それだけで通じ合える
「昨日も二人、殺されちゃったんだって? 恐ろしいったらありゃしないね」
官邸への無事脱出を果たし、リュークを引き取りに来た私はズソウさんの世話話に付き合っていた。話題は専ら波旬の復讐で、そのせいで人と接する機会を控えているせいか彼は饒舌である。
「火の手が上がったのを見たときは、こっちにまで広がってこないかひやひやしたよ。でもあれ、陽動だったんだろう?」
「そうみたいですね」
火事場とした市場には出火させた半魔が一人はいただろうが、殺害は他所で行われた。夜間に住民は出歩かないことからそのとき市場はがらんどうだ。私を含め武芸者達は完全にノーマークの場所で、住宅街で網を張っていたところまんまと一人におびき出されて隙を付かれた。
私はその陽動役の半魔にであったと思われるが、真偽は不明である。
「ああ、さっさとこんな場所はおさらばしたい……」
「そういえばもう三日滞在していますけど、何か仕事でもあるんですか?」
「よく聞いてくれたね!」
勢いに押されてのけぞっている私には眼中がないようで、彼は縷々に事情を語り始める。
「昨日厩舎にいたら衛兵が来て、スゥを寄こせって言ってきやがったんだ。半魔討伐のために必要だとか突然言うけどさ、スゥは僕以外に乗せないからね。上から目線だったのも気に食わないし、遠慮なく断ってやったんだよ。そしたらあいつら、激高してさ。そのとき受けた傷がこれ。酷くない?」
衣服を捲ると青い痣が顕になる。人を守るのが仕事の衛兵がとてもしていいことではない。
私は治療を申し込み、魔法をかける。痛くないと腕をぶんぶんと振り回しているズソウさんにスゥが鼻を寄せる。
「心配してくれてありがとうな、スゥ。昨日もスゥがいてくれたから、まだこの程度の怪我で済んだんだよ」
「そうだったんですね。だから結局、徴発はされなかったんですか?」
「うん。追い払ってくれて、後から僕以外の人にも聴いたみたいで再度来ることはなかったよ。その代わり半魔が扮して出入りしないようにって難癖付けられて、ここに滞在せざる得なくなったけど。僕一人だったらそんなことはないけど、スゥを置いてはいけないからね」
「ズソウさんとスゥは心を通わせているんですね」
「なんせ卵のときからの付き合いだからね! クレディアもリュークと凄い仲いいよね」
「ずっと一緒にいますから」
私はリュークと微笑み合う。人化しないで済むリュークだけでなく、人族ではないと偽らなくていい私にとってもここは憩いの場だ。厩舎であっても繊細な竜だからと清潔に保たれてる。
和みながら忙しく動いていた自分に休養を与えていた。ただふいにズソウさん漏らす情報に頭を動かすことにはなったりする。
「仲の良さと言えばそういえば、衛兵と君らって折り合い悪くない? あ、君らは冒険者とか騎士とかだよ」
「元々相性が悪いのもありますけど、懸賞金争いでより溝が深まっていますね。足の引っ張り合いをしてくれるので、私にとっては都合がいいのですが」
「力あるものにはそうだろうけどさ、僕らには大迷惑だよ。皆で協力してパッと終わらせて欲しいもんだね」
「徴発に応じなかったズソウさんも、人のことは言えないですよね」
「俺の場合は商業ギルドの方でスゥ以外の子を貸し出してるみたいだからいいんだよ」
「どのくらいの数ですか?」
「結構な数だよ。五、六羽ぐらいだったかな。後、皆飛行能力のある子だった」
「今日来たばかりだったりしますか? スゥ以外に私は見かけていませんが」
「そんなことないよ。操縦とかに苦労しているんじゃない? そんな奴らが竜種であるスゥを御そうとしただなんて笑えてくるや」
実際ズソウさんは声を上げて笑った。よっぽど衛兵には腹を立てていたらしい。
「じゃあ今夜こそは捕まえてよ! 一番クレディアを応援しておくからね」
「ありがとうございます。ズソウさんは屋内にいても、十分に気を付けてくださいね。事が終わった後になりますが、ズソウさん指名で郵便をお願いしたいので」
「おっ、それは嬉しいね。相手はお友達にかい?」
「はい。後はお世話になった人達にです。返事の返事をずっとなかったので」
「なら最速で届けられるよう、最初の仕事は空けておくよ。その人達のためにも頑張れ!」
ミーアさんに強く促されての手紙だが、踏ん切りがついてしまえば迷いは消えていた。彼女に手紙を託してもいいが、半魔だ魔女だと誰にも告げないでいるズソウさんは信頼ができる。手紙を出すと決めたからには既に遅いどころか消息不明に近い状態だったので速く届いた方がいいだろう。
そうしてズソウさんによる郵便を決めていた。
*
暗雲が日を遮ることで、夜は常より早く訪れた。波旬の復讐が始まって四日目、市街は最も活発に人が行き交っている。衛兵は変わらず決まった道を巡邏しているが、遠来した新たな者が加わった武芸者によってその人数が増していた。そして空には飛禽の類いの魔物が人を乗せ徘徊し、広場には聖騎士がこの地のシャラード神教の教会に所属する聖職者と寄り集っている。
「変更点はなし。予定通り始めるよ」
建物上でその様を鳥瞰していた私は、魔法を展開する。薄暮から突如として行動を起こし、何か事を起こそうとしているシャラード神教の彼等には不気味なところがあるが、まだ準備に手間がかかるらしい。広場を持ち場とするハルノートとロイから報告をもらっていた。
賢者の存在がある以上、先手を打たせてもらう。市街に吹き抜ける風を伝って声を拾い集める。魔力探知のときと違って対象は限定している。ただ一人、邂逅した半魔の彼女だけを狙う。
彼女は半魔の中でも実力の高い立場にある。でないと復讐の一日目の殺害と、これは予想になるが三日目の陽動を担わないだろう。
そんな彼女の声をズソウさんの記憶越しだけでなく直接聴いた。加えて魔力量も、邂逅するまでに多少消費していたことを加味しても多い方であると魔力探知にて分かっている。その時点で一般的な魔法使いの倍は保有していたのだ。
この二つの条件を元に、リュークと協力して彼女を探し当てる。実はリュークは人化の魔法もそうだが、植物魔法の他にものも稚拙ではあるが扱える。魔力探知を担当してもらい、一定の魔力量以上を保有する者を見つけたら私がその者の声を拾う。
ざっと二十人は下らないので二人で声を聴き分け、違ったら振るい落としまた別の声を拾う。
難易度はとても高い。魔法の技術的なものもあるし、対象者を中心に声を拾うことになるので大人数で話をしていれば対象者以外の声が混ざる。又、無言でいる対象者もいるので、その場合には強風を吹かせ強制的に声を発させたり、アイゼント達貴族組に調べてもらう。屋内にいる者に関しては、風の操作に緻密さを要求された。
広場に私の次に膨大な魔力量を持つ者がいると知らせを受け、そこは賢者だと当たりをつけて避けながら声を拾う、拾う、拾う。頬に汗が伝うが、拭うという動作すらできない状態だ。幾重にも渡る声がガンガンと頭痛を促してくる。
「ここにも半魔はいないな」「やっぱり屋内に潜んでそう」「ぎゃはははは!」「半魔捕まえた金はどうするよ」「かったりー」「腹減ったから飯買って来てよ」「もう諦めてたら?」「えー」「どうせギャンブルに金は消えるだろ」「ばーか、当たり前だろ」「うわっ!?」「なんか変な風が吹いてやがんな」「見間違い、か」「てめえ、いきなりぶつかりやがって、俺を誰だと思ってんだ!」「知らないわよ。というか邪魔」「ふわあ……」「あ、雨がぽつって落ちてきた!」「半魔は我らが斃す。絶対にだ」「つまんないなあ」「分け前はこれ。どうだ?」「独り占めしてえもんだろ」「分からずや」「私には半魔の誇りを捨てるなど――」
「リューク」
「う!」
それだけで通じ合えるのが私達である。小龍の姿になったリュークの後に私は続く。ようやく頬を拭ったが、線状になって降り始めた雨によってべっとりと濡れが広がることになった。




