市街の有り様
「さて、行こっか」
リュークと手を繋ぎ、足並み合わせ歩む。ロイとリュークとはまたしても別行動だ。人国ではそう過ごさざる得ない。
朝方の市街は閑静だ。昨日の夕刻とは印象が異なる。
人が行き交い騒がしかったのだが、おそらく時間帯のせいだろう。朝は住民が、夕刻には武芸者が出歩いている。
半魔に対する恐れの差だ。半魔は夜に紛れ復讐を行う。
住民は必要最低限の外出で、後は建物内に籠る。武芸者は半魔討伐の栄誉や懸賞金のため、夜に活動する分朝に休息を取る。
「血も涙もない、冷酷な半魔が朝方に出ないとも限らないんだ。二人とも寄り道せず、明るい道で帰るんだぞ」
青果店の者が袋いっぱいに入った商品を渡しつつ、注意を呼び掛ける。
「大丈夫だよ。この子の分も、僕が気を付けるから」
にこやかに受けとるリュークに不安を覚え、眉を曇らす親切な方だ。兄の体裁を取る私は、行儀悪く既にしゃくしゃくと食するリュークの手を引いてその場を離れる。
そして大きな荷物は魔法の鞄にささっと仕舞い、次々と市街の雰囲気や話を聞き込んでいく。
半魔の恐怖から、町を離れた住民もいるらしい。殆どの住民はそれを踏まえた上でこの地に住まうのだが、波旬の復讐を体験したことのない者は去ることが多い。
また物流が滞っている。例外が武器や回復薬だ。商魂逞しい者がやって来るぐらいなのである。
そんな市街には少数の住民の他にも出歩く者がいる。
国の手勢である兵や騎士並びに、住民の不安に応える聖職者である。私は後者に邂逅した。
「司祭様!」
「どうか、どうか祝福を下さいませんか」
「ええ、構いませんよ。其方らに女神シャラードの光の祝福あれ」
「ありがとうございます! 貴重の魔力を、惜しげもなく私なんぞに……」
「ただ一人で不安に打ち勝つことは難しいことです。私の祝福でその助力ができるなら、惜しむことなどありませんよ」
住民に群がられた聖職者は、布施を持つ者から順に祝福で応える。
まあ、無償で働く訳ないからなあ。
布施多き者には多くの魔力で祝福という器用さに、信仰心なき私は感心する。だから遠望していた私と目が合っただけで歩み寄られ、少し驚いた。
「親御さんはいますか?」
「ううん。僕と弟だけ。怯えてるだけでも食料はなくなっていくからね」
「おやまあ、聡くあること。では私から、勇敢なる二人に細やかながらにも祝福を」
パッと煌めく光の粒子が降り注ぐ。
魔法に罪はない、か。シャラード神教の者からの手向けに、憎悪は噯にも出さないで金銭を差し出そうとしたが、その手は押さえられる。
「結構ですよ。私のお節介ですからね」
「でも」
「それでもということなら、教会にいらしてくださいね。新しき友は歓迎しますよ」
なにかと思ったが、信者を増やすためか。
私は無難に答えを返しておき、司祭の首から下がる十字架が無反応なのを確認して側を離れる。
「大丈夫だったね」
「う」
リュークの二つ目となるアンクレットを身につけている部分を見遣る。人化だけではあの十字架や感覚が鋭い者に魔物と分かるので、偽装の魔道具をつけてもらっているのだ。
それにしても、あの司祭はそれなりの地位にいるらしい。十字架を持つ者は、そのように限られている。
魔道具は効能によるが、それなりの値がする。自作するにしても、素材集めに大変になる。
リュークの魔道具は、魔国からの支給品である。またこの地の派遣に対し、支援金は結構な額を貰った。私は経費として、冒険者稼業を控え協力者として動いてくれるハルノートとロイの雇用にも使っている。
魔王様は半魔が行う復讐をかなり重要視している。
魔族の認識がより悪くなる故だ。他国と築きつつあるという信用は、簡単に失墜するものである。魔族が相手となれば、一度の些細な過ちでさえ人は大いに恐れ戦く。それ程に魔族は恐怖の的だ。
半魔の場合も同様だ。だが、魔族は人族だけに留まらず亜人にまで及び、半魔は人族のみとの違いがある。
兎にも角にも、魔物を祖とする魔族の血が流れていれば大小あれど怖がられる対象だ。あの司祭は人が良さそうであったが、あのシャラード神教の聖職者である。
私が半魔と知らず祝福とは、滑稽だね。
ネオやヴィオナ、ゴズのような以前の敵が嫌悪の視線を向けはしなかった例に当たることは考えないようにする。
「ふう」
私ではないにしろ、半魔の種族に対する恐れは心に積もるものがある。又、過去に悩まされた悪夢の原因になった出来事を嫌でも想起させられる。
手のひら日を遮りながら、空を仰ぐ。蒼穹に白雲がかかる他に、一点の影があった。
「あれは……」
魔法で視力を強化し、見覚えがある姿にリュークが瞳を輝かせる。影はこの地に降り立った。
ピョンピョンと跳びはね、喜びを表現するリュークに微笑ましくなる。そんな視界の端に奇怪な女性が入ってきた。
「こんなはずじゃなかったのにぃ」
頭を抱え、しゃがみこむ彼女である。不安に怯える住民ではないようだ。佩剣しているし、どうやら騎士服に包まれている。なにより幼い頃お世話になった人物であった。
「ミーアさん?」
ビクリと体を揺らすのに気にせず、私も片膝を折ってしゃがみこむ。
「ミーアさんだよね?」
「クレア……。ごめん、ごめんね。不甲斐ない私じゃあ、どうにもならなかったよ……」
「お久しぶりです。ええと、並々じゃない様子ですけど大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だけどクレアは大丈夫じゃなあい! ああ、久しぶりだねっこんなに大きくなって……」
言葉とは裏腹に全然大丈夫ではなさそうなので、取り敢えず落ち着いてもらう。今の私はクレアとは名乗っていないので、大声で叫ばれるのも目立つのも避けなければ。
母の友人であるミーアさんは先に私だと気付いていたようだ。変装しているのに凄いなと思いながらリュークと宥める。
帽子を被っているけど、空を仰いだときに分かったのかな? そう思考する私に、ポンっと肩に手を置くものがいた。
「やあ、久しぶり。手紙を遣ったのに、音沙汰なしのクレア」
私は即刻逃げだそうとした。だが、肩に置く手の重圧が阻止する。
ギギギギとロボットのように首を動かし、その人物を視界に収める。予想外の人物は一人ではなく、二人もいた。
「とっても、とーっても元気そうね。クレディア?」
ひきつりながらもなんとか頬を吊り上げる。
「お久しぶりです。アイゼント様、チェイニー様」
アイゼント・スゼーリ、そしてチェイニー・オントルキンとどちらも貴族である。ミーアさんがいたのは仕えるアイゼント様がいたからかあ、と慌ただしく回転させる脳が導き出した。
「ねえ、過去に敬語なしって言ったの、忘れたのかしら?」
「そうでした! じゃなくてそうだねっ、チェイニー」
「ああ、私も敬語はいらない。何度も言っても止めてくれなかったが、父親が魔国の要職についているんだって? 人国で言えば貴族位に相当するし、対等だろう?」
「め、滅相もないです……」
なぜこうなったの? いや、公爵家からの手紙に、母親の名で返信したつけがきたんだよね。セスティームの町にいる誰一人にも手紙は送らなかった訳だし、心配させた。少なくともミーアさんはそうだろう。
そして波旬の復讐で、私がいる宛がついてやって来た。アイゼントとチェイニーが共にいるのは魔法関係かな。二人とも魔法の腕は優れているし。わあ、名推理だね、私。
馬鹿なことを考えるのは左右を人で固められ、強制的に連行されているからである。ただ付いていくことを求められていた。
あ、チェイニーの癖の強い執事がいる。というかこの地で護衛がミーアさん含め、片手で足りる程って大丈夫? まずこんな危険な地に来てもいいの? 貴族ってそんな身軽だったかな?
アイゼントに手懐けられたリュークの純粋な笑顔が羨ましい。
同時に私の癒しになってもらいつつ、人の隙間からハルノートと偶然相見える。なにやってんだ、と言にしづとも胸中は伝わる表情であった。
恥から元より発動していた闇魔法を強める。隠微の効能で逃げられないかなあと思うが、リュークがチェイニーと仲良く手を繋いでいるため無理なことだった。




