帰還
前半は賢者視点です。
広場であった場所は騒然としていた。林が生っていたのも炎との衝突により草木一本もあらず、残っているのは石敷が凸凹と荒れ果てている惨状である。
そこに激しい戦闘に巻き込まれた被害者が集められて治療を行われている。儂の声はその苦悶の声に混じる。
「試料は確保したかったの」
小龍の魔法にてできた植物はどのようなものだったのだろうか。残念な気持ちもあれば、仕方ないという気持ちもある。
普通の魔法とは異なる、精霊魔法を扱う敵の出現。手加減はできなかった。というよりも人的・物的被害を抑えるため、出せるだけの全力を出して拮抗だ。
賢者の名を落とすことなどあってはならない。それ故の加減の結果は、衛兵によって齎される。
一礼をとった衛兵は上擦っていた。儂が賢者であると同時に貴族の身分だからだ。
半魔は全て市街の外に遁走したと思われる、との報を受け取る。共に横で報を聴いていた、つい先程まで昏睡していた聖騎士は顔を真っ赤にして憤慨している。
聖騎士は動ける者で追跡する、と息巻いていた。
この夜だ。どうせ追い付けるどころか、見つられもしないだろう。
胸中は留めておき、健闘を祈る言を吐いておく。儂も同行を願われるが、無駄骨に終わると分かっていて付いていくことなどしない。
元々でしゃばるな、と婉曲ではあるが言っていた彼等だ。精霊使いの相手はともかく、だから援助も程々に立ち回っていた。
目に見える功績の機会は結界だけ。他は雑務で、予定としてはそんなところで、異論はなかった。
半魔への興味は過去に探究し、尽きている。労して戦果を得たところで、得るのは半魔の関するものである以上、労する価値はなかった。
魔族ならともなく、人族と混ざりものである半魔は価値が低い。シャラード神教の者にとっては別のようではあるが。
昨今魔族が人国に現れないことで、どうやら人族を手早く強化できるドーピングの材料元となる魔石の数がないらしい。よって魔族の魔石の代替品として半魔のを欲しがっていた。
儂はそんな内情を、レセムル聖国ないしはシャラード神教とは共同研究を行っていたので内密に聞かされていた。だが、儂個人としてもウォーデン王国としても関係ないこと。
魔族滅亡は共に掲げているが、目的まで同じな訳ではない。宗典に忠実であろうとする彼等とは勝手は違う。
「魔女だけは例外として、確保したいものではあるがな」
みすみす逃した形とはなるが、ない機会は作ればいい。その方法はとある縁もあり、もう儂の頭には浮かんでいた。
「さてはて、王はなんと仰せられるか……」
次の一手はあるにしろ、此度の成果が最悪とはいかないまでも、非難されるには代わりはない。
臆病ものの王にかける言を考えながら、空間魔法を構築する。そして儂はその市街から姿を消した。
*
『賢者は想像以上にやべえな。手数が多いのもそうだが、なにより無駄がねえ』
「私としてはハルノートが無事でよかったよ」
ほっと息をつき、もう何言か話してから通信を切ると、膨れっ面のロイがいた。
飛禽による執拗な追跡を振り撒き、郊外までリュークと共に魔族を逃がすことに尽力してくれた彼女は、私とは別行動を頼んでいた。ロイはハルノートと合流して市街にて勤しむことになるのだが、合流して早々私と離れることが嫌らしい。
「どうしても、どーしてもですか?」
「だってハルノートもそうだけど、ロイも聖騎士に目を付けられてるでしょう? それに情報収集もしないとだし」
ロイは渋々、何度も私を振り返りながら市街へと赴いていった。
やっぱり日頃のお礼はしないとなあ。そのために半魔の件をなんとかしなければならないのだが、その一人であるベラニーは仁王立ちしながら鋭い眼光で睨みつけている。
その原因となるのがアイゼント達人族を連れてきたからである。正しくは付いてきたが合っているのだが、ベラニーには関係ないことである。
「立ち去れ。今なら見逃してやる」
「私は君らを逃がすために尽力したのだが、恩義も持たぬのが半魔なのか?」
「はっ、そんなもの知るものか。人族は信用ならん」
水と油な様に仲立ちをしようとするが、そもそも私もベラニーの信頼を勝ち取っていない。さて、どうしたものかと考えていると、半魔の一人が彼女に何事かを話して睥睨されることになった。なぜだ。
「……こい」
またこのパターンなの?
腕を引っ張られはしないが、ベラニーは勝手にとある方向に突き進んでいく。
「ねえ、説明がほしいんだけど」
「人族どもは盾に使ってやる。貴様は半魔の事情を知りたいのなら付いてこい」
「まだ市街から近いから離れることに異論はないけど、どこに?」
「付いてこれば分かる」
「それはそうだけど」
なんというか、我が強いなあ。
困る私に半魔はこそっと「半魔の隠れ里です」と耳打ちをしてくれる。
「どうかお手数ですが付いてきてくださいませんか。そこに至るまでに魔物の脅威があり、私達だけでは行き来するだけでも命がけとなるのです」
「ああ、だから盾という話になるのか」
半魔の彼女はアイゼントに返答の意で微笑するが、人族への嫌悪はベラニーだけでないようで軽薄である。
半魔は合計十一人いた。本来ならば十二人いたが、殺されてしまったため一人欠けての帰還となる。その代わりに獣人の子どもが不安げに存在している。
話を聞くに、奴隷でいたところを聖騎士が半魔を誘き出す囮として利用されることになったらしい。手首を切り落とされていたが、なんとか治療は間に合い元の繋がった状態になっている。
この子どもを見ていると、幼きロイを重ねてしまう。奴隷の首輪を解除したものの、親の顔は知らず行き場のない子には深い同情を抱くことになった。半魔も同様で、実は治療を施したのも半魔であり、この同行にベラニーですら文句を言わないぐらいである。
夜更けであることから、歩みは遅い。獣人の子どもがおり、又隠れ里まで一週間以上はかかるからだ。食糧の問題を狩猟や採取で賄いながら、道程を経る。
私はべラニー以外の半魔とは会話が弾むほどには打ち解けた。だが、身の安全のために半魔の事情は語られない。私もわざわざ尋ねることはしなかった。ただベラニーに関してだけは尋ねる。
「あのつっけんどんな態度って、元からの性格?」
「多少は。根はいい子なんですよ? 彼女は先導者である立場からして、様々なことを背負っていますから……」
「うん。分かるよ。半魔を見る目が優しいもん」
勿論私を除く。
守るものとして慈しみ、率先して遭遇する魔物の前に立っていた。隠れ里は人国と魔国の境目辺りにあり、その影響で魔物が非常に多い。
「ベラニーをからかうのは面白いわね」
魔物の戦闘にて土魔法で援護をした結果、酷く顰めっ面をするベラニーを見たチェイニーが「ふふっ」と笑っていた。
チェイニーは火と土、アイゼントは水属性に適性を持っている。魔法学園に通っていることもあり魔法の腕前は高い。市街のときもチラリと見たが、魔物をばたばたと斃していた。ただ実践が少ないからか、魔物一体につき魔法の威力が大きく効率が悪い。まあそれも回数をこなせば、あっという間に魔物の強さを見極め、改善していたが。
チェイニーなどは二属性持ちであり、重力魔法を扱えてたことを慮ると同年代の何段も上をいっている。実際、飛び級をしているので判断は間違ってはいない。
「もっと歩み寄ろうよ、チェイニー」
「あんな態度なのよ? 人族と言えど、皆一概でないことは分かるでしょうに。クレアが頑張っているところ悪いけど、私は願い下げよ」
「そう言いつつ、こうしてちょっかいを出して反応を窺っている当たり、君のところの執事がいたらなんと言うだろうな」
チェイニーの、言葉を濁して言うならば個性的な執事は、戦闘手段がないことからこの場にはいない。私は魔法の鞄があるから問題ないが、彼女らは荷物など置き去りで来ている。そういった問題のためにも市街にて逗留していた。
「いないものを仮定したって無駄だわ」
「そう意地を張るな。執事に告げ口するぞ?」
「……もうっ」
この婚約者同士は遠目から半魔に観察されている。厳しい視線の中、普段通りのやり取りを行う様に私は感嘆する。
慣れないであろう野営や断続的な魔物の襲撃も加わえて精神的にくるものがありそうだが、態度には噯にも出していない。
アイゼントは空いた時間を使い、魔族のことについて詳しく聴きたがった。公爵家と上流貴族であるから秘密裏に各国に派遣されている魔国の使者を知っているからだ。
父が現王の兄弟と血の繋がりがあるらしく、深く関わって対応について話し合っているらしい。その判断材料に、私はありのままの魔族を、常識に惑わされて恐れなくてもいいことを語った。これで渉外がうまいこと進めばいいのだが。
そうこうして隠れ里には到着した。激湍のある川を橋もなく越え、零下となる洞窟を掻い潜り、討伐隊を組んで斃すべき魔物と戦闘を繰り広げ、岩盤の崩落に全員で逃げ走ったりと色々あった。こんな簡単な言葉では言い表していいものではないが、とにかく大変だった。それは違いない。
だが、そのお陰で多少は人族と半魔の仲は打ち解けたらしい。洞窟を抜けた先に広がっていた色とりどりの花畑に、わいわいと入り混じって話し込む彼等に頬が緩む。
自棄になりながらも皆で魔物を斃したかいがあった。守備を兼ねながら攻撃の要にされたので、私はここが死地になるのかなと悟ったりしたが、本当どうにかなってよかった。
聖騎士などによる追手もかけられなかったことだし、と安堵しているとベラニーがやってくる。その表情は真剣だった。
「一先ず礼を。――感謝する。お陰で誰一人も欠けずに生還できた。聖騎士によって死した子に対しても、亡骸を捨てずに埋めてやることができる」
「うん。皆で帰ってこれてよかったね」
素直なベラニーに嬉しく思いながら「それにしても綺麗なところだね」と話を振る。苦労の末に辿り着いたので幻想的に見える。人目のない観点から土地の魅力がない、荒廃したところを想像していたので自然豊かだったのには驚きだ。そこに至るまでの道がその分過酷ではあったが。
「ベラニー?」
唇を噛み、俯き加減になっていた。私は触れてはならないことでも言ってしまったのだろうか。
「……頼みが、ある。貴様にしかできないことだ」
「私にできることならいいけど」
なんだ、そんなこと。と楽観視するには重すぎる雰囲気だった。
開口したし閉口したりする様は喘いでいるようで、ついに覚悟を決めて話された内容は彼女達の板挟みであった苦しみだった。




