恋文
「どうしたものかなあ」
ほんと、どうしよう。
見上げるはソレノシア学園で、前世で通っていた高校よりも壮大だ。魔法学園として大陸ではよく知られており、各国から将来有望な魔法使いなどが集まってくる。
生前のラャナンに私は行かない、と言っていたことを思い出す。結局来ることになってしまった。生徒としてではなく、諜報員としてだけど。
私を見遣る視線をいくつも感じ、不安から隣にいるチェイニーに確認する。
「もしかして私目立ってる?」
「堂々としていれば問題はないわ」
場所も悪いのだと、すたすたと正門から歩いて行ってしまう。
つまり色々問題があるってこと? 隠密行動は得意だが、それは闇魔法ありきである。こんなに人の目に触れるようなところでは、魔法の効果は半減してしまう。
「私の隣に人がいるのが珍しく思われているのよ」
「……やっぱり別行動しない?」
魔法なしでは半人前なので、これ以上不審には思われたくない。
「駄目よ。これじゃあ制服を貸した意味がないわ」
「バレたら道連れになるんだよ?」
「いいスリルね。退屈だったから丁度いいわ」
どう言葉をつくしても意見は変えられそうになかった。
私は男装姿で、下はズボンの制服を着用している。制服の規則は寛容だそうで、女性でもスカートが苦手な者は着ているものらしい。男性と同じデザインなのだが、本当の男性と比べたら筋肉がなく華奢な私は中性的でどちらにも見えるとのことだ。
借りに行ってその場で着替えさせられた後、チェイニーに言われたことである。エスコートする? と忍びきれていない笑みで手を出してきたのを、顔を背けて無視したのは記憶に新しい。まあ、今日の朝だったからだが。
「似合っているんじゃないか?」
学園内で合流したアイゼントが曖昧に言う。
私としては制服はいいとして、男装姿の仕様である目まで垂れる長い前髪には慣れたが、いつも身に付けている帽子がないので変な感じだ。最近はシャラード神教の者やら指名手配の対策で、昔から使っている紫色を変えただけの偽装姿は使わないでいるので余計そうだった。
「クレアがいる学園生活は楽しみね。何しようかしら」
「私、遊びに来たんじゃないからね?」
楽しみなところ悪いがすべきことがある。半魔がいるという噂の調査の他、ついでと魔王様に色々と押し付けられたのだ。気分が憂鬱な理由の元である。
「これもあるしな」
アイゼントがにやにやとしながら渡してきた手紙にある差出人を見て、更に憂鬱になった。
エブスキー・ランドルハーツ。
ここで初めてフルネームを知ったが、それでもなお心当たりのない人だ。アイゼント直々の紹介したい異性の男性で、会うとやけくそながらにも言ってしまったからには会わなくてはならない。
「後で見てやってくれ。今日の放課後にもと言っていたがどうだ?」
「いいよ。こういうの早い方がいいと思うし」
「振る気満々だな」
正直恋愛のことはよく分からないし、している暇がない。相手には申し訳ないが、お断りの言葉は既に考えてある。
ごめんなさい。きっぱり潔くがいいらしい。
アイゼントとチェイニーは学園の長期休暇を利用して、波旬の復讐の地に来ていた。その休暇後の授業再開に合わせた、潜入調査初日である。
取るべき単位は結構取っていて授業まで時間が空いていることから、学園内を案内してくれた。
「いいところだね」
広々としたグラウンドに清掃された教室、大陸中から揃えた大図書館や整った設備の研究所まである。外から覗いただけだが、ここに頼りになる教師、気の合う友人がいれば勉学に励む場とは最適なことだろう。
「いっそのこと、本当に通うか?」
「そうできたら楽しかったんだろうね」
魔法に関して独学でやってきたが、実践に集中した内容だ。一から学びなおすのにもいいし、知らぬ分野を広げていくのもいい。
半魔でなければ一考していたことだろう。
屋内を巡っている途中の最上階で、学園を囲うようにある森の奥、湖があるのが見えた。
「あれは?」
湖の方へ夥しい魔力を感じた。絶対何か潜んでいると、かなり距離はあるとはいえ警戒してしまう。
「知らないわ」
「ええ?」
「あんなのに近づいても知りたくはないし、そもそもあの辺りは立ち入り禁止なのよ」
「アイゼントも?」
「興味本位で死にたくはないからな」
そのぐらい湖は危険に感じる。例えるならば、太古の龍ベリュスヌースと相対しているみたいだ。
流石に魔物でありながら人知を備えたようなものがいないとは思いたい。
「学園側は何か知っているのかな」
「学園が建てられる前からああらしいからな。噂では封印された魔物がいるとか、何か怪しい実験をしているとか囁かれてはいる」
「ふうん」
気にはなるが、藪をつついて蛇を出すこともないだろう。何も起きたことはなく、そもそも多くの学生がいる学園を建てたぐらいなのだから脅威はないはずだ。
時間が来て二人とは別れる。私も一応は生徒に紛れられるかは確かめられたので、拠点の宿に戻る。
寂しくいたというリュークを、重たいながらにも背に捕まれたままでロイの出向かいを受ける。
「お疲れ様です。留守中に荷物が届いています」
「また?」
「また、ですか?」
「うん。さっきも手紙を貰ったから」
届け物を見に行けば、部屋の片隅に山ができていた。
なにこれ。一つ手に取れば魔道具であり、魔王様が言っていたことはこれかと、さっそく手にかかる。
いわばツケである。魔国でお小遣い稼ぎでしていた、魔力供給だ。
最近は人国で活動してばかりだったので、ついに送られてまで内職のようにすることになっていたが、こんなに溜まっていたとは。
闇属性持ちの私しかできないことである。魔王様も闇属性持ちだが、壊す程に魔力を注ぐことしかできないので私の役目になっていた。
供給が完了した分は、後で夜禽に持っていってもらう。主に諜報で使うので速い方がいいだろうが、夜禽の活動時間や人目につかない時間を選んだ方がいい。
私自身の魔力の残量に余裕をもたせて区切りをつけた。ロイが慌てた様子で「主!」と駆けつけてくる。
「こ、ここここれは、恋文ですか!?」
「えっ」
ババーンと掲げられた手紙は、アイゼントから貰ったものである。
いつの間にと思ったが、先程ローブを脱ぐついでに自分で机に置いていたのだった。
「そういえばまだ見てないや」
「主……」
封を開けると、綺麗な字で二枚に渡って書かれてあった。ロイは覗きはしないものの、横で私の顔を穴があきそうなぐらい見ているのがより緊張感を高めてくる。
内容は会ってくれることへと感謝や甘い言葉があった。読んでいる私が恥ずかしくなってくる。
そして、意外なこともあった。
「ロイ、今日の午後時間空いてる?」
「はい」
「じゃあエブスキー様と会うの付き合ってくれる?」
「……主、流石にそれはお相手が可哀想です」
「違うよっ。相手がそう望んでいるの」
私だって一人で行くつもりでいた。連れていくとしてもリュークだけかなと配慮していた。
「それも駄目だと思います」
「そう?」
「そうです。でも相手が望むのならば、私がしっかりと見極めてさせてもらいましょう」
万全の支度を、と忙しくするのを私は他人事のように眺めていた。ロイが私の支度に取りかかっているのを知るまで、気負いなくゆったりとしていたのである。




