見合い
別室をとっているハルノートに「出掛けてくるね」と一声かけてから、指定された場所に向かう。
「なんでハルノートのところにリュークを預けたら駄目だったの?」
「感づかれ、邪魔されますので」
確かにアイゼントから一番最初に紹介したい者がいる話をされた際に邪魔された。
結局連れていくことなったリュークはご機嫌であった。人化した姿で先頭を歩いている。ちなみに場所は把握していない。
「こっちだよ」
「う?」
学園を元に栄えた町では様々な店が展開されており、かつ目的地が入り組んだ場所にあることから迷いやすい。手を繋いで方向を修正しつつ、着いたのは落ち着いた奮起の喫茶店だ。
店員に事情を話せば、相手は既に待っているらしい。奥の方の目立たない席にまで案内してもらうと、学園の制服を身に付けた一人の男が座っていた。
品がある整った顔立ちだ。男は目を見張った後、頬を緩ませる。
「……ああ、ようやくだ」
「?」
「いえ、なんでもありません。今日は来ていただきありがとうございます。どうぞ、席へ」
私とロイはリュークを挟み込んで座る。一対三の形で向かい合うことになった。
「まずは自己紹介を。エブスキー・ランドルハーツです」
「クレディアです。こちらはリュークとロイになります。その、勝手に人数を増やしてしまったのですが、よかったですか?」
「大丈夫です。小龍ですか?」
どのくらいかは知らないが、アイゼントから話は聞いているらしい。
首肯し、沈黙する。どうすればいいか分からなく居心地悪くいると、「さっそくですが」と話を切り出してくれた。
「僕の顔を見て、何か思い出しませんか?」
「…………すみません」
「そうですか」
手紙でもそうだったが丁寧な人だ。文句も言わず眉尻を下げながらも無理に微笑んでいて、私は罪悪感を覚える。
記憶力は悪い方ではないが、本当に知らない男性だ。
「私は見覚えがあります」
だが、ロイはそうではなかった。
「えっ、どこで?」
「私が主と初めて会った場所です。大きく雰囲気が変わっているので、覚えていないのも無理はないかと」
思い出すのは簡単だった。奴隷狩りから助け出したのがロイとの縁である。地下に閉じ込められていて、そこにはロイの他にも大勢の者がいたが――その内の一人に彼がいたのだろう。
じーっと彼の幼い頃の面影を捜し、「あ!」とようやく思い出せた。顔ではなく、貴族という点でだ。
あのときいかにも貴族である少年と、私は話を交わしていた。狼人と異種族であったロイを見下げていたから、どうにか考えを変えてもらいたかったのだ。
私はちらりとロイを見遣る。無表情ではあるが、平気なのかな。今元気に過ごしているが、幼い頃のトラウマに関わってくることである。
エブスキー様は立ち上がり、腰を折る。
「すまなかった。あのときの僕は未熟で、十分な見分もなく人族は尊いものだと思い込んでいた」
「顔を上げてください。謝罪の意は受け取りました」
「……僕がいうのもなんだが、こんなに簡単に済ませていいのか?」
「私にとってはとっくに過ぎたことで、今の今まで忘れていたことですから。それに本心からの謝罪なのは見て分かります」
無事に事は終わり、彼は着席する。リュークは興味ないと言わんばかりに、メニュー表を指差して私に訴えていた。
全く空気が読めていない。もうちょっと待って、というやり取りは丸見えなことから苦笑いされつつ、銘々好きなものを頼む。リュークは果物たっぷりのケーキだった。
人化していても味覚はそのままで、食い意地も張る。見た目が幼児であるから、口にたくさん頬張っていても愛らしいで注意はされない。これで今世の私とほぼ同い年であるから信じられないよ。
「当たり前ですが、成長されたのですね」
「はい。思い出していただいて、僕としては嬉しくも、みっともない気持ちですが。昔の僕は貴方様の教えを得られるまで、高慢な貴族の有様でしたから」
「大袈裟です。私はちょっとした話をしただけですよ。そんな敬称でなく、クレディアとお呼びください」
「では僕のことはエブスキーと。アイゼントと同じように、気楽に話してくれると嬉しいです」
「……うん。分かった」
アイゼントを持ち出されてしまえば、否とは答えられない。それに本当に嬉しそうに満面の笑みをするのだから余計にだ。
互いに敬語なしで、自身について明かしあう。エブスキーは肝心なことは言わないで、話し上手に次へ次へと話題を持っていくので、私からも切り出すのは躊躇われた。
そして、そのときが訪れる。
ぎゅっと、体に力が入ったのが分かった。緊張が伝播して身構えてしまう。やっぱり沈黙は居心地が悪かった。
「初めて目にしたときから、ずっと気になっていた。そんな淡い気持ちは年が経つにつれて強まるばかりで、友に掛け合ってまでこの場を用意してもらった。そしてこうして話を交わさせてもらって、より好ましく思う」
断らなければ。私の気持ちは変わらない。
ごめんなさい、と。きっぱり潔く。
だが、とっても言いずらい。頼んだ紅茶を一口含みたいぐらいに、口の中が乾燥している気がする。
こんなに緊張するものだっだの? 相手の方が緊張しているだろうに、私の頭の中は混乱していた。
とにかく言わなければと口を開くが、先制を打ったのは彼だった。
「機会が欲しい」
「――え?」
「クレディアが僕と同じ気持ちでいないのは承知している。アイゼントからはよくよく忠告されていた。だから、貴方を振り向かせる機会を与えてくれないか」
「え、え、え?」
「期間は学園での用事が済むまででいい。それまでに僕は、好いてもらう最大限の努力をしよう。再度告白をする、そのときに返事を聞かせて欲しい」
椅子に座る私の前に来て、膝をつかれる。
「いいだろうか」
するりと手をとられて、指に口付けされる。あまりの事態に、私は手を引っ込めると共に「う、うんっ」と言ってしまった。
「ありがとう」
もう後に戻れない。ロイとリュークを連れて、逃げ出すように店から出る。
会計は手元が狂ってもたもたしている内にエブスキーが終わらしてしまっていて、なんともみっともなかっただろう。
「なんか予定と違うっ」
「そうですねえ」
生暖かい視線を受けながら、頭を抱える。
私の用事はそれなりに時間がかかる。勇者のときのような人員は派遣されないので、私一人で三つのことを成し遂げないとならなかった。
一つが半魔がいるという噂の調査なのはいいとして、残りの二つだ。どちらも情報収集で、重要な内容なのが負担だった。
その三つに集中するため、最初にエブスキーの紹介を終わらせることはいいことだと私は楽観視していた。だが、逆に負担が重くなっている。
主に学園内での調査になるので、集中だってできはしないだろう。彼は学園の生徒で、私は心が惑わされるからって関わりを拒否するのはできない性格である。
意気消沈しつつ宿に戻ると、そんな私を見かねてハルノートが何事か言ってきたが、今は頭をすっきりさせるためにもベットに入りたい。
リュークを抱き枕のようにして気を紛らわしつつ、目を閉じる。指に灯っていた熱の感覚が、脳裏に焼き付いていた。




