だったが、今度はピアスを合わせられて店員に包むよう言っているのを見て流石に察した。ロイはピアスを開けてはいない。
「ほら。やるよ」
「わ、悪いよ。だって今日は私が何かを贈りたかったのに……」
「それとこれとは話は別だ。俺はお前からの贈りものを貰うつもりだし、だからクレアも素直に受け取っておけ。俺のはただ、丁度お前に似合いそうなものがあって、金も持ち合わせていたから買っただけだ。それに魔道具身に付けるためだけにピアス開けてんのは味気ないだろ」
私は変装するための偽装の魔道具をピアスの形にして身に付けている。それは幼少期からで、人国にいる間は滅多に外せないものだった。
だが、今では魔国に限って半魔であることを隠す必要はなく、魔道具をずっと身に付けていることもない。
気を抜けとか、そういう意味で気遣ってくれたのかな。自分を着飾るようなものを貰ったのは異性では初めてだった。
「ありがとう」
「おう」
照れくさく居た堪れなくなって、店を変える。
まだまだ私の目的は果たしていないので、あれやこれやと気分を変える目的で様々な店に入った。その際、話題も変えておく。
「そういえば勇者関係の本を読んだんだけど、多分モアーヴルさんっぽいエルフがいたよ」
ハルノートの育ての親のことである。歴代勇者の中でも有名どころの勇者の仲間であったようで、結構詳しく書かれてあった。
「『勇者カイトの英雄譚』に水の精霊と一緒に登場してたんだけど、読んだことある?」
「いや。本なんて読まねえからな。だがじじいから昔話を聞いたり話されることはなかったから興味はある」
「『カイト』って名前の勇者だから、多分私と同じ日本人っていう人種の可能性が高くてね。添島くんみたいに勇者じゃないけど巻き込まれてしまった女性の転移者もいたみたいだよ。その方も含めてカイトさんの仲間になって、魔王を斃して讃えられたみたい」
そのときの魔王は現在の魔王様と異なり、知性はあったものの本能も強かったことから残虐性が高く、正しく世界の敵であったので、私は思い入れなく語る。
モアーヴルさんは以前直接会ったときは泰然とした印象が強かったが、物語の中ではその格好よさを引き立てつつ若さに見合った活発な一面も込みで書かれていた。
エルフとして弓も使えるようだが補助に留め、精霊使いとして戦いの場面を飾っていた。ハルノートは一般的に精霊使いなのを隠して主に剣と弓を扱うので、そういった違いを比べながら読むのは面白いものであった。
「そういや勇者の末裔がいるって聞いたことあるが、その勇者が起源だったりするのか?」
「うん。そうみたいだね」
一夫多妻であったことから子沢山で、現代でも血が受け継いでいる者が大勢いる。日本人だと仮定して、妻をたくさん娶るのには抵抗感はなかったのだろうか。
男の人としては嬉しいことなのかな。そもそも七百年前のことなので、同じ日本人でも感性が異なっていそうだが。
それにしてはカイトという名前は、昔の時代につけられた名前のイメージはなかった。
私が生きていた時代には一人二人は聞いたことがあるが、もしかして地球とこの世界の時間の流れに差があったりするのだろうか。その辺りは他に文献がないと検証できないので、推測の域のままとなる。
「にしても、徹夜までして読んでたんだろ? 連日学園にも行ってるし宿でも魔力注いだりしてて、仕事量多くねえか?」
「やらなきゃいけないことは多いけど、その日に働く配分は私が決めてやってることだよ。期限はいつまでとか言われてないし。ただ半魔のことについては速い方がいいからね」
後は、エブスキーの恋愛絡みもある。拒めるだけの非がなく逆に誠実なよい人だ。
最初に告白を断れなかった私は、速いところやるべきことを終えて諦めてもらう方向に考えをシフトしていた。
エブスキーに悪いとは思うが、そういうやり取りだ。ドキドキはするが、これは慣れぬことをされて戸惑っている類いのものである。
ヒューはこの辺りにいないのかなあ。彼は情報がいらないときにはいて、欲しいときにはいない。
情報屋の腕前は高いものだから学園内のことも期待できるが、彼の身は一つである。ソレノシア学園は彼をよく目にしたウォーデン王国でなく、その隣り合うファンディオナ大公国にあった。
空路から来た私と違って、ヒューは陸路なはずだ。自分の手で情報を集めるしかなく、その終わりはまだ遠い。
ハルノートには「休めるときは休め」と小突かれつつ、ついにロイの贈り物は決まった。
犬のぬいぐるみである。犬だが、狼っぽいデザインだ。
決めては女の子が好みそうなかわいらしさもあるが、ロイが持っているのを見たかった。私の願望に比重が大きいことは内緒である。
私が欲しいものが欲しいものと言ったのはロイだ。文句は言わないだろう。しめしめ。得意気になっておく。
「後はハルノートのだけだよ」
色々な種類のお店に入った訳だが、そこには彼の眼鏡にかなうものはなかった。
ただ今現在は窓越しに商品をじっと見ている。
「お前って手先器用だっけか」
「そこそこには」
魔道具作りで細かい作業をよくしていた。
だけど手芸は専門外だよ。布や糸などの衣類の素材を取り扱う店を、彼は見ていたのだった。
「ジジイの話されて思い出したんだが」
「うん」
「あいつら、お守りとしてよく編み紐で作ってたんだよな」
「エルフのこと?」
「ああ」
「私、手慰みでもしたことはないからね?」
「俺が手ずから教えてやるよ」
「よろしくお願いします」
顔を見合って一拍置き、私達は笑った。
耳の先がほんのり赤くなっていて、素直じゃない彼には難易度が高かったのかなと内心思う。
「お守りは大切な人に贈るの? 友達とか、家族とか?」
「そうだな。後は守人にもやったりする」
「じゃあ私はかけがえのない仲間のために贈るよ。多少歪でも許してね」




