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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
波旬の復讐

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ぶつかる想い

 この世は儘ならないことばっかりだ。

 何か成したいものがあっても相反するものがあり、妨害する。一刀両断できたらいいが、そうはいかない。半魔達の境遇は情が移るには十分なものだった。


 どうすればいいんだろう。

 頼みは叶えてあげたいのだ。ただその内容が問題で、リンサさんの代わりは務められない。


 私は家屋の扉を背に(もた)れ、ずるずるとしゃがみ込む。妙案は浮かばず、漠然とした考えでいた。

 体が何かに包まれる。誰かは見ずとも分かった。


「あうー」

「ほんと、リュークは優しいね」


 小龍から人化している理由は、契約の繋がりから容易に辿ることができた。私を抱きしめて上げれるからだ。大きい体でなら大丈夫、とより伝えることができる。

 いつも寄り掛かってばかりだ。悩みだけでなく想いも共有してくれて、負担が軽くなる。私には過ぎたる問題だと俯いていたのも、解決できると前を向ける。


「よし」


 気合いをいれ、開けた視界には元々は奴隷であった獣人がいた。過酷な移動の最中ではリュークに懐いており、よってよく行動を共にしている。保護したからには、この子に関してもどうにかしないとな。

 少し離れた位置にいる幼子に意識して柔らかく微笑んでから、リュークに「よろしくね」と頼む。頭の上に飾られる花冠はお揃いであった。これから気難しい顔で考え込む私と一緒にいるより、二人で楽しく遊んでいた方がいい。


「……あの、これ!」

「!」

「元気、だしてね」


 幼子はその場からパタパタと駆け出して行った。小さな手から渡されたのは花冠だ。心の底からの笑みがこぼれる。

 私はあの子とはそれほど会話をしたことはなかった。リュークなどの影に隠れていることが多く、移動の際は命懸けになりながら魔法を容赦なくばんばん打っていたため、怖い人だと認識されていると思っていたが。単に恥ずかしがり屋だけだったのかな。


 そうだといいなと思いながら、「どう、似合う?」とベラニーに話しかける。おそらく私がリンサさんの家屋から出てくるのを待ち構えていたのだろう。


「ああ」


 素直さに意外であったが、花冠には意識が言っていないのが視線から分かる。せっかくあの子が作ってくれたものなのにと不満になるが、致し方ないか。


「歩こう」


 その方が思考は回る気がするし、ベラニーは半魔の内情を人に聞かれたくないと思っている。だから二人っきりで話したときと同じ場所に向かう。


「リンサさんから代わりとなって欲しい、って言われたよ」

「っ!」

「ベラニー、貴方の頼みもそうなの?」

「ああ」

「本当に?」


 瞳を覗き込み、問いかける。私の言葉に揺らいでいるのは、直ぐに返答しないことが証左だ。


「本当だ……ただ、貴様に押し付けることが忍びない」


 立ち止まってしまい、ぎりっと歯を噛み締めていた。

 ベラニーは魔法使いではないが、魔力量は多い。身の内に秘める激情のせいで、対面にいた私に威圧がなされる。


「ベラニー」

「っ、すまない!」

「相殺したから平気」

「……はは、流石だな」


 彼女はくしゃりと歪んだ表情となり、ハッとしたかと思うと取り繕う。


「強がらなくていいんだよ」

「いや、」

「心を許していないのは分かってる。私達はお互いのことをそれほど知らないからね。でも、このままだと頼みは断らないといけなくなる」


 彼女には誇りがあることも、弱みを見せたくない故だろう。だから私達以外の半魔も排除し、話をしている。


「私はリンサさんに救われて欲しい。想いの差はあっても、その気持ちは変わらないと思うよ」


 出会ったばかりの方ではあるが、それは確かだ。


 リンサさんを前に何も答えられずにいた私は、せめてものと老齢の身では多大なる負担の結界の維持を申し出ていた。

 魔力供給の大部分を担っているというが、私は魔力量には自信がある。だが、それは断られていた。


『ありがたいですが、こうでもしないと気力が続かないのです』

『ですが、』

『貴方様の優しさは美徳ですが、私のようなものにしては付け入る隙です』

『……?』

『ともすれば、先の返事を是と受け取るかもしれませぬ』


 そこまで言われ、ようやく察した。

 私は返事を保留としている中で結界の維持の代理をしようとしている。だが、その後は?


 私が返事を断ったとて、リンサさんは再度の結界の維持を拒絶できるのだ。

 私が結界の維持を放棄すれば、押し寄せる魔物の脅威から強制的に再度務めを果たしてくれるかもしれない。だが、そんなことを私ができるものか。同胞を、人柄を知る彼女等を、酷い目には合わせたくない。


 リンサさんは包帯が巻かれていない方の目を細めていた。遠回しの忠告から慈愛と、彼女の人柄に触れた私はどうにかしてあげたい、救われて欲しいと思った。



「私も、おばばには救われて欲しい」


 やっと本音といえど、心の奥底にある言葉が出たね。

 ポツリと呟かれた言に、想いが伝わったと内心ほっとする。


「もう、楽になって欲しいんだ。これ以上、辛いことを味わう必要なんかない。憎悪を忘れきれず、そのために同胞を送り出し、癒えぬ傷を負わせてしまったと、死なせてしまったと傷付いて欲しくない……ッ!」

「だから、クレアに押し付けるのか?」

「っ! …………はっ、盗み聞きとは、人族は悪びれもせず平気でするのだな」

「居合わせているところに、話をしたのが悪いのよ。ねえ?」


 私に振らないで欲しいな。

 アイゼントとチェイニーには眉尻を下げるしかない。話をし始めた頃には二人が付いてきているの、実は知っていたんだよ。火に油を注ぐ形になるから言わないけど。


「で、だ。話を戻すが、違わないのだろう?」

「ちっ。…………ああ、そうだ。我等だけで解決できぬことを笑えばいいさ」

「笑いはしない。ただ怒りはある。――お前らはクレアにどれほどの理不尽を押し付ければ気が済む」


 場に重々しい気配が満ちた。苛立ちを曝け出し、ベラニーは気圧される。

 私も怒りの矛先を向けられた訳ではないが、思わず肩が跳ねてしまう程の迫力があった。


 アイゼントが怒っている姿は初めて見た。私も彼も幼い頃でも見たことはない。

 また、彼だけでなくチェイニーも怒りの状態にある。貴族特有の圧でも発しているのか、とてつもなく恐い。


 リューク、助けて! もう一度安らぎが欲しいよ!

 ベラニーと重い話をするのは承知していたが、加わった二人のは予定外である。

 私は頭に乗せたままである花冠を下ろす。場違い感はいいとして、これで容易に安らぎが得られるのだ。頭上にあっては視覚的に私が見れない。


 そうこうしている内に、アイゼントは開口する。どちらも怒っているとはいえ、どうやら彼の方がボルテージは上らしい。


「同族であること以外に繋がりをもたず、クレアを頼りたくのは分かる。だがな、その逆を考えろ」

「既に無茶を言っている自覚はある。悪いと、思っている」

「全くもって考えが足りないな。お前らは復讐をしてきたんだろう? それを被ってきたのは、私らのような人族だけではない……クレアも、そうだ」

「っ!」

「関係ないとは言わせないぞ。他に半魔が存在しているとは思わなかった、なんて言い訳だ。同族であるが故に世間はクレアに矛先を向けた。無関係であるのに、謂われない苦しみを受けることになった」


 私はぎゅっと手を固く握る。瞼を閉じれば、数多くの苦しみを思い出せた。


「ハルノートもロイもいないこの場では、私が一番にその被害を知るから言わせてもらうがな。本当の姿を曝け出すこともできずに色を、顔さえも隠す時期だってあった。半魔が害あるものである故に殺されかけたこともあるし、クレアを庇い、死んだ者だって――」

「それは関係ない」


 言葉を遮る。怒りからくる恐さなど、とうにない。


「っ関係なくはないだろう。復讐により、半魔は悪だとされた」

「だとしても、あの人達は私を殺しにかかってきた。波旬の復讐が行われていなくとも、魔族の血が流れている限りね」

「それでも、人族の血があるのだから多少の慈悲があったかもしれない」

「そんな仮定いらない」


 私はシャラード神教なんかを信仰する者達は嫌いだ。少しでも好きになれる要素なんか考えたくはない。


 いや、本心を述べるなら、ラャナンの死には触れて欲しくなかった。

 悼むならいい。だが、私の苦労の象徴として語って欲しくない。彼女の冥福を静かに祈っていたい。


「……もういいんだよ。二人が私を想っていることは十分に伝わってる」


 自分で言うのもなんなので、照れ臭さを持ちながら視線を斜めに向ける。チェイニーはわざわざそこに入り込んできた。


「ねえ、クレア。会わない内に随分いじけた?」

「いじけてない」

「拗ねないでちょうだい。ほら、アイゼントも」

「……すぎた真似をした。すまない」

「……うん」

「これで仲直りよ。いつまでもギスギスとしたままでいないでよね。気が滅入るわ」


 チェイニーもさっきまで怒っていたのに、なんて言い種だ。まあ切り替えはできているとは思うけれど。

 ちょっと膨れっ面になっているところをおそるおそる、それでいて楽しそうにつついてくる彼女だった。頭をぶんぶんと動かして振り払うとショックを受けていて、胸がすいた。


「とにかく私のことはいいんだよ。貴方達半魔のことは純粋に会えて嬉しいと思ってるし……」


 同じ色を持つものがいる。仲間意識なのか、そんな気持ちがあったりする。


「優しすぎるというか、甘いわね」

「もう! 別にいいでしょう! それよりベラニー、」

「……いいのか? 私はとても不義なことをして……」

「いいんだよ」


 もう誰かに頼まれて行うものではない。私自身がしたいことだからするのだ。


「私はリンサさんだけじゃなくて、貴方にも救われて欲しい」

「なら復讐を引き受けるのか? リンサとやらの代理となるなら結界の維持、つまり半魔の面倒を見るということだぞ。此度の復讐の方針からしてそうなるだろう?」


 投げられた問いに、ベラニーは小さく頷く。


 思い返せば、波旬の復讐はこれまでと異なり、要求を呑めば取り止めるものであった。復讐の舞台となった市街から全員が出ていき、半魔に受け渡せというのは官僚に宛てた書状の内容である。

 遠からずリンサさんに訪れる死のために、結界を維持できぬことは受けている恩恵から分かりきったことだ。だから安息の地を要求した。


 探せば土地はあるだろうという考えは、半魔の不遇な立場と魔物がひしめく一帯であることからして破綻したのだろう。よって力ずくで得ようとした。

 魔物より人族を相手にしたのは交渉ができるからか。人数に対し土地があまりにも合っていない要求だが、半魔の目的は人族への復讐と他にもある。

 だからこんな受け入れることは到底叶いはしない無茶な要求ができ、受け入れられなかった故に通常通りの復讐に発展。そして今の現状がある。



 わざと憎まれ役をしているかのような鋭い指摘をするアイゼントだった。

 チェイニーがまたかと呆れながらも何かフォローをしようとするが、私は分かっているよと手を上げ制止しておく。


「たとえ嘘でもいいんだ。おばばが安心し楽になれるなら、それで私は……」

「妥協は必要ないよ」


 楽になる。その意味合いは死だ。死した後であれば、嘘を知られることなくリンサさんだけが幸せに終われる。


 だが、私は望まない。ベラニーも救う。

 そのためにこうして話を聴いたし、そのお陰で嘘だけでなく断りの返事を取らないで済むことになる。


 私はベラニーの腕をとる。彼女のときみたいに強引ではなく、誘い出すように道を示すように引く。


「一緒に来て」

「どこにだ」

「リンサさんのところに。私だけじゃなくて、貴方もちゃんと話をした方がいい」

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