魔女であったなら ※ベラニー視点
駆ける私の色を見る度に、種族問わず皆共は瞳を輝かせる
「邪魔をするなッ!」
襲い掛かるものは剣で打ち合うのを最低限にし、広場へ向かうのをなによりも優先する。身を焦がす程の憎悪に加え、苛立たしさが募っていた。
早く、同族の元へ。
それが私の役割だ。仲間内で最も力に優れる私が弱者の力添えをする。復讐の最中に関わらず、日々の生活の中でもそうだった。
「ほう。意外と早かったな」
黄金色と趣味の悪い全身鎧を身に付ける聖騎士の一人が物言う。
結界内は想像以上に立ちはだかる者は少なかったからだ。翼持ちの魔物に乗り込む者や衛兵から不躾な視線こそ送られはしたが、冒険者といった武芸者を除き攻撃は仕掛けられなかった。
「人族は命短き命だから私が合わせてやったんだ。特に貴様らは人質を取らないと、怖くて私のような半魔には立ち向かえないか弱き生物みたいだからな」
「その息のかきようで見栄を張ったところで意味がないぞ。仲間が心配で焦って来ただけだろうに。見たところ一人だが、他に仲間はいないのか?」
「何十人も寄り集まらなければならない貴様らとは違うからな」
言葉の応酬を交わしながら、その場を把握していた。対面には聖騎士の他に白装束を纏う聖職者がおり、宙には引き続き追跡していた魔物がいる。又、遠方には衛兵や武芸者が取り囲んで様子を窺っている。
「半魔風情がイキるなよ」
聖職者が一人を強引に連れてくる。頭から布を被せられているせいで顔は見えないが、その矮躯さは行方が知れていなかった同族と同じである。
齢十でありながら復讐に参与を決めた子どもである。地面に突き飛ばされて呻く様に、頭がカッとなった。衝動に任せて駆け寄ろうとすると「動くな!」と怒鳴られる。
「少しでも妙な動きをしたらどうなるか……分かるだろう?」
「このクソどもが……っ!」
「反抗的な真似もだ。罰一つだな」
「やめろぉッ!」
叫び空しく、聖騎士は鉄槌を下した。剣によって手首から下を切り落とす。耳を劈くような悲鳴が耳朶を打った。
「まだやるか?」
「く……ッ」
「そのまま大人しくしておくんだな。……拘束しろ」
剣を奪われ、枷が填められる。歯軋りで頬の内側を自傷して血の味が広がるが、それよりも同族の溢れ続ける出血が気になった。
「あの子の治療をしてくれ」
「それが人様に物を言う態度か?」
「……頼む」
そして顔面を殴られた。聖騎士の表情は蔑みに満ちていた。
「半魔ってのは馬鹿ばかりだな。ああ、もう一人捕らえたんだ。ネタばらしといこうか」
同族の被された布が取られ、その素顔が現れる。子は同族なんかではなく、獣人であった。
「話が違うぞ!」
「おいおい、半魔の安否は訊かなくていいのか? 実はな、既にこの場にいるんだが……まだ分からないか?」
「まさか、」
「そう。そのまさかだ」
聖騎士は眼前にものを落とした。それは魔石に根本が歪に折れた爪である。
「子どもは駄目だな。拷問に耐えれず、簡単に壊れてしまう」
「……許さない」
「はっ。逆恨みか? お前らがしてきたことを考えれば、当然のことだろうに…………っ!?」
同族の成れ果てに我慢の限界だった。枷をぶち壊し、聖騎士をぶん殴る。
魔力封じの枷という特別製ではあったが、元より魔族の血のお陰で身体能力は優れている。憤激の力もあり、簡単に自由の身になった。
地面に転がっている聖騎士にとどめを差し、次の獲物を探す。見渡すと、私以外の者により戦闘が起こっていた。
「お前達、来ていたのか!」
「状況を窺っていたんでさあ。単身で挑んだときにはどうしようかと思ったが全く、流石ベラニーだな!」
同族の参戦に頼もしくなる。人数的には半魔は圧倒的不利だが、魔道具などを用いることで相手取れている。
このまま人族の中でも殊更に憎き聖騎士を打ち倒してやろう。
軽視によりとある存在を忘れていた私はそうできると勘違いしており、気付いたときには手遅れだった。
取り戻した愛剣でもって、聖騎士の盾を崩しにかかっているときである。嫌な予感がし、その場から飛び去る。元いた位置に攻撃魔法が着弾していた。
「ちっ。魔法使いか、厄介な……」
「本当に厄介なものだ、半魔というものは。駆除しても駆除してもどこからか湧いてくる」
「っ!?」
体に衝撃が走る。見れば塊が腹にめり込んでいた。
「賢者様!」
「手出しは不要と分かっていたが、あまりにも煩わしくての。構わんな?」
「……はっ」
こいつが噂の賢者か。ふらつきながらも相手を観察する。老爺で金属製の杖を持っているが、立ち振舞い支障は見られない。
同族が地に伏しているのは把握し、一番最初に斃すべき相手を間違えたと悟る。だが、今からでも遅くはないと地を陥没させる力で踏み込む。
「はああああッ!」
「これまで者とは違い、力はある。だが、期待外れであるな」
「な……ッ!?」
剣は杖で止められていた。この老骨なんかに、と驚愕していると「経験が全く足りん」と唾棄される。
そして鈍器で叩き付けられたような痛みを頭部に感じ、意識が遠のこうとする。
「力も、秀から逸しない程度。……そこの者、此奴の処分も好きにしてよい」
「いいので?」
「いらぬのでな。元々半魔な時点で、魔族より劣ってるのは確実。囮にも拷問にも、素材にも使うとよい」
ふざけるな!
胸中で罵しりながら打開策を探るが、思考が覚束無い状態だ。
自力ではどうにもできそうにないと結論から仲間の救援に至るが、先程まで行動を共にいた仲間から魔女と連想してしまう。
指名手配書とは似ても似つかない、まだ大人でない少女然とした容姿だった。おそらく年下であろう奴は果たしてこの場に来るのだろうか。私だったら見も知らずの者などの助けなんかしない。
同族であることに留意はするが人族以外のどんな種族も、半魔だって同様に心は綺麗にできていない。自分のために行動する。私らの話を聴きたいがためだけに、賢者がいるこの場に来るものか。
私と異なり、危険性を理解していたのだ。私の後を来なかった同族が説得を試みているだろうが、危険に釣り合うものは差し出せるものがない以上、失敗しているに決まっている。
疼痛に耐えつつ立ち上がろうとして、背中を踏まれ再び地に落ちる。
「こいつはさっさと殺すぞ。他に半魔がいる以上、生かしておく理由はない」
なんとか頭を動かし、睥睨する。丁度、剣が振り下ろされているときであった。走馬灯のごとく古き記憶が駆け巡る。
辺境での暮らし、過激な訓練、住処を脅かす魔物の死闘、二度に渡る波旬の復讐。そして仲間と共に笑い合った、些細な幸せ。生きるだけでも大変な中、復讐のために命を削る真似をすることになった。
ああ、死ぬのか。
その迫りくる出来事にストンと受け入れる反面、「嫌だ」と言が漏れた。
複数人の聖騎士によって体が押さえつけられ身動きはできないものの、往生際悪く目を見開き最期まで抗ってみせよう。
覚悟は決めたものの体は正直で恐怖に戦いていた。そんなときに陶器が割れるような音が重なって起こる。
血に滲み且つ雨粒が混じって良好ではない視界で何かが煌めく。最初は剣によるものかと思うがそれは下げられているし、数は一つ所ではなく幾重にもよるものだ。
「賢者様、結界が――」
「分かっておる。来るぞ」
衝撃が身を襲い、そして魔女は現れる。
「遅くなってごめんね」
私の周囲にいた聖騎士は全員吹き飛んでいた。一瞬で敵を蹴散らかした奴は私の状態を見て表情を曇らす。
その事実を信じたくなかった。実力では及ばずとも、人間性ぐらい勝っていたかったのだと自分の感情を思い知らされる。
嫉妬と安堵が入り混じる複雑な心情だ。
私が魔女であったならよかったものを。
己の不甲斐なさを今一度実感しながら、私は同族の介抱を受ける。敵と対峙する魔女を、賢者は一心に見ていた。




