完全なる敗北
※最初にベラニー視点有り
「あんなちっぽけだったんだな」
だが、私には満ちた世界だった。
初めての世界を見た。結界を抜け、花畑を抜け、そのまた洞窟さえも抜けた外の世界。
若きながらも随一の腕ききで度胸もあったから、波旬の復讐の実行を第一人者として取り行う。衰弱していくおばばであったから、予定を数年早めて出立した。強力な結界があってもなお脅威となる魔物の駆除やその結界の維持分の魔力の貯蓄、復讐からその地に辿り着くために用いる魔道具や食糧など様々にいるが、だからこその数十年に一度の復讐なのだが、そんな万全の準備はできぬまま臨んだ。
生きている内に成果を持ち帰れるように、おばばなしでも生きていくために。いつ逝ってもおかしくはないのに置いて往く。
「貴方達と話をしたい」
その先で知る同族の『魔女』。半魔とはいえ無関係の奴が、私達の苦労なんかなかったかのように人族を相手取る。私が敵わぬ者を、直接に叩き倒す。
嫌いだ。同族なのに圧倒的力量差がある。何もできやしなかった自身の無力さが嫌になり、プライドが刺激される。
嫌いだ。半魔の誇りが、自分達だけで復讐を果たせないことで踏みにじられた。頼ったのは私らだ。そんな事実を無視して、無理強いしてきたものだからと言い訳する。
嫌いだ。おばばの救ってみせ、それは楽になって欲しいという私の頼みも叶えることとなる。魔女なんだから、私なんかより凄い力を持っているのだから、寿命も解決してみせろ。……無理なのは分かっている。
嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。
だから、ああなりたい。
嫉妬で嫌いを重ねながらも、そう思う。
感謝も喜びも含めたごちゃまぜな感情だ。これを本人に言ってみたらどうなるだろうか。
クレディアは見るからに困ったように「そっか」と眉を下げた。「本当に嫌味な奴だ」と返した私は私のまま、一生変わることがないだろうな。
*
目蓋を閉じても感じる明るく、穏やかな光が降り注いでいる。徐々に開けた視界には、色鮮やかな花畑が見える。意図してではないが、この花畑を成した一人であるリンサさんが死んでも、相も変わらず見事に咲いている。
墓石はそんな花畑を一望できる位置にあった。丁重に整えられた、立派なものである。
この近辺は人の手入れがなされておらず自然に満ちている。通常なら魔物の脅威によりその自然を活かす機会は恵まれていなかったが、そこは私により脅威を排し、石材を厳選することができていた。墓石となるまでの手を掛けた過程は、また多くの手向けはリンサさんが慕われていたことを意味している。
死後が安らかに過ごせますように。
生前が過酷だったのだから、もう苦難は訪れないでいて欲しい。
「貴方が想う人達のことは私が守るよ。ずっと傍にはいられないけど、それだけは約束する」
祈りを終えた後、ベラニーが仁王立ちしていたことに気付く。私は苦笑しながらいつからいたのだろうと考える。話しかけてくれればいいのに、律儀に待っていたんだろうな。
「行くのか」
「うん。……心配? もっと魔道具とか作った方が良かった?」
「いや、十分だ。そもそもあらかた魔物を斃しているんだから、あれ程必要にならんだろう」
「まあ、確かにね」
今の手持ちにある魔法セットで、できることは全て手を尽くしたのだ。おかげで貴重な材料は吹っ飛んでいったが、安全のためには背に腹はかえられない。
ベラニー達はこれからもこの地に住まうことを決めた。私は魔国への移住を提案したが、数人を除いて皆が居残るという。
『人族同様に、魔族にも思うところはあるからな』
魔族も過去に半魔を見捨てている。彼女ら半魔は人族にだけ復讐を行っていたが、地理的な問題から魔族には実行できなかっただけだ。また、人族の方が拷問や奴隷としてきたことなど業が深かった理由もある。
ただそれよりも、彼女らにとってはリンサさんがいたこの地と離れたくない理由が主なようだが。人が離れれば結界を維持できず、ここの花は潰れ、家屋は壊されるか魔物の居住となってしまうことだろう。彼女らは思い出をなくすことをよしとしなかった。
ならばと私はその考えを尊重し、身を守る術を準備するまでだ。安全確保の継続性を考えれば移住してもらった方が楽になろうが、手間はあれどできることなのだからすべきだ。それに考えには共感できる。
「最後に結界に供給だけはしていくよ」
その場所は結界の中心だ。そこにある台座に嵌め込まれた魔石は滅多に見られないような巨大なもので、リンサさんの亡骸である。
魔族は魔石とその他の魔力が潤沢に含んだ部位以外は、数日で魔素に還元されてしまう。半魔も例外ではないことは、私がここに来て初めて知ったことだった。
残った魔石などの取り扱いは族によってそれぞれで、墓に遺品と共に納めたり親類に引き継がれたりと異なる。リンサさんの場合は遺言により、魔石は魔力の器として使うようにと言い残していた。
元々この結界は巨大な魔道具の装置にて成り立っていた。私はその構造をより効率さを向上するために調べたのだが、その必要が見つからないぐらいに先人によってつくられた結界は精巧であった。ただ魔力の貯蔵限界量が私が魔力供給の往来の手間を考えると低かったから、その器となる魔石は交換したり増やしたりすることになる。
正六角形の頂点に魔石が、そして対角線同士が交わったところにリンサさんの魔石がそれぞれ配置されている。これを一杯に満たせば大体半年分はもつ。頂点にある魔石の質が良ければもっと長くはもつので、次に来るときには適当なものを探しておかなければ。
私の膨大な魔力量的にも一度の供給で全てを賄えはしないが、休息すれば魔力は回復するのだ。魔力が少なくて困ることはあっても、多くて困ることはない。日常生活にも使える便利なものなのだから、魔力提供は多い方がいい。最初なのだし特に用心しておくべきである。
隠れ里に来てからは忙しい日々であったが、去った後でも暫くはその状態が続きそうだ。材料集めは勿論、金策でも。
……お金、公費でなんとかならないかな。無理だろうな。だって現段階で見積もりが凄いもん。防壁づくりのために人材の派遣ぐらいは頼み込めるかな?
「何を考えこんでいる」
憂いに陥ってはいるが、魔力供給は既に終わっている。昨日も注いだばかりであるので、微々たるものだったのだ。だから、ベラニーは遠慮なく眉の間に皺を寄せて訊いてくる。
「いや、色々大変だなあって思って」
「……あのな、私らはおんぶにだっこしてもらう程、やわではないからな」
「でも、日々の生活を送るためだけでも死人が出てたのでしょう?」
移住を願う方から聴いた。大事なところでの遠慮はやめて欲しい。
「確かにね、いつかは自立しては欲しいよ。流石にずっと支援していくのは無理だからね。でも、今すぐじゃない」
「だがな、焦るものだ。このままだと恩は積もるばかりと、皆はそう考えている」
「私としては全然気にしてないけどね。もう一回波旬の復讐をするっていうことなら、色々考えるところはあるけど」
「そう考える者はいない。安定した生活が得られるんだ。復讐したいほどに人族を恨む者はでてこないだろう」
そして、ベラニーはビシッと指を突き付ける。
「私は強くなる。お前の手など必要ないと、さっさと言ってやるからな」
「じゃあ、期待しておくね。まあ私の手を借りたくないなら、他の手もあるにはあるけど」
移民となるか、魔国の国民となるかである。後者であれば、この隠れ里からは離れる必要はなく、私の手から国の手へと変わる。
魔王様からできそうなら勧誘はしておけ、と事前に言われている。半魔に限らず、魔族にもだ。虐げられる者の庇護を幾度と行い、成り立った魔国の在り方は健在である。
未開発の土地でありウォーデン王国側には今のところ認知されていない。おそらく難しい顔をしながらも了承してくれることだろう。
「その件は検討はしておく。それこそ今すぐにはできぬことだしな。時間がいる」
「うん。そう話は通しておくね」
別れの挨拶は簡潔なものだった。一か月も立たない早いうちにまた来ると言ってあるから、さっさと行けと言わんばかりに追い出そうとしてくる。その顔が不敵な笑顔であったから、冗談でやっていることと思いたい。……そうだよね?
ベラニーはともかく他の人達からは手厚い見送りを受け、隠れ里から出立する。移民を希望する者は安全を考慮し、後から迎えに行くことになっている。
ただ獣人の子どもだけは連れゆく。リュークと手を繋ぎ、不安げに見つめられてしまえば拒否はできなかった。この少女と私の関係は進展していない。同じ獣人のロイには気を許してくれるかなあ、と期待しながらもそれはそれでショックを受けそうだ。
一先ずハルノートやロイと合流と、市街の郊外に放している夜禽を呼び寄せ魔国側に連絡を取ることを目的に、行き来た道を戻る。行きに崩落した場所は事前に道程を模索していたのでそこを通り、魔物は撃退し時には避けながら無事安全なところまでは到着する。前より守るべき人は少ないが、ずっと気を張らなければならないことには変わりない。何日もそう過ごしたものだから疲れてぐでっとしていると、その隙を突きにアイゼントは忍び寄ってきた。
「例の件、絶対だからな」
「うん……ん?」
例の件とはなんだったか、鈍った思考だから適当に返事をしてしまった。にやりと頬を吊り上げているのを見て、「あっ!」と脳が覚醒する。
「さっきのは嘘!」
「それは無理なことだな」
彼は小型の魔道具を取り出し、『例の件、絶対だからな』『うん』との音を聞かせてくる。なんてことだ、言質を取られた。
「クレアは一度行ったことを反故にするのか? まさかそんな信用ならない人だとは私は思っていなかった」
「だって男性の紹介でしょ? エブスキー様のこと、私は思い出せないし……」
「顔見れば思い出すかもしれないだろう」
「かもしれないでしょう?」
「そんなつれないことをいうな。私とクレアの仲だろう」
「その仲のこと持ちだされると、私が一方的に不利なんだけど」
公爵家に死刑直行な情報を握られているので、そう言われればどうともできない。その後もしつこく粘ってきた彼により、私は「分かったっ。会うよ、会えばいいんでしょ!」と声を上げる。
「本当か! 録音したからな!」
「あー、でも私忙しいからね。忙しすぎて、空いた時間ができるのはだいぶ先かもしれないなあ」
それでそのまま、会うこと忘れてくれないかな。
「なら、時間を空けたくなるような情報をあげようかしら」
「なんだ、味方してくれるのか」
「ええ。その方が近いうちにまたクレアと会えるもの」
いらっしゃいと手招きされ、私は周囲を警戒に勤めすぎている護衛の反応を見ながら恐る恐る耳を寄せる。襲うつもりはないけど、もっとお仕事はした方がいいと思うよ。警戒心ゆるゆるすぎない?
「ソレノシア学園で、半魔を目撃したって騒いでいる人がいたのよ。突拍子もない噂だけど、どう?」
彼女はささやかに、口内から舌を覗かせた。
「気にならない訳ないわよね」
それはちょっと、いやだいぶ蠱惑的で、私は二人のお貴族様に白旗を揚げる。
ゆっくりと休む暇は当分得られそうにないようだ。
第八章、完。




