弱点打ち
「主ぃ! この者とずっと一緒だなんてもう苦痛です!」
「おい」
ロイは珍しいことに、年相応にぎゅうぎゅう抱き着き甘えてきた。宥めつつハルノートを見遣ると「発作だ」と頭を振られる。
「お前成分が足りてねえって口々に煩かったからな。後は俺への当てつけだろ」
「……ハルノートも散々言っていたでしょうに」
「うん?」
「何でもないですよ、主」
立ち直ったロイは丈のあるスカートを撫で付けて整える。にっこり笑顔は何も訊ける雰囲気ではなく、そのまま合いした目的の報告に移る。ただ私同様、半魔と接触したという芳しい成果はない。
波旬の復讐の端緒から三日経った。早朝の現在、復讐による被害者は一日目の一人に加えて二日目に二人増えることになった。
「一人はハルノートとロイの担当区域内だよね」
「ああ。もう一人の方はあの貴族どもの担当だろう」
「うん。一日目に続いて住民だったんだけど」
「そっちもか」
「じゃあ、今のところ標的は住民に絞っているんだね。暴動が酷くなりそう」
脳裏をよぎるのは『官僚どもの愚かな判断により復讐は始まる』だ。半魔の予告内にあった要求を隠された住民は、不安を怒りに変えて官僚にぶつけている。昨日の時点で官邸の門前には住民が押し付けて怒声を浴びせていたので、暴力沙汰にならなければいいのだが。
想いに反して官邸付近で、殺傷沙汰にまで至った。このことから元より厚くしていた警備はより強固になり、私は官邸の侵入を後日に回す。法螺だったのだが半魔を見たという武芸者の確認をしたり、人化するリュークのストレスを考えズソウさんの元で憩いを取ったり、そこから住民の様子を彼の視点から訊いたりする。
そうして日は落ち、半魔が活発になる夜が来る。三日目なる今日は、予想では住民がまた標的となるはずだ。過去には必ずと言っていい程に官僚は狙われたが、半魔は意図して住民だけの被害に限って不満を高めさせている。
住民は不満を持つにしろ要求に従いこの地を捨てることはない。だが、半魔が動くには多少はやりやすくはなる。
「急ぐよ、リューク」
「う!」
煙を上げて夜を緋色に照らす炎があった。私の担当地区内の事であるが場所は市場と、住宅街を中心的に回っていたため遠い距離である。魔法を駆使しながら屋根を伝っていく。人化していても運動能力は劣っているリュークには小龍になって飛行してもらう。
やはり半魔は一番に復讐を願っているのかな。獲物を取られまいと懸賞金稼ぎによる邪魔立てを、片手間に防御をしつつ意識を巡らせる。
要求の額縁通り受け取るならば、半魔はこの地を欲しがっている。人族であるズソウさんを見逃し、書状では要求を呑むなら復讐を取りやめると述べている。だが、要求は住民を路頭に迷わせるためという捉え方もできるのだ。
この地を手に入れ、復讐の達成以外に半魔は得することがあるのだろうか。最も単純に考えて居住地か。だが、それも国がこの土地を取り返そうと大軍で押しかければ、簡単に奪還されるだろう。
私は知りたいという気持ちが強くなっていた。半魔が普段どこに住んでいるのか、なぜ恨みは強いのに何十年に一度の復讐なのか、元々謎は多い。訊かなければ分からないことがたくさんある。
「だから、今日こそ接触する」
想いを糧に加速する。風向きが悪く、火事の元に近づく度に煙が濃くなっていく。
魔力探知し、人の流れを把握する。先に遠目から分かっていたことだが、火事場には半魔は既におらず魔法使いが消火に務めていた。その周辺を見ていくとあちこちで雑多に立ち止まり、駆けるといった反応ばかりだ。
「まだ誰も見つけていないかな」
「あう」
聴こえてくる声からしてもそうだったらしい。
私は視界が悪いと煙を思いっきり魔法で吹き飛ばす。そのとき誰かが屋根から飛び降りていて、その後ろ髪は夜で分かりにくかったが確かに紫だった。やっと見つけた!
「リューク、お願い!」
「う!」
小龍の状態で小回りが利く相棒に風の付与をかける。私は魔力探知をかけて捕捉し、相手の居場所を伝えながら後を追う。どうやら先行したリュークは接触を果たしたらしい。足止めしている内に私は追いつく。
半魔はズソウの記憶にて見た人物であった。実際に目にすると女性にしては体躯が一回りか二回り大きいことが分かる。彼女は剣を煌めかせ、足を縛り付けていた植物をばらばらに断ち切った。
男装は解除して本来の姿でいる私を見て、彼女は目を見開く。覆面越しに「魔女……」と呟くのが分かった。
「貴方達と話をしたい」
端的に言を告げる。同族の誼で受け入れられると思っていた。
私は睨みつける形相と、鋭い声にて拒絶される。
「いらぬお世話だ! 魔女よ、去れ!」
止める間もなく、彼女は手にしていたものを地面に叩き込む。小規模な爆発を背に、奔る姿があった。
「待って!」
火の粉を払い、追いかける。リュークも飛び行くが、彼女が投げ込んできたものが不味かった。
「なんっ~~!?」
暖色の粉が舞い、咄嗟に息を止めたものの開いたままだった目は尋常じゃない刺激を受ける。
これ、催涙!?
潤む視界でも私は彼女を追おうとした。リュークは諸に食らって悲鳴を上げているが、後で助けるから!
目は使い様にならず魔力を頼りに、剣を警戒しながらも接近する。
「しぶとい奴だ!」
「今度は何を――っ!」
予備動作を感じはしたものの、見ることができなかったのが悲劇に合うことになる。再度の催涙に加え、風が私を取り巻く。防御として正面に氷を張っていたが、上から避け抜け思いっきり粉を被ることになった。
私の状態は咳やら涙やらと散々だ。人込みに紛れこまれ、彼女を見失ってもいる。
「もう嫌っ!」
叫びにより喉にダメージを受け、呻くこともできないで苦しみに耐えることになる。水筒や水の魔道具を手探りながらに、痛む箇所を完全に流し終えるには長い時間がかかった。




