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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
ソレノシア学園

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275/333

「クレディアはこちらの姿でも美しいのだな」

「あ、ありがとう……?」


 どうにでもなれ、というやけくそ気味で来た学園で、エブスキーから開口一発目に口説かれる。男装姿の私はいわば自分で作った姿なのだと、割り切れる内容であることがまだ幸いだった。


「ふはつ。意識してもらえてるじゃないか。脈ありでよかったな、エブスキー」

「うるさい。揶揄うな。クレディアに迷惑だろう」


 軽いやり取りに、友人でも互いに気の置けない仲なのだと知る。口付けされた件で警戒する私はチェイニーを盾にするようにして、彼からは距離を置いておく。


「あら、かわいいこと」

「皆していじめないでっ」


 伸びてきた手は躱しておく。まるで警戒心の高い猫のようだと言われ、ならば易々と手懐けられたりはしないと心に留める。


 昼の時間をもらい、エブスキーを加えた三人と学園で落ち合っていた。朝から学園に潜入していた私だが、一人で行動するには迂闊だと、彼らの好意もあって手を借りることになっていた。

 半魔の噂の情報収集には人の話を聞くのが基本であるし、また彼等とは仲良くしておけというのが魔王様から押し付けられた一つの案件に関わってくる。


 三人はヘンリッタ王国の貴族である。対して私はアイゼントの家門が治める領地で住まわせてもらった過去はあるが、現在は魔国の領民だ。そして魔王様は秘密裏に使者を送る程には積極的に、魔国と人国の外交を持とうとしている。

 私はその橋渡しとして期待されているのだ。

 アイゼントは公爵の階級で、かつ現王の弟である父を持っていて重要人物である。男爵のチェイニーと侯爵というエブスキーは外交の話を聞かされぬ立場かもしれないが、仲良くしておいて損はないと言われていた。


 先方には印象よくし、そしてあわよくばヘンリッタ王国の内情を訊いてこい。

 なんて無茶ぶりなのだろう。それにエブスキーはさておき、二人とは貴族であるとはいえ友人関係にある。探りをいれることは気が進まない。



 ぼちぼちやることとして、まずは半魔の噂についてである。

 ソレノシア学園で半魔を目撃したと騒いでいる人がいた。その噂に関して話を集めてきてくれたそうで、私に教えてくれる。


「目撃したのは一年生みたいね。入学したての頃、紫色の髪をちらりと見たみたいよ」

「一人だけ?」

「ええ。だから噂止まりで、全く信じられていないわ」

「人付き合いが苦手で、実家が名もない町民だからな。嘲笑されたことをきっかけに、言いふらすことはなくなった。だが相当鬼気迫る様子だったらしいぞ」


 一人ではここまで知るには難しく、時間も要することになっただろう情報だ。アイゼントなんかは詳細すぎて、舌を巻くレベルである。

 波旬の復讐の地でチェイニーから聞いて初めて知った噂とのことだが、あれからそこまで時間は経ってはいない。

 凄すぎて恐ろしいと思っていると、全部言われてしまったとエブスキーが肩をすくめる。目を合わせることになって、こちらも恐ろしいと心臓が飛び跳ねる。


 どうも口付けされてから、いちいち動きを警戒してしまって仕方ない。

 強さ至上主義の魔族相手に何度か告白されたときは、こんな調子にならなかったのにな。皆軽くて断られたらあっさり諦めていたからだろうか。


 エブスキーが真剣なのは、昨日会ったばかりであるが言動からよく伝わってくる。

 だから私も真剣に向き合わなければならないと思うのだ。恋愛が分からない、する暇がないのは言い訳だって考えさせられるのが悩みどころである。



 半魔を目撃した場所まで歩いていたが、恋文の甘い言葉も思い出してしまって顔が赤くなってしまいそうだ。

 その前に到着したので、さっさと考えを切り替えることにする。


「ここで?」

「ええ。廊下を歩いていたら、その角を曲がっていったらしいわ」

「人気のないところだね」


 角の先は行き止まりだ。あるのは空き教室、物置部屋、そして研究室である。


「一番怪しいのは研究室よ。半魔の噂関係なしに、ね」

「何かあるの?」

「それはだな――」

「今度は僕が言わせてもらおう」

「ど、どうぞ」


 前に出るエブスキーに、若干のけぞってしまう。傷つけてしまったようで、彼はしずしずと元に位置に戻っていた。

 だって急でびっくりして。他意はないんだよ?


「研究室には――変人がいるんだ」

「…………変人、」

「ああ。一応教師ではあるが受け持つ授業を除き、それさえも忘れ来ないときもあるが、研究室に閉じこもって妙な実験ばかりしている。中に入って記憶を保っていられなかった者は数知れず、研究室内でなくとも異臭や物音がずっと鳴っていたりする」

「なるほど」


 つまり、私のお父さんのような人か。父も根っからの研究者であるので、日夜閉じこもって植物を調べつくしている。


 変人はともかく、研究者となら親近感が湧いて来た。

 プレートに研究室とある扉は金属製で、部屋の区切りまで魔法陣が刻んでいる徹底ぶりの守りがあった。ここの教師が勝手に改造したらしい。アイゼント情報で、直接本人に訊き出したらしかった。


「どういう人なの?」

「まあ、研究者だな。興味があること以外はどうでもよく、研究設備が最高だから使っていい条件で教師として雇われているらしい」


 他にも、コルネリアという名前である女教師のことについて、噂を混ぜながら話してくれた。

 分野は生物学で、特に魔物学を熱心に研究していること。魔物を生きたまま解剖すること。魔物よりも恐ろしい生物を作り出そうとしていること。狂人で、よく高笑いやすすり泣くこと。研究室には人を入らせたがらないこと。


「確かに怪しいね」


 あっという間に親近感は消え去ってしまった。

 噂ならまだたくさんあるという話は切りがないのでさておき、研究室に半魔がいてもおかしくはない人物像である。ここまで怪しいのも凄いものだ。


「他の部屋には何もなかったし、研究室に入ってみたいところだけど……」

「性格に難がありながらも雇われるぐらいだから、かなり優秀な手合だぞ」

「流石経験者は説得力があるな」

「入ろうとしてみたの?」

「……ああ」

「見事に失敗したけどね」

「攻撃魔法を試す前に本人が出てきたから引き分けだ」

「破壊しようとした時点で負けだろ」


 まずこんなところで攻撃魔法を放とうとしたところに呆れてしまう。そんなに悔しかったのかな。


 鐘が鳴り響く。昼の時間の終わりを知らせていた。


「どうするんだ?」

「半魔がいて研究材料にされていることを考えると今すぐに入り込んだ方がいいけど、相当厳重だからね。調べつくしてからにするよ。私の存在を曝すことになっても、もっと後がいいし」



 三人とは別れた後、半魔以外の情報収集もしていく。魔法で人々の記憶に残りにくいように細工をしつつ聞き込みをしたり、風魔法を使ったりして噂を集める。


 魔法学園であるから魔法を察されやすいが、闇魔法で隠匿すれば問題はなかった。学園の日常に交じって行動しているので、生徒になった気分になってくる。


「……本当に通えていたら、楽しかったんだろうなあ」


 アイゼントからそうするかと尋ねられた。きっと彼やチェイニーにとって、私は今の時間を諜報で犠牲にしていると思っていそうだ。

 私は自身の夢のために後悔はしていない。だが、こうも近くで見ていれば学園生活に憧れはする。


「でも半魔が普通のことをするには、世界は厳しすぎる」


 誰も傷つかない世界を私は作って見せる。現実的でないなら、せめて種族による差別がないようにしたい。


 エブスキーは人族と獣人を対等にするようになっていた。なら半魔も魔族もできるはずだ。現に彼は私を、その、告白してくれるぐらいには嫌悪感はない。個人としてだけかもしれないが、希望を見たから途中で止めたりはしないのである。


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