目撃者
波旬の復讐は人族の殺害である。失敗し、負傷に終わったり返り討ちにあったりはするが、例外なくそれを目的としている。
始まりも終わりも突発的だ。予告をされた今回も日時は述べなかった。今から始まるとも終わるとも告げられず、彼らは不安に怯えながら家に籠ってやり過ごす。ただそれさえも半魔が家に侵入することだってあるし、起こされた大爆発に巻き込まれることだってある。殺害の方法は多岐にわたっていた。
今回端緒はひっそりと開かれた。閑静だった住宅街で一人の男性が殺された。
私とリュークは日中になってから厩舎に訪れる。
「ズソウさん、だよね?」
「……はあ、またか」
彼は背を向けたまま、竜種の世話に感ける。
「昨夜のことで話を伺いたいのですが」
「僕は見ての通り忙しいんだ。君のような人達がもう何十人とも来られてね、作業が捗らないし寝不足だし、もううんざりだよ」
「お手伝いしましょうか?」
「遠慮しとく。スゥはプライドが高くてね、僕以外に世話をやらせたがらないんだ」
「うー?」
一貫して拒絶のズソウさんに、リュークがとことこ近づく。服の裾を引っ張ったところで、ようやく彼は認識したようだった。
「連れ?」
「はい。私が駄目でも、その子なら可能かもしれません」
「どういうこと?」
「あう!」
「あ、こら。不用意に近づいちゃ危ないぞ。いつもならともかく、今は気分が悪いからな」
「あう~、う!」
「ほら、危ないってば! なあ君も止めてくれよ、この子のお兄さんだろう!?」
「うーん、でも大丈夫だって言ってますし」
「は? 君何言っちゃってるの……って、だから駄目なんだってば! また今度触らせてあげるから、ね?」
「あーうッ!」
「へ? お、女の子が竜になったあ!?」
「ああ、やっちゃった……」
ズソウさんの態度にむしゃくしゃしたらしい。人化を解き、竜種のスゥと無事に触れ合って見せる。ズソウさんは大きく口を開き、愕然としていた。
「というか何年か前に見たことあるな。竜人だったの? 竜人って、竜に変身できるの?」
「いえ、この子の場合は逆ですね」
「じゃあ、この姿が本物ってことか。ああ、アンクレットあるし、使役されているのか。……あれ、この竜の使役者は男じゃなくて、女だった気がするんだけど。僕の記憶違い?」
疑問一杯のズソウさんに、私は仕方ないかと諦める。私は帽子を外し、偽装の魔道具も解除する。
「お久しぶりです、ズソウさん。一度だけの出会いでしたのに、リュークだけでなく私も覚えていただなんて恐縮です」
「ひっ、まさか魔女!? だ、誰か来てくれ! 魔女がここにいる! とって食われる!」
「……食べませんよ。ちょっと落ち着いてください。後、魔法で防音しているので叫んでも意味ないですよ」
「そんな……。僕はまだ、死にたくない! せっかく助かった命だってのに!」
私の言葉は逆効果だったようで、慌てて逃げ出そうとする。だが、スゥが気がかりとなって右往左往している内に、そのスゥによって頭突きを食らう。強制的に沈黙させられた彼に、傍観していた私は慌てて駆け寄る。
「痛い……! 僕が何を知った言うんだよう」
「癒しましょうか?」
「うわあ!?」
そんなに過剰に反応しなくてもいいでしょう?
だが、無理な話だろう。半魔への恐れは承知している。ただ魔女効果がこれほどにとは思っていなかったので、かなりショックだった。
「リュークだってそうなのに、なんで私だけこんな恐れられないといけないの?」
「いやあ、視界に紫があれば誰だってそうなると思うよ。僕は特に昨夜見たばっかりだったし」
胸中とても穏やかでない私の髪を両眼は薄鈍色になっている。本来の姿が受け入れられないことに、理不尽さを感じた。
「話をしてくれるってことでいいですよね。これで拒否されるなら、脅させてもらうのですが」
「それは勘弁。もう経験してるし、なによりスゥの世話とか雑用も手伝ってくれたからには話すよ」
スゥが警戒していないから、という理由で平常に戻ったズソウさんに対し、私は目を据わらせる。「昔より大きくなったね」の流れから「あの似顔絵までは大きくなってないね」と隠しもせず、不遜にも胸部まで確認された私は不機嫌真っただ中である。
「なら洗い浚い話してもらいますよ」
「僕、眠いんだけどなあ」
ならば眠気覚ましを、と覚醒の魔法をかける。私だってそこまで寝ていないのだ。それに厩舎の居場所の発見から、厩舎自体に精神魔法をかけて話の邪魔が入らぬようなど、労を費やしている。
「ズソウさんは半魔を見かけたってことでいいんですよね」
肯う彼は、仕方なしに詳細を語ってくれた。
郵送の仕事上、各地を巡るズソウさんは商業ギルド員用のアパートを借りた。そして家具は一通りそろっているものの、食料等は一切揃っていないので買い出しに出かけたらしい。
昼過ぎに仕事は完了し、借りるアパートの手続き、人目のある安全な道のための遠回り、スゥと戯れる等とあったため、帰る頃には日は沈んだ。絶対に最期の戯れがなければ日のある内に間に合っただろうな。
そうした中で彼は恐る恐るアパートのある住宅街を歩く。そのときに半魔を目撃した。
「僕が居合わせたのは全てが終わった後だね。聴こえてた男の人の話し声がぷっつりと途切れて、嫌な予感はしていたんだ。でもアパートまではあとちょっとだし、ほら、ちょっと気になるだろう?」
「ズソウさん、武芸に心得はないですよね?」
「恐いもの見たさだったんだよ! もし半魔だとしても、見つからなければいいと思ったんだ。まあ、見つかったんだけど」
「よく生きてますね」
「なんか言葉に棘がある気がする……。彼女はね、僕を見逃してくれたんだ」
「女性ですか」
「声からして若かったよ」
「……目を閉じて、そのときのことをよく思い出してもらっていいですか?」
ズソウさんは不思議そうにしつつも、言われたとおりにする。私はスゥを見遣り、リュークを介して害することはしないと誓う。主人想いの竜は先程から私が魔法を行使しても暴れなかったことから分かるように利口で、了承をくれた。
「失礼しますね。――淵源の黙示」
手を彼の額に触れ、記憶に干渉する。暗闇に映し出されるは、手を真っ赤に染めた半魔だ。覆面で顔の半分以上を覆い隠し、髪と両眼は強調して曝している。
『お前は運が良かったな』
声高に物言う声は確かに女性のものだ。筒闇に消えた女性を最後に、深く潜っていた意識が浮上する。
「参考になりました」
「今ので通じたの?」
「はい。協力ありがとうございます」
「なあ、また明日にでもリュークも連れて来なよ。その子のお陰でスゥは楽しかったみたいだし」
「私は魔女ですよ」
「いいよ。半魔でも魔女は復讐しないみたいだし」
「じゃあ、次は食べに来ますね」
「うっわあ。……皮肉だよね?」
「さあ。本当かもしれませんよ」
最初は恐れていても、最終的には受け入れてくれた。その事実が私にとって無性に嬉しかった。




